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5話 ドワーフ娘とパン作り

 次の日、簡素なベッドの上で目を覚ましたナナシだが体調はすこぶる良好。

 草のベッドの上に比べれば、天と地との差がある。


 ナナシに宛がわれた部屋はベッドと机以外は何も無かった部屋だ。

 室内も常に靴を履いていないと足の裏が汚れる。そもそもが靴を脱いで室内に入るという習慣が無い。


 カーテンもなく、朝の陽射しも情け容赦なく入ってくる。

 だが、野宿に慣れたドワーフ娘がそのような事を気にするはずもなく。


「ふあ~、良く寝た」


 身体を起こしグッと伸びをする。大き過ぎる乳房がふるりと揺れた。

 ぐしぐしと目を指で擦る。艶があって絹のような髪も、今は自由気ままな方角に伸びている。


 窓から差し込む日の光はどこまでも優しい。

 それが、傍の樹木の葉に反射し、ナナシの部屋へと送り届けられている。

 

 木枠の窓の向こう側には黄緑色の羽毛を持つ小鳥たちの姿。

 春になると、どこからより渡ってくる旅人たちだ。


 それが今、春の歌を奏でようと小さな嘴を開く。


「ほ~……ほみょっぴろ!」

「……」


 ナナシは、何か違うなぁ、と思った。そしてそれは正しかった。


「ホー、ホケキョッ!」

「こっちだよな」

「ほ~……ほみっ」


 ナナシは、今嚙んだだろ、というツッコミを下手っぴな黄緑色の小鳥に送る。

 それを受信したのであろう、小鳥は「ぴぃ」と鳴いて恥ずかし気に飛び立っていった。


 毛布から抜け出したナナシの姿は下着姿だ。

 純白のブラジャーとパンツは、ルーティーがチョイスした物であり、彼女は可愛らしさとエロスが調和したものだ、と豪語する。


 確かに、それらはナナシの健康的な褐色の肌によく映える。

 しかし、どちらかというとエロスの方が強調され過ぎなきらいがあった。


 が服を着てしまえば問題はないだろう、というのがナナシの結論である。

 別に下着姿で出歩くわけではないので、当然といえば当然だ。


 黒獣の毛皮で製作した衣類だが、これは洗濯して現在はナナシの部屋に干されていた。

 実はこれ、下手な金属製の防具よりも頑強で軽いため、ナナシは町の外に出る際の防具として活用することにしたのだ。


 薬屋の主ファレッタの情報が無ければ廃棄処分も考えていただけに、彼女との出会いはナナシにとって僥倖であったと言えよう。


「うわ、ルーティーさんが用意した服ってこれかよ」


 椅子に置いてあった衣服は、ナナシが寝た後にルーティーがこっそり置いていった物だ。

 胸元が大胆に広い。これまたセクシーと可愛らしさとが混淆した良く分からない服である。

 色は白で、スカート部分は膝上までとなる。


 ドワーフの背丈に合った服だが、アイレーンには多種多様の種族が集まってくるので、種族に合わせた専門の衣類店が、そこかしこで商売を営んでいた。

 加えて、ライバー教会に勤めているドワーフも少なくはないのだ。


 だとしても、このドレスはどうかと思う。

 ルーティーの欲望駄々洩れのそれは、ナナシが早めに寝た後に、ルーティーが全速力でドワーフ専門の衣料店へと駆け込み購入したものである。


 購入後は、暗殺者のごとく気配を消してナナシの部屋に侵入。こっそりと自分の欲望を満たすためだけの服を置いて立ち去っている。

 その際に、舐めるようにしてナナシの寝顔を目に焼き付けたのは言うまでもない。


 これが聖職者のやることかよ、といいたいが残念ながら彼女は聖職者である。


 う~ん、と言いながらもしっかり袖を通してあげる辺り、ナナシもお人好しだ。


「あ、これ、ブラをしちゃダメなヤツだ」


 大きく開いた胸元から付けていたブラジャーが丸見えになっていた。

 見せる用のブラジャーも確かに存在するが、現在ナナシが着用しているタイプはそれに当てはまらない。

 仕方なくブラジャーを外し形を整える。


 この部屋には何故か姿鏡が用意されていた。いつ設置されたかは不明。

 ナナシは、寝る時点までは存在してなかったはず、と疑問を抱く。

 しかし、考えたら負け、という脅迫概念から、彼女は考える事を止めた。


 勿論、犯人はルーティーである。どうやら彼女はナナシを気に入ってしまったらしい。


「あ~、もう、なるようになるか」


 今までは気楽な独り旅で、なんでもかんでも自分の自由だった。

 しかし、今は居候の身であり、ある程度は教会のルールに従わなければならない。


 だが、それも独り立ちをするまでの間だ、と割り切り、まずは洗面所へと向かう。

 そこには、沢山の神父やシスターが身なりを整えていた。


 立派な浴場があることから、洗面所も立派に作られているのは想像し易い。

 しっかりと防水処理が成され、鏡まで設けられている。


 蛇口を捻れば当たり前のように水が出てくるが、この町の全家庭がそうであるかといえば、そうではない。

 アイレーンのライバー教会だけが際立って設備が整っているだけなのだ。


「ルーティーさん、おはよー」

「おはようございます。早いですね、ナナシさん」

「今までは明るくなると目が覚めてたんだけどな。今日はたぶん、遅い方だ」


 野に生きていたナナシは常に外敵からの脅威に晒されていた。

 とはいえ黒獣の毛皮のお陰で寝込みを襲われることは無く、寧ろ熟睡するレベルで寝ていたのだが。


 そんな彼女を目覚めさせるのは、いつだって日の出の輝きである。

 それと、たまに雨の雫もナナシを叩き起こした。


「ふひっ、よ、良くに合っていますよっ」

「うん、ありがとう。あと、顔っ」

「うほほほほほっ、ほひっ、元の顔を忘れるっ」

「落ち着けっ」


 ナナシを自分の好みの姿に変えることができたルーティーは、酷く残念な聖職者だった。

 彼女の本性は仲間内では知らぬ者はおらず、過去、何人もの若いシスターたちがその毒牙に掛かっている。


 だが、実害が無いため咎めることもできず、生暖かい眼差しを送るに留まっていた。


「こほんっ、凄く落ち着きました」

「じゃあ、涎を拭けよな」


 残念美人は、いそいそとハンカチを取り出し口元の涎を拭う。

 そして改めてナナシに本日、最初の仕事を指示した。


「パンの製作?」

「はい、ここで生きるに当たって、基本は調理です。自炊です。パンの一つも焼けないのでは主婦もままなりませんよ」

「でもルーティーさんは……」

「私はいいのです。シスターなので」


 ふふん、とささやかな胸を張るルーティーに、ナナシはそう言えばと首を傾げた。


「俺、パンの作り方、よく覚えてないや」

「まぁまぁ、それは好都ご……げふんげふん。手取り足取り、教えて差し上げます」


 欲望が駄々洩れの彼女は本当にシスターなのだろうか。

 これならば、まだケイクの方が真っ当に思える彼女はしかし、正義と公平の神ライバーに愛されている。


 ただ、愛情の表現がアレなだけなのだ。

 だとしても酷い事には変わりないのだが。




 身なりを整えたナナシは厨房へと向かう。

 年季の入った調理台に、大と小の焼き窯が二つ、流し台も設置されており蛇口の姿も見える。

 壁の煤などは、この厨房の歴史を感じさせるものばかり。

 それは決して不潔ではなく、毎日掃除して尚、刻まれた歴史そのものだ。


 壁の古くなった部分を隠すかのようにレシピが掛かれた紙がびっしりと張り付けられている。それもまた日焼けによって、くすんだ色となって歴史を感じさせた。


 古き厨房を任されるシスターが忙しそうに朝食をこしらえている。

 非常に手際が良く、時間を無駄にしない動きは熟練のそれだ。


「おはようございます。マリアンヌさん」

「おや、ルーティー。おはよう。そっちの子は?」


 マリアンヌと呼ばれたシスターは青髪の短髪、褐色肌の大女であった。

 桃色の瞳と右の泣きほくろが印象的だ。


 生地の薄い黒のシスター服が彼女の盛り上がる筋肉を誇張して見せる。

 この筋肉の理由は彼女が毎日、炊事洗濯をしているだけで身に付いたものではない。

 彼女はシスターと戦士を兼任する【神官戦士】であるのだ。


 戦士としては一流だが、神官としては二流。

 それ故にBランク・シスターの証である黒いシスター服を見に纏っている。


 ルーティーは、その上のAランク・シスターであり、純白の衣服を身に付けることを許されていた。

 昨日、彼女と交代で入ってきたエイミーも、Aランク・シスターだ。


「ナナシちゃんです。たぶん、ドワーフかと」

「ちゃんっ!?」


 さり気なく、ちゃん呼びされている事にナナシはたまげた。


 ちゃん、はないだろう、ちゃん、は。

 そう心の中で苦情を申し立てるも、届かないんだろうなぁ、と半ば諦めている様子。


「あぁ、昨日、ズモン司祭が言っていた子か。あたしはマリアンヌ。神官戦士だ。よろしく」

「お、おう。ナナシだ。色々と分からないことだらけなんだ。よろしく指導してくれると嬉しい」

「あいよ。ほら、ルーティーは聖堂の掃除だろっ」


 マリアンヌの指摘にしかし、ルーティーは平たい胸を張る。


「私はナナシちゃん担当で……」


 ばたん。


「ちょっ!? ちょっとーっ!? マリアンヌさ~んっ!」


 しかし、マリアンヌはルーティーの首根っこをひょいと掴んで厨房から追い出し、ドアを閉めてしまった。


 子猫のごとく追いやられてしまったルーティーは暫く、にゃんにゃんと騒いだが、やがて相手にされていない事を悟る、としょんぼりしながら聖堂の清掃に向かった。


「いいの?」

「いいのさ。あの子は熱中すると周りが見えなくなる子でね。少しは冷静になるだろうさ」


 がっはっはっ、と逞しい胸を張って男らしい笑い方をする大女は、ナナシにパンの作り方をレクチャーする。


 材料は固いパンになることで有名な黒小麦。

 流石に製粉からではなく、既に粉末状になっており、これに水を加えながら捏ねる。


「捏ねるのは重労働だよ。そんな細腕で、できるかなぁ?」

「むむむ、捏ねると聞いて負けるわけにはいかない」


 捏ねる事はナナシにとっての大事である。

 マリアンヌのやり方を真似て、えいや、と気合を入れて捏ねるナナシは黒小麦の生地が異常に柔らかくなってゆくことを認め首を傾げた。


「うん? どうかしたのかい?」

「んえ? あぁ、いや、なんでもないよ」


 果たして、これでよかったのかな、とナナシは出来上がった生地を指で突っつく。

 生地は絹豆腐のように、ふるりと揺れて、これでいいよ、との返事を返したのだった。


「あとは、こいつの傍に置いて暫く発酵させる。その間に塩スープを作るよ」

「この変な鉄の棒は?」

「周囲の温度をパンの発酵に適した温度にしてくれる便利な魔道具さ」

「へ~、便利な物があるんだな」


 マリアンヌは手際がいい。

 彼女は戦士として冒険者や商人の護衛もするのだが、その際の野営で料理を担当する機会が多かったからだ。


 それは彼女が女性、という理不尽な理由で任せてくるのだが、マリアンヌ自体は自分を女として見てくれて嬉しかったりする。

 だからこそ、美味しい料理を作って喜んでもらおう、と頑張った結果が今発揮されているわけだ。


 しかし、彼女が最も喜んでほしかったひとは既に故人で。

 だからこそ、彼女は神官戦士になったのだ。


「おぉ、鮮やか」

「ナナシもできるようになるさ。あたしみたいに男だか女だか分らないのに、絶対なるんじゃないよ?」

「何言ってんだよ、マリアンヌさんは、れっきとした女性じゃないか」

「……ははっ、昔、そう言ったヤツがいたよ。ほら、塩スープはね……」


 ナナシに塩スープの作り方を教え、味見する際、マリアンヌはそっと顔を隠した。

 少し、塩気が強いか、と思った彼女はかつてを思い出す。


 少し幸福で、でも短い青春の儚さを。


「おっと、そろそろ良いかな?」

「お~、膨らんでる」


 発酵が進んで膨らんだパン生地たち。

 しかし、その中に異常に大きくなった個体があった。


「ちょっ!? なんだい、これっ!?」

「あぁ、たぶん、俺が捏ねたヤツだ」


 マリアンヌが捏ねたパン生地は大きさ的に元の二倍だが、ナナシの物は六倍になっていた。

 明らかに過発酵が疑われる。


 だが、ナナシが巨大なパン生地を指で突く、とそこからガスが抜け出し、しなしなとパン生地はしぼんでしまったではないか。


「う~ん、大丈夫かねぇ?」

「大丈夫、何とかなるなる」


 マリアンヌの心配を他所に、ナナシはやり方を真似ながら、なんとかパンを焼く部分にまで漕ぎ着ける。


「あとは窯で焼いて出来上がり。焦げないように火の調節はしっかりとね」

「お、おうっ。んで、火の調節ってどうやるの?」

「ありゃ、窯の使い方も忘れちまってんだね。ほら、この薪を放り込んで火力を調整するんだよ」

「難しそうだな」

「だいたいは勘になるさね。まぁ、ある程度、適当でいいよ」


 じ~っと窯の中のパンを見続けるナナシ。

 その姿が子供っぽくて妙に可愛らしく、マリアンヌは、思わずくすりと笑った。


 やがて、パンが焼き上がりを知らせる芳ばしい香りが漂ってくる。


「おっ、おっ? おお? 良い匂いがしてきたっ」

「そろそろかねぇ」


 マリアンヌはそろそろだな、と長年培った経験を発揮。

 見事に焼き上がったパンたちを窯から取り出した。


「おぉっ、見事に焼けてるっ」

「そりゃあ、そうさ。良い匂いだけど、どう焼いても硬いんだよねぇ。切るにしてもノコギリナイフじゃなきゃ切れないし」

「焼きたてでも?」

「そうさ。なんでなんだろうかねぇ」


 ナナシは試しに包丁で焼きたての黒小麦のパンの切断を試みる。

 しかし、パンの表面はナイフの刃を受け付けなかったではないか。


「これ、下手な防具よりも頑丈じゃね?」

「固いね。でも、水分に極めて弱いから」

「あぁ、そういえば」


 こいつめ、とナナシは隣のパンにナイフを振り下ろす。するとそれはするり、とパンに入り込んだではないか。


「えっ?」

「うおっ、こっちはクッソ柔らかいっ」


 何事か、とナイフが突き刺さったパンを手に取るマリアンヌ。

 手の力で変形する黒小麦のパンなど聞いたこともない。


 彼女は試しに、それを手で千切ってみた。

 なんの抵抗もなく、あっさりと千切れるパン。

 その断面から食欲をそそる香りが、ふぅわりと広がってゆく。


 これは、もしかすると、その思いがマリアンヌの口にパンを運ばせた。

 まったく水分は含ませていない、にもかかわらずふわふわで柔らかく、加えてほんのりとした甘さも感じる。

 鼻腔を通り抜けてゆく小麦の逞しい香りと、焼き上がりの芳ばしい香りが組み合わさって、なんとも言えない食欲を引きずり出してきた。


「はぁ……なんだいこれ。まるで貴族様が口にするパンじゃないか」

「マジで!? 俺も一口っ」


 ナナシも柔らかい方のパンを口にした。

 ほとんど抵抗することなく歯に押し潰されるパン。

 咀嚼し唾液と混ざるとホロホロと崩れ溶けてゆき、甘い液体となって舌に纏わり付いた。


「おぉ、やっと俺の知るパンと出会った」

「えっ? あんた、貴族の子なのかい?」

「そこまでは分からないけど、こんな感じのパンは食べていた気がする」


 マリアンヌは訝しげに首を傾げる、が貴族の令嬢はパンに直接、齧りついたりはしないだろう、と分析。

 きっと、ナナシはパン屋の娘か何かだったのでは、と結論付ける。


「まぁ、いいや。パンの製作はナナシに任せようかねぇ」

「え~っ」

「こんな美味しいパンを食べちまったら、きっと皆にせがまれるよぉ?」


 妙な事になってしまったな、とナナシはがっくりと肩を落とす。

 案の定、ナナシの作ったパンは大好評であり、特に老齢の神官やシスターに大人気であった。


 これ以降、独り立ちするまで、ナナシはパン作り担当となったのである。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 息をするかのように珍現象起こすな世界こわれる もっとやれ [気になる点] ルー「ニャーニャー」ガリガリ マリ「邪魔猫は追っ払ったから始めましょ」 ルー「('A`)ニャー・・・」トボトボ …
[一言] 普通カッチカチでふやかさないと食べられないパンが美味なるパンに化けるこねる能力…。 これは元から美味しいハンバーグとかをこねたらさらにおいしくなる可能性を秘めている…?(空腹)
[一言] スキルのおかげ!?
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