7話 ドワーフ娘と敗北の味
ナンパ師エリドに元気付けられたナナシは再び大通りを行く。
今は気持ちを切り替え、二十万ルインの稼ぎ方を模索しながら歩いている。
地道にやって二十万ルインは厳しい。
何故なら、信用が構築されていないからだ。
では、ギルドに加入するか。
入るには容易いが、出るのは一苦労というのがギルド、とナナシは教わった。
ならばどうする。
誰かに頼るか、冒険者ギルドの依頼はどうか。
ばちん、という甲高い音はナナシが自身の両頬を叩いた音だ。
「考え過ぎだ。直感を信じやがれ、俺」
己に喝を入れたドワーフ娘は、露店にて売買を行う事を決意する。
彼女の唯一無二の能力【捏ねる】を用いて、誰にも作れないような物を作り上げ、それを販売しようと考えたのだ。
そのための材料は何も町の外に出なくても手に入れられる。
しかし、この格好では気が引けるため、ナナシは一度、自室へと引き返した。
そして、身に纏いしは黒獣の毛皮一式。
今回はしっかりとパンツを身に付けている。
これならば不慮の事故で下半身が丸出しになることは避けられるだろう。
「よし、準備オッケー。いざ、決戦の地へ」
気合を込めてナナシが向かう場所、それはなんとゴミ捨て場だ。
大都市アイレーンの町には数か所にゴミを集めておく場所がある。
それらは担当の業者が回収し、町の隅にある大ゴミ捨て場へと廃棄されるのだが、ナナシは今からそこに向かおうとしているのだ。
ナナシが言うところの町の中で手に入る素材とは、この廃棄物たちの事であった。
勇んで自室を飛び出したドワーフ娘は、しかし、その道中で既に肩で息をしていた。
「と……遠すぎる」
そう、ライバー教会から大ゴミ捨て場までの距離、およそ二十キロメートル。
往復すると四十キロメートルという馬鹿げた距離になってしまう。
したがって、二キロメートルほど歩いた時点で、この案は廃案となった。
とぼとぼ、と傷心のナナシは項垂れながら帰路についている、と威勢のいい声。
「らっしゃーい! 安いよ、安いよ!」
「お客さんっ! 見てってよ! 今なら、この価格っ!」
路上に茣蓙を敷いての露店販売。
それぞれの自慢の品を声掛けによって売り込む商人たち。
実は、この大半が冒険者たちである。
なので、物の価値が分からずに適当な値段を付ける者も少なくない。
「たたき売りだっ! 一個一ルインっ! 売り切れ御免だよっ!」
つまり、こういうヤケクソになる者もいる。
だが、誰も耳を貸さないのは、彼が売っている物の正体を誰しもが知っているからだ。
「んあ? 一ルインだと!?」
そして、ここに物の価値を知らない者がもう一人。
「おいっ、ここにある黒い石ころ、全部、一ルインかっ!?」
「おう、男は嘘をつかない……でけぇっ!?」
頭にターバンを巻いた少年は、ナナシの爆乳に仰天した。
「いやいや、お客さん、ドワーフだよなっ!?」
「そうだよ! そんなことよりも、ここにある物全部くれっ!」
「いや、ドワーフのおっぱいは、そんなにデカくないってっ! 毎度あり!」
「ありがとう! だがドワーフだっ!」
嵐のごとき応酬の後、ナナシは百五十ルインを支払い、知識ある者たちがガラクタと蔑む品々を嬉々として持ち去った。
「……あ、名前、聞くの忘れてたな」
ポリポリと頬を掻く小柄で褐色肌の少年は、人間の少年と見分けがつかない。
彼は人間とドワーフとの間に生まれた【ハーフドワーフ】の青年であった。
名を【レリック】という。
癖のある茶の髪と整った顔立ちは人間の母から受け継いだもの。
背の小ささ、そして圧縮された筋肉と頑強さは父から受け継いだものだ。
「オイラの名はレリック……って、聞こえるわけないよな。しっかし、すっげぇ、おっぱいだったなぁ」
駆け出しの冒険者であるレリックは、立身出世を夢見て冒険者となり、アイレーンの町を拠点として活動中だ。
彼の主な稼ぎは、【ダンジョン】という別世界の空間に潜り、金銀財宝を入手しそれを売り払うというもの。
しかし、彼が活動できるのは浅い階層のみで、そこはろくな物が手に入らない。
冒険者は危険を冒してこそ、栄誉と富を得られるのは事実で。
だからこそ、栄光と挫折の物語が織り成されてきた。
レリックは慎重派である。
同期が次々と脱落してゆく中で一人、こうして生き残っているのは、それが理由だ。
ただし、慎重であると同時に少しドジな部分もある。
「でも、まさか全部買ってもらえるとはなぁ。また、ここで露店を開けば会えるかな?」
手にした百五十ルイン。
これなら黒小麦パンと塩スープが久しぶりに食べられる、と心ときめかすハーフドワーフの青年であった。
大量のガラクタをライバー教会に持ち帰ったナナシ。
そんな彼女を目の当たりにしたズモン司祭は目を丸くした。
「おやおや、ナナシ。それは、いったいどうしたのですか?」
「ズモン司祭、これは露店で買ったんだ。これを素材にして一儲けしてやるぜ」
「いや、しかしそれは……」
「んゆ? どうかしたのか?」
「言い難いのですが……それは高熱でも溶けないし、どんな圧を加えても変形しないんです。つまり……」
加工できない、ナナシはそう断言されてしまったのだ。
しかし、我に策ありなドワーフ娘は不敵な笑みを浮かべ自室に駆け込み……。
暫しの時間を置いて出てきた。
半べそを掻いている彼女の手は真っ赤に染まっており、ぽたぽたと血が流れ落ちていた。
「いだ~い」
「ふおぉぉぉぉぉぉっ!? いったい何事じゃっ!?」
一瞬、心臓が止まりそうになったズモン司祭は、慌てて神聖魔法【ヒール】を発動し、瞬く間にナナシの手の平を快癒させた。
「おぉ、一瞬で治った!」
「治ったではない。いったい何をしたのかね?」
ナナシの手の平を確認し、傷が残っていないかを確認し終えたズモン司祭は、事の発端を問い詰める。
そうすると予想通りの答えが返ってきた。
「あの石ころを捏ねようと思ったんだ」
「無理じゃ。アレは形さえよければ武器にもなるが、一切の加工を受け付けないが故に利用価値が無いんじゃよ」
「むむむ、つまり俺は無駄金を叩いちまったという事か?
「ふぅむ、無駄ではないじゃろう。こうして、痛みと共に【カンヘム鉱石】の知識を得たんじゃからな。ほっほっほっ」
「ちぇ~」
ナナシは洗面所にて付着した血液を洗い流し、今日の失敗を心に刻み込んだ。
しかし、黒い鉱石の加工を諦めたか、といえばそうではない。
実は、ほんの少しではあるが、カンヘム鉱石を変形させることに成功しているのだ。
問題は腕力、そして握力が圧倒的に足りないという事か。
それとも、別の物に起因するのか。
自室に戻ったナナシは一旦、カンヘム鉱石の加工を中断することに決定。
これは、後日の課題とすることに決定した。
そうなれば、別の素材を集めてくる必要が生じる。
幸いにしてまだ、日は高く、今一度の素材集めが可能だ。
「出かけてくるっ!」
「おやおや、元気な子じゃのう」
教会入り口の花壇を弄っていたズモン司祭は、小さくなってゆくナナシの背を見送った。
まだ日は高いとはいえ、この時期は思ったよりも早く日が沈む。
なので、ナナシは近場で格安の素材を探し求めた。
露店では安く素材が手に入ることを学んだドワーフ娘は、素材の質、うんぬんよりも値段を重視。
品質、性質は度外視し、とにかく安い物を買い漁った。
そうして支払った金額は二千ルイン。
ナナシの自室には正体不明のガラクタの山が築き上げられていた。
「うっし、これで準備良しだ」
「準備良し、じゃありませんっ。乙女の部屋をなんだと思っているのですかっ」
これに異議を申し立てるルーティー。
しかし、ナナシにとっては大勝負に挑むわけだから耳を貸すわけにはいかない。
「ルーティーさん、これはなんだ?」
「え~っと【古代のコイン】ですね。材質は鉄です」
「うおっ、目が光ってるぞっ!?」
「これは識別魔法です。対象の情報をある程度、引き出すことができる魔法ですね」
「そうなのか」
「ズモン司祭様も使っていたじゃないですか」
そうだっけ? とナナシは首をかしげるが、なるほどと思い出す。
自分の素質を調べる際に使ったのがこれか、と合点がいったのだ。
「この魔法って難しいの?」
「そうですねぇ……神聖魔法ではないので、ダンジョンから識別の巻物が持ち帰られれば覚えられる可能性はあります」
「うん? ダンジョン?」
「はい、ナナシちゃんには無縁の場所かと」
「要は危険だってことかぁ~」
「そういうことですね」
ナナシはつまり、それは超値が張るのか、と理解する。
実際、鑑定の魔法を覚える事ができる巻物は極めて希少で高価だ。
なにせ、勉強する必要が一切無くなるわけだから、その分、他の事に労力を回せる。
時は金なり、とは良く言ったもので。
「自力で覚えるしかないか」
「そうですね。頑張ってください」
ナナシは鉱石の種類とアイテムの効用を覚えるつもりだった。
ルーティーは識別の魔法を【魔導書】によって覚えさせるつもりだった。
この両者の認識の違いは、一つのターニングポイントとなる。
だが、今は穏やかな波に乗って、自分を探すドワーフ娘の姿があるだけだった。