8話 ドワーフ娘は頑張り過ぎた
ナナシはルーティーに手伝ってもらい、購入してきたガラクタを構成物質別に分別した。
結果、鉄が一番多く、次いで銅、そして木材、ガラス、古紙、判別不能類となった。
この判別不能とは、ルーティーの識別魔法の熟練度では分からなかったため、そう呼称しているに過ぎない。
「すみません、普段は識別の魔法を利用しないもので」
「いやいや、ここまでやってくれたのなら、有り難い以外の何ものでもないよ」
ナナシはルーティーに感謝すると机に向かう。
そこには鉄として分別されたガラクタたちの姿。
その殆どは破損して使えなくなった武具であったり、空き缶だったりする。
確かに修理すれば使えなくもないが、修理をするくらいなら新しい物を購入した方が早い、と誰しもが思うような損傷の状態だ。
「あの……これを修理して販売するのかしら?」
「修理……ではないかな。どっちかろいうとリサイクルだ」
「リサイクル?」
「ん~っと、再利用かな」
ルーティーはリサイクルという言葉にピンと来るものが無かったようだ。
「再利用ですか? それなら一回、炉で溶かさないと」
「いや、たぶん、これなら負けないと思う」
そう言ったナナシは、破損状態が酷い鉄の小手を手にした。
こういった物は鉄屑として売れるので、それなりの値段はしたが、ナナシは無理をして購入している。
リスクを冒さないで成功を手に入れる、という消極的な考えを改めたのだ。
「おりゃっ!」
ナナシが気合を入れて鉄の小手を捏ねた。
すると頑丈なはずの鉄の小手が粘土のように、ぐにゃりと変形してしまったではないか。
「ふぁっ!?」
この怪奇現象にルーティーは目を丸くし、奇妙な鳴き声を上げてしまう。
「よぅし、いけるっ! 次はこいつだっ」
次は中ほどで、ぽっきり折れてしまっている鉄の剣だ。
これは、まだ刃が残っているので慎重に捏ねる。
すると、やはり先ほど同様に、くにゃりと変形してゆく。
「んで、これをこうする」
これらを合わせる、と大きな鉄の玉が出来上がった。
ナナシはこの工程を重ね、大きな大きな鉄の塊を作り出す。
とはいえこれを売るか、というとそうではない。
重さにして四十キログラム。
これをナナシが運ぶのは容易ではなく。
加えて、鉄の塊はこれで完成というわけでもなく。
「これをどうするんですか?」
「更に捏ねる。捏ねて捏ねて、捏ねまくる」
「えぇっ? それって意味があるんですか?」
「分かんね。でも、やれって、こいつが言っている気がする」
ナナシはテーブルの上の鉄の塊を指差した。
もちろん、無機物が語るはずもなく。
しかし、ドワーフ娘は確かに、彼がそう告げたと認識した。
それから暫く、ナナシは鉄の粘土と格闘する。
捏ねて、平らにして、畳んで、また捏ねる。
一見、無駄なように思えるその行為はしかし、回を重ねる度に、くすんだ鉄の色を宝石のように輝かせ始めるではないか。
「ええっ!? いったい何が起こっているのっ!?」
「まだまだっ」
こいつは満足していない。
ナナシはそう確信する。
だから捏ねる。
捏ねて、捏ねて、捏ねる。
愚直なまでに、丁寧に捏ねた。
全身に浮かぶは玉のような汗。
それが、鉄の輝きに照らされ、宝石のように輝く時、ようやくナナシの捏ねる作業が終了を迎えた。
「よし、完成っ」
「ううっ、これはっ」
どう見ても鉄ではない。
ルーティーはそんな感想しか出てこないほどに、美しい金属に見惚れてしまった。
手で触れた個所が穢れ、くすんでしまうのではないか、と思い彼女は手が伸びない。
それほどまでに神々しく、且つ、鏡のように磨き上げられている表面は、ただそれだけで芸術の域に達している。
「こっから本番だ。何に変えてやるかだな」
「えっ? これで完成じゃ?」
「何言ってんだよ。このままじゃ、こいつは置物になっちまうじゃないか。こいつは、誰かに使ってもらいたいんだよ」
そう言うとナナシは無造作に、美しく輝く鉄の塊を引き千切ってしまった。
だが、その行為は鉄にとって喜びであり、新たなる命の誕生でもあった。
「け、穢れてない?」
「触ったくらいで穢れないよ。ほれ」
ナナシは小さく千切った鉄の塊をルーティーに手渡した。
それを恐る恐る受け取ったルーティーは、それがまるで生きているかのような鼓動を感じ取る。
「えっ? 温かいっ!?」
「捏ねたばかりだからかな。時間が立てば冷えて固まるよ」
手の中でふるふると震える白金の餅はルーティーが触れても穢れることが無く、寧ろ彼女の手を浄化する勢いであった。
「問題は何を作るか、だ。実はまともに物作りをしたことが無い」
「えぇっ? それなのに再利用しようと思ったんですか?」
「リスクを冒さない成功に、結果はついて来ないと思う。悩んで辿り着いた答えだ」
最早、迷いは無し、といったナナシの横顔に凄みを感じたルーティーは黙るより他に無かった。
しかし、そんな彼女になんとか力になりたい、と頭を悩ました結果。
「あのっ、教会のフライパンが、そろそろダメになりそうなんですっ」
「……」
沈黙。
ナナシはお気に召さなかったのだろう、と心優しきシスターは肩を落とす。
「うん、そうだな。よし! それで行こう!」
「ふぇ?」
「こいつもフライパン、やってみたいってさ!」
完全に金属と会話が成立しているようにしか思えないドワーフ娘。
ルーティーは、自分の意見が採用されたことに、きょとんとしていたが、やがて事態を飲み込んで再起動を果たす。
「は、はいっ、見本のフライパンを借りてきますねっ!」
「おう、よろしくっ」
ナナシの部屋を飛び出したシスターは、ぱたぱたと教会の厨房を目指す。
そこにいたマリアンヌに事情を説明。
マリアンヌは、もう使えなくなった古びたフライパンを彼女に手渡す、とルーティーは時間が勿体ないとばかりに駆けだした。
「あんなに急いじゃって。なんだっていうんだい」
普段は見ないルーティーの慌てように、厨房を預かる神官戦士は普段見せないような苦笑いを浮かべた。
ナナシの部屋のドアをノックもせずに開け放つ無作法なシスターだが、その部屋の主はそのような細かい事を気にする性格ではない。
「フライパンっ、持ってきましたよっ」
「待ってました」
使い古したフライパンをテーブルに置いてじっくりと観察する。
本体と同じ鉄の取っ手を後付けした標準的なフライパンだ。
このまま使うと取っ手に熱が伝わるため、手を火傷しないために何らかの対策が必要である。
「ん~、俺の場合は取っ手の後付けよりも、一体化した方が早いなぁ。あとはここ」
「取っ手、ですか?」
「うん、このまま完成にすると、火を使ったら取っ手が持てない」
「そうですね。でも、それが当たり前なのでは?」
「当たり前を、当たり前に作ったら、売れないだろ」
「そ、そうですね」
でも、これなら外見だけで高値で売れそうだ、とは口にしないルーティーであった。
「う~ん、他の材料で何か使えそうな物は……」
その時、彼女の目に飛び込んできた素材の一つが、自分を使え、と語りかけてきた。
「よし、おまえに決めたっ」
「木材ですか? なるほど、それを取っ手に挟むんですね?」
「そういうこと」
ルーティーは感心した。
何故、今までこんな簡単なことに気が付かなかったのか。
専門の高級店であればかなりの高熱を用いるので取っ手の部分に木材を使うと危ないといわれるが、一般家庭ではそこまでの火力を必要とはしない。
ならば、手軽に使えるフライパンの方がいいはずだ。
ルーティーは腕を組み、目を閉じて結果をシミュレーションする、と大成功が見えた。
「行けますよっ!これなら大成功……あえ~っ!? 木材まで捏ねてるっ!?」
「いや、捏ねるだろう」
その返事はおかしい、というか何もかもがおかしい。
ルーティーは、いよいよ眩暈を覚えた。
「はいはい、もう少しだからな」
早くフライパンになりたがっている鉄を宥めて、ナナシは木材を捏ねて、捏ねて、捏ね尽くす。
すると、塊となった木材は、きめ細かく、頑丈で、燃えにくい材質へと変化したではないか。
彼は知っているのだ、己の使命というものを。
「これで準備完了。さぁ、フライパンを作るぞっ」
「はは、もう何が起こっても驚きませんよ」
もちろん嘘である。
その後も、ルーティーはナナシのフライパン作りに様々な表情を見せた。
特に取っ手の製造工程は狂気としか言いようが無く、鉄と木材とが分子レベルで結合する、という怪現象を見て、いよいよフリーズを起こしたのである。
「よし、完成」
「ほひ~」
既に驚き疲れたルーティーは真っ白に燃え尽き、覇気のない祝福を送るに留まる。
「うん、ちゃんとフライパンだ。あとは実際の使い心地だな」
ぶんぶんと、振られる白金のフライパン。
その正体は勿論、鉄であり、その取っ手の木材は持ち易い太さに調整されている。
接着には釘の一つも使われておらず、もちろん取っ手と本体も一切の接合部分は無い。
その滑らかさは、ある種の芸術性を持たされており、もしこれで目玉焼きを作れ、といわれても「とんでもない」と拒否する者が大多数を占めるだろう。
「そうだ、マリアンヌさんに使い心地を試してもらおう」
「ふひー」
ナナシは試作一号のフライパンを片手に自室を飛び出した。
向かう先は厨房、そこの主。
「マリアンヌさんっ」
「おや、ナナシ。フライパンはできたのかい?」
「あぁ、これ、使ってみて!」
「ぶっふぅっ!?」
蒸らすのが三度目、というほぼお湯の紅茶を飲んで休憩していたマリアンヌは、それを豪快に霧状へと変えて放出した。
「うげっほっ!? ちょっと、何だいそれはっ!?」
「フライパン」
「フライパンに白金を使うバカがいるかいっ!」
「いや、鉄だから、これ」
「鉄っていうのはね、もっとくすんでいて、無骨で、力強いんだよ」
「あ、喜んでる」
マリアンヌはナナシの言っている事が殆ど理解できていなかった。
だが、ふと冷静に考えて、ナナシがこれだけの白金を集められるとは考えにくい。
では、本当にこれが鉄なのか。
にわかには信じ難いが、彼女は試しに識別の魔法を詠唱してみる。
「万物を司りし者よ、我に彼の者の真実を教えたまえ」
すると、マリアンヌの意識にナナシのフライパンの情報が入り込んでくる。
この際に、熟練度が脳の負担を軽減し、より多くの情報を認識できるようになるのだ。
マリアンヌは神官戦士であり、商人だけではなく、冒険者の護衛も引き受ける場合がある。
その際にダンジョンに潜って、珍しい品物を手に入れた際に識別を頼まれることがあるのだ。
だからこそ、彼女の識別魔法の熟練度はかなり高い。
しかし、それこそが不幸の始まりであった。
「えっえと……【フライパン】、材質【純神鉄】……純神鉄?」
早速、嫌な単語を認識した。
これなる物はいったい何であろうか。
鉄の一種だと思いたい、とマリアンヌは思った。
「ランク、【ゴッズ】。ゴッズ? え、いや。ゴッズって……」
この世の道具にはランクがある。
下から【ノーマル】。
これは極々一般的な量産物に多く付くランクだ。
次に【レア】。
これは職人が作った一級品に多く付くランクでで、これを所持することは半人前を卒業した証とも言われる。
続いて【アーティファクト】。
太古の昔に失われた禁断の技術で製作された、人間が成し得る事ができるであろう最高レベルの作品に多く付くランク。
最後に【ゴッズ】。
地上に住まう者には製作不可能であり、神が戯れで地上に残した、とされる究極の作品に必ず付くランク。
「う~ん、う~ん。やっぱり、見間違いじゃない? いやでもっ」
「なんだよぉ、自分だけ見て狡いぞ~」
子供のようにむくれるドワーフ娘にマリアンヌは眩暈を感じ始める。
フライパンの情報は、これだけではないのだ。
ゴッズランクと表示されれば、それ相応の特殊な能力が付与されている。
ノーマルには稀に一つ。レアには一つから二つ。アーティファクトには三つから五つまでが確認されている。
古き伝承に記された記録によれば、アーティファクトの最大特殊能力数は七つとされいた。
「……【完全火耐性】、【超軽量化】、【破壊不可】、【二回攻撃】、【魔法反射】、【自動防御】、【超肉体再生】、【パーフェクトクリエイション】、【神の祝福】……」
ナナシのフライパンは、案の定、アーティファクトを超える十もの特殊能力が付与されていた。
しかも、その全てが上位特殊能力という酷さである。
「あんたっ、これ一つで世界を滅亡できるじゃないかいっ!」
「いや、でもそれ、フライパンだし。今、量産中だし」
「ダメッ! 世界を滅ぼす気かいっ! 言っとくけど、こいつの攻撃力の数値、【五万八千】だからね!? 例え魔王もワンパンだよ、ワンパンっ! しかも二回攻撃っ!」
「お、おう」
尚、一般的な鉄の剣の攻撃力は【三十】である。
かくして、ナナシのフライパンは神器扱いになり封印、量産計画も白紙に戻ってしまったのであった。
そう、ドワーフ娘は頑張り過ぎたのである。