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4話 ドワーフ娘と教会

 三角形に縦線、それは傘のように見える。その傘の下のは丸とバツのマークが記されていた。

 それは、神の色を示す黄金に染められており、紋章の主たる神に縋るため、今日も大勢の信者たちが教会を訪れている。


 それを頂く白い建物は、教会というよりかはマンションのようだ。

 長方形のそれは他の建物とは違い三階建てで、広い敷地には庭園のような施設が備わっている。

 そこで信者たちは神に祈りを捧げたり、ゆっくりと談話をしている様子が窺えた。


「ここが正義と公平の神【ライバー】様を信奉する教会です」

「へー」


 どことなくウキウキしているルーティーとは違い、ナナシは興味が無さそうな返事を返すのみであった。

 何が理由かは分からないが、ナナシは頑なに神という存在を信じようとはしない。

 ルーティーは、そんな彼女を不思議に思いつつ、共に教会内へと進んだ。


 教会の内部は古い感じ、というか歴史が積み重ねられた、といった方が正しいだろう。

 極めて清潔感があり、また荘厳な雰囲気に満ち溢れている。


 大聖堂内は更に荘厳さが増し、神の威光を知らしめるには十分だ、といえよう。

 そこで神に祈りを捧げる信者たちも、清らかなる心を持って事に当たっている様子だった。


「ふぅん、熱心に祈ってんなぁ」

「そうすれば、いつか願いが叶うと信じていますからね」


 ナナシは、いつか願いが叶う、という言葉に不快感を覚えた。

 何故かはわからない。失われた記憶の中に答えがあるのだろう。

 だから返事は返さなかった。それが答えだと言わんばかりに。


 ルーティーは、神に対し静かに祈りを捧げる、豊かな白髪と髭を蓄える老司祭の前にまで進み出る。


「ズモン司祭様」

「ルーティー、おかえりなさい。その迷える子羊はどうしたのかね?」

「実は……」


 ナナシの事情を説明するルーティー。

 ズモンと呼ばれた老司祭は逐一頷き事情を聴き終える、とその紫掛かった瞳をナナシに向けた。

 何故かナナシは、その瞳が恐ろしいと感じる。


「ふむ、勘のいい子のようだね」

「司祭様?」

「いや、結構な事だ。きっと、これもライバー様のお導きなのだろう」


 手にした聖書を静かに閉じるズモン司祭は、その手を天にかざす。


 すると祈りを捧げていた者たちが、ほのかに金色の輝きを発し始めた。

 それは僅かな時間であったが、その輝きが失われた後、祈りを捧げていた者たちは皆一様に笑顔を見せて教会を後にしてゆく。


 それを見届けた老司祭は、ナナシに優しく語りかけた。


「信じる者が報われない世の中を、どうにかしたいとは思わないかね?」

「……あんたは、それを本気でやりたいと?」

「ふふ、それをおこなって四十年。中々どうして、険しい道のりだよ」

「険しいどころじゃない、不可能だろ」

「そうかもしれんし、そうじゃないかもしれん。ただ言えることは、決して無駄ではない、という事じゃ」


 先ほどの恐ろしいと感じた紫色の瞳は既に無く、ナナシは優し気な瞳の老司祭に戸惑いを覚える。

 いったいどちらが本当の彼なのだろう、と身構えてしまった。


「さて、君は記憶を失っており、そしてライバー様の審判をも見事合格しておる。私が、ああだ、こうだ、という事は無いと思ってくれていい。その上で、ナナシ君に生きる上で必要となる知識を与えよう」

「うえ~、やっぱ勉強か~」

「ほっほっほっ、生きるという事は勉強じゃよ。この私からして、毎日が教えられることばかりじゃて」






 その日、ナナシは最も基本的な事をズモン司祭より教わった。


 まず、住民登録には二十万ルインが必要だという事。


 住民登録が済むと納税の義務が生じる事。


 ギルドに加入できれば税金が軽減される事。


 店を構えるには商人ギルドの許可がいるが、露店なら未許可でもいいという事。


 冒険者は納税の義務はないが、住居を購入できず、滞在期間は三ヶ月までという事。

 その後は審査が発生し、問題無し、と認定されると再び三ヶ月滞在可能だという事。


「まずは、こんなところか」

「お、覚えることはいっぱいで頭がパンクしそうだ」


 ナナシがズモン司祭より教えを賜っていた場所は、教会内の勉強部屋である。

 極めてシンプルな構造で、正面の大きな黒板と、教わる側の机と椅子があるのみだ。


「ほっほっほっ、まだまだ沢山、覚える事はあるぞ。じゃが、詰め込み過ぎも良くない」


 ズモン司祭は傍に控えていたルーティーに、ナナシを休ませるよう告げた。


「ルーティー、ナナシに部屋を」

「では?」

「うむ、独り立ちできるまで面倒を見てあげなさい」

「はいっ」


 ズモン司祭が言わなければ、ルーティーは自らナナシの面倒を志願するつもりであった。

 正式に命令を与えられたルーティーは、いそいそとナナシを空き部屋へと案内する。


 実のところ、一刻も早くナナシにまともな格好をさせたかったのである。

 それには兎にも角にも身体を洗浄しなければならなかった。




「……ナナシ、か。魂は巡る、そうですよね? ライバー様」


 二人の姿が見えなくなった後、ズモン司祭は聖堂に移動し、正面に飾られたライバー像に向けてそう告げた。


 右手には下ろした剣を、掲げた左手には天秤を。

 それらを手にする半裸の美しい女性の姿、それこそが正義と公平の神ライバーの姿だとされている。


「さて、運命は真に残酷。報われるか、報われぬかは、あの子次第」


 ズモン司祭は左手で三角形を描いた後に、それを断ち切るかのように左手を振り降ろした。


「正しき心に正義を、公平なる祝福を彼の者に授けたまえ」


 目を閉じ一身に神に捧げる祈りは果たして届いただろうか。


「願わくば、【かつて】を思い出すことなく……」


 老司祭は誰もいなくなった聖堂にて神と対話する。

 四十年間、毎日、彼は信ずる者のために戦ってきた。

 そして、今尚、彼は戦い続けている。


 その行いが、祈りが、成就するその時まで。






「う~ん、大きいっ」

「うひょえあっ、洗うとか言って、がっつり揉むのはどうかと思うっ」


 教会にはあろうことか広い浴場が備わっていた。

 これは、信者、或いは関係者であれば誰でも使用可能な設備だ。


 この浴場が出来上がった経緯は、今より五十年前。


 当時、酷い皮膚病が流行り蔓延していた。

 それが、清潔さを保てない事によるものだ、と発覚し、人々はこぞって身体を洗浄しようとしたが、今度は川や池が水浴びによって汚染されるという事態に発展。

 国は沐浴による洗浄を禁止した。


 このままでは皮膚病が更に広まってしまう事を懸念した当時のライバー司祭たちは、それならば誰でも入れる聖なる洗浄場所を作ればいい、と魔法を駆使して一つの浴場を作り上げた。

 その一つがここ、アイレーンのライバー教会である。


 かつては男女共用だったが、色々とあって今では男女に分かれていた。

 当然といえば当然だ。


「はぁ~、綺麗な肌。ツルツルでぷにぷにで、張りがあって……はふぅ」

「いやいや、ルーティーさんも、ピチピチだろ」

「聞いてくださいよっ、節制してるのに下っ腹がっ!」

「わぁお」


 そんなやり取りをしつつ、しっかりと身を清めて身体を温めた二人は、水分補給と称し脱衣所の隅に置かれている樽の栓を捻った。

 すると、樽のコップに黄金の液体が注がれ、ふわふわの泡が生れ出たではないか。


 それを全裸のまま、豪快に飲み干すルーティー。


「ぷっはーっ! これが無いと生きてられなーい!」

「えーっと、これってビール?」

「いいえ、神の祝福水です」


 真顔でそう告げたルーティーに、ナナシは「お、おう」と返事を返すより他になかった。

 いつまでも眺めていても仕方がない、とナナシも手にした神の祝福水を喉に流し込む。


 シュワシュワという炭酸の刺激とほろ苦さ。

 そして、何故かキンキンに冷えている、という謎の技術に驚いた。


「キンキンに冷えてやがるっ……! なんという背徳感っ……!」

「それはいけません。背徳感は速やかに清い流さなくてはっ」

「自分が飲むんかーい」


 だから太るんじゃね? とは決して口にはできないナナシであった。


 尚、このエールは一杯、二百ルイン。

 栓の横の投入口に、百ルイン硬貨二枚を入れると栓を回すことができ、樽コップ一杯分のエールが出てくるという仕組みだ。

 尚、これは当教会の最大の収入源であったりする。




 身を清め、幸せな気分になったルーティーはいよいよ、ナナシの大改造に着手する。

 その残酷な光景は、とてもではないがお見せ出来ない。


 言葉で言い表すと、ナナシがアヘ顔を晒し、もう許して、と身を震わせて懇願するレベルだった、ということであろうか。


 それはもう、背徳的な美少女が山のように出来上がった。

 同時にナナシにトラウマが出来上がった瞬間でもある。


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― 新着の感想 ―
[一言] こ、これはただの般若湯じゃ…。
[一言] うーん・・・ なんかあるなあ・・・
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