6話 ドワーフ娘と恋するナンパ師
午前中はズモン司祭から知識を学ぶナナシであるが、午後からは自由に時間を使えた。
ナナシが作るパンは時間が経っても柔らかなままであり、早朝に沢山作り、夕食まで持たせる戦法を取っているため、最大限に時間を活用できる。
独り立ちをするためには、まず目標となるのが二十万ルインという大金だ。
これを三か月以内に貯めなければならない。
達成できなかった場合、ナナシは最悪、町を出るか、ライバー教のシスターとなって生活することになる。
或いは滞在の更新手続き、という手段もあるが、その場合は流石にライバー教会の世話にはなれないので出てゆく必要性を感じていた。
シスターとして働く場合、基本的に聖職者に納税の義務は無いが、住居は教会のみという決まりがあった。
そして、最低でも神官、及びシスターランクがCに達しないといけない。
実は適性検査の結果、ナナシは最低でもBランク相当の素質を秘めている事が発覚していた。
しかし、ナナシはご存じの通り、神を信じない性格であり、それならば町を出てゆこうと決めている。
「時間はあるようで無いぞ。なんとか二十万ルインを貯めないとっ」
自室のベッドの上に腰を下ろし、うんうんと唸るドワーフ娘。
しかし、具体的にどうすればいいか。これが分からない。
パンでも焼いて売ってみるか、という考えも浮かぶが手持ちの資金は一万ルインのみ。
材料費を購入し、まったく売れずにダメにしてしまった場合、目も当てられない。
最初の内は、ただ同然に手に入って高く売れる物を集めて資金を稼ぐか、それともアルバイトを地道にこなすか、の二択になるとナナシは理解する。
ただ、非力なナナシが外に素材を探しに行く場合、単独での行動は危険が付き纏った。
その場合、護衛を雇うべきなのだが、そのための資金が無いという悪循環。
「アルバイトじゃ三か月で二十万は無理だ。博打でもいいから護衛を雇って外に出るか?」
ナナシは、うんうん唸りながら自室を後にし、向かった先の大通りを独り歩く。
本日、ルーティーは門の詰め所にて仕事中なため、ナナシは独りでアイレーンの町を散策中だ。
町の構造を把握するための散歩であるが、その町並みを見てナナシは感嘆の吐息を漏らす。
古き良き時代の外観を残しながらも先進的な魔道具が随所に設けられ、人々の暮らしを影からサポートしているのだ。
魔道具とは【魔力】で稼働する自動機械の事を指す。
大通りの脇に一定間隔で立ち並ぶ街灯がそれに当たるだろう。
これは太古より研鑽を積まれてきた学問の一つであり、人体、或いは大気中に含まれる魔素を活用し機械を作動させる、というエコエネルギー利用の集大成ともいえるものだ。
魔法でも同じことができるが、魔法の場合は活用の際に個人差が生まれる。
同じ魔法でも強弱がはっきりし、同じ魔力消費でもまったく威力や効率が変わってしまう。
それに対し、誰が利用しても同じ魔力消費、同じ結果を産む魔道具は多くの人々に絶賛され受け入れられた。
ただし、突出したものを持たない分、一部の者からは否定されるのは当然の成り行きだ。
このことから、魔法使いたちは住み分けが決まり、素養のある者は魔法学に、魔力はあるが素養が無い者は魔道具学へと進路を取るようになった。
「う~ん、魔道具か。そもそもそんな学は無いしな」
かといって魔法学にも抵抗があった。
ナナシは肉体系よりも文学系の方が素養が高い、とズモン司祭より忠告を受けていたのだ。
多分それはあっているだろう、とナナシ自身も認めている。
彼女はズモン司祭の教えにより、ある程度、自分という者を知ることとなった。
自分はドワーフであるが、種族としての身体能力値は最低値であること。
ただし、本来ドワーフが苦手としている能力が極めて高い事。
これを踏まえ、ズモン司祭はナナシを、姿だけドワーフのエルフ、という耳を疑う表現で例えた。
実際、ナナシは美少女といっても問題は無いし、声の方も濁声ではなく、澄んで良く通る声をしている。
勉強は苦手といっている割には一度の教えで全て理解し吸収する。
また、魔力の体内生産量も同族たちの十倍以上、即ちエルフたちと同様だ。
どうしたものか、と町の中央の噴水広場へと迷い込んだナナシは、噴水前のベンチへと腰かけた。
アイレーンを訪れる者であれば、必ず一度は足を運ぶという憩いの場。
石畳みの灰色と、レンガの褐色で染まる町にあって、緑が占有する場所がここだ。
遊具などの類は無いが、休憩できるスペースは随所に設けられている。
人も集まるとあって露店商人たちも店を開く。
そういう事もあって、兵士も定期的に巡回してくるのである程度は安全。
安全という事もあり、公園には春の温かな日差しを浴びよう、とお年寄りがのんびりと散歩をしており、その付き添いにと小さな子供たちが元気な笑顔を見せている。
その手には露店で購入したドーナツが握られていた。
かなり暖かくなってきている今日この頃。
冬の衣を脱ぎ捨て、解放的になっている者も少なくは無い。
年頃の乙女たちも、その蕾を開花させん、と華やかさを増してゆく。
その花に群がるのは蝶か蜂か。
「やぁ、ドワーフのお嬢さん。そんな憂いに濡れた瞳をして、どうしたんだい?」
俯いていたナナシは隣から聞こえた声にハッと振り向く。
そこには銀髪に緋色の瞳の美青年の姿。
その整った顔立ちに着崩した服装はナンパ青年のそれであるが、彼は手に見事な剣を抱えている。
宝石が随所にあしらわれた立派な剣に、ナナシは目を奪われた。
このナンパ師、アイレーンではちょっとした有名人だ。
その甘いマスクと巧みな甘い言葉で女性たちを骨抜きにするのだが、最後まで致すことはなく、食事に誘って良い気分になって、そのままナンパした女性を家にまで送る、というヘタレである。
しかし、そんなナンパ師の顔ともう一つ。彼には冒険者としての顔を持っていた。
こちらの方は実に凄まじく、その腕前は実にAランク相当。
一流と名乗っても、まったく問題は無い。
そんな、ちぐはぐな青年が悩めるドワーフ娘に目を付けたのである。
ただ彼は、どこか様子がおかしかった。明らかに普段の彼ではない。
「いや、ちょっと、ぼうとしていただけだよ」
「……それはいけないねぇ」
イケないのは自分だ、とナンパ青年は自分を叱責した。
実のところ、まともにナナシと目を合わせられないのだ。
彼はいつものように軽いナンパ遊びを行おうと、ベンチに独り座っていたドワーフの少女に声を掛けようとした。
しかし、彼女の可憐な姿。たわわに実った果実。そして、その黄金の瞳を見て急激に鼓動が早まる。
紛れもなく一目惚れ。
ナンパ師にとっての恥は、しかし、彼に運命を感じさせる。
「もしかしてナンパか? 人間がドワーフをナンパしても意味無いだろ」
「いやいや、そんなことはないさ。人間とドワーフのハーフだって、ここには沢山いるんだからね」
「そうなのか?」
「もちろんさ」
だから、俺と付きあわない。どこか遊びに行こうよ。
普段は出る軽い言葉は、しかし、とても重くて出せない。
青年は、もどかしさで心がいっぱいになる、と同時に恥ずかしさで顔を真っ赤に染めてしまう。
「なぁ、おまえ、ひょっとしてナンパ初めてか?」
「と、とんでもないっ! こう見えても俺は有名なナンパ師なんだぜっ!」
何を言っているんだ、俺はっ!?
銀髪の彼は迂闊な発言に、心の中で悶絶した。
「そっか、おまえ、良いヤツだな」
「へっ?」
「だから、元気なさそうな俺に声をかけてくれたんだろ?」
「うぅ、あ、あぁ、まぁな」
切っ掛けはそうだけど、今はそうじゃなく、という言葉が心の内で延々と繰り返される。
本気で恋に落ちたことがない男は、この状況でどうしたらいいか分からず。
「ありがとな。なんとかなるかどうか分らないけど、がんばってみるわ」
「えっ? あっ……うん」
ナナシは、ひょいとベンチから降りた。
ふるりと豊かな乳房が揺れる。
ドワーフにしては大き過ぎるそれは、男をときめかせるには十分だ。
「あ、あのっ!」
銀髪の青年も慌てて立ち上がり、ありったけの勇気を振り絞り告げる。
「俺の名は【エリド】だ! 困ったことがあったら声を掛けてくれ!」
トマトのような顔から、何とか自分の名を絞り出す。そんな銀髪の青年を見上げるナナシは、微笑を持って彼に名乗った。
「ナナシだ。何かあったら頼らせてもらうよ」
「……かっ」
春風に送り出されるかのように褐色のドワーフ娘はその場を後にした。
ナナシの姿が見えなくなった後、エリドは腰砕けとなり地べたに座り込んでしまう。
「可愛い……こ、これが恋なのかっ」
今も鼓動は荒れ狂い、心臓が何個にも増えたかのような感覚にエリドは打ち震える。
これが運命なのか、と幾度となく自問自答し、返す答えも全てが同じであった。
「ナナシ、あぁ……愛しの君よ」
エリドはナナシの名を口にすることによって、乱れた心がようやく落ち着いて行く事を認める。
呼吸を整えた彼は、スッと立ち上がり、乱れた髪を手櫛で整えた。
誰しもが認める美青年、その微笑は女性を狂わす。
しかし今、エリドはドワーフ娘の微笑に狂わされていた。




