24話 ドワーフ娘と禁断の秘儀
マリアンヌが帰ってきた。それはナナシにとって朗報。
何故なら、スパゲティ店の負担が激減するからだ。
食材を捏ねて下準備をするだけでも、相当な時間を持ってゆかれるというのに、それを調理するとなると一人では追いつかない。
そこにマリアンヌが加わってくれれば、なんとか回して行ける。
「ただいま。ナナシ、ちゃんと仕事はできてた……うわっ、なんだい、これはっ!?」
「待ってたぁぁぁぁぁっ! 助けてっ」
そこは戦場であった。
肩で息をしながらスパゲティを作っているナナシ。
それを運ぶシスターリリアンもげっそりとしている。
孤児のベックたちも死んだ魚の目をしながら黙々と食器を洗っていた。
「いったい何事だい?」
「うう、実は……」
ナナシは事の経緯をマリアンヌに説明する。
やはりというかなんというか、彼女は盛大に呆れたのであった。
「ズモン司祭も何を考えているんだい。ミートスパゲティを食べた際に、これは広めたら拙い類だって言ってたのに」
「長年の夢が勝っちゃったんだろうなぁ」
「司祭様も人の子だという事かねぇ」
取り敢えずは帰って来たばかりのマリアンヌも厨房に入り、客の注文を捌いていった。
流石に手慣れているだけあり、見る見るうちにナナシたちの負担が軽減されてゆく。
「ふおぉぉぉぉっ! 昼休憩の時間までに片付いたっ!」
「やりましたねっ! 久しぶりに昼ごはんが食べられますよっ!
「「「わぁい!」」」
喜び咽び泣くナナシたちに、マリアンヌは盛大なため息を吐いた。
「あなた達、どういう生活していたの?」
「材料仕込む、スパゲッティ作る、寝る」
「注文聞く、スパゲッティ運ぶ、寝る」
「皿洗う、拭く、寝る」
「それは人の生活じゃない」
尚、厨房の清掃はルーティーが頑張っている。
その日の店の仕事が終わった頃には、ナナシたちの体力も尽き果て、最悪は厨房の床に転がっていたことすらあった。
なんとか改善を計ってはみたものの焼け石に水であり、更には噂が噂を呼んで、今では地方からも食事に訪れる、というとんでもない状況に陥っていたのだ。
「だから、食い物屋は嫌なんだっ」
うぉん! と手足をジタバタさせて不満を爆発させるドワーフ娘は、どう見ても子供の癇癪である。
とはいえ露店も開けないナナシはこれに甘んじるしかない。
「まぁ、人を増やせばやっていけるって今証明できたんだ。なんとかなるさね」
「う~、それじゃあ、俺が離れられないじゃんよ」
「それは確かにねぇ」
ライバー教会スパゲティ店の料理は唯一無二。ナナシにしか作り出せない職人の味なのだ。
ただ、ナナシは形を失う作品に良い感情を持たない。長く、壊れるまで使ってほしいのだ。
「うん、うん……なるほど。これなら、捏ね物を用意してくれれば再現できそうだよ」
「えっ? マジでっ!?」
「あぁ、流石に肉団子や麺は作れないけどね。明日、試してみるかい?」
「もちろんっ」
次の日、マリアンヌは宣言通り、ナナシの味を完璧に再現した。
「ふおぉぉぉ……俺の味だぁ」
「どうだい? 大したもんだろ」
「マリアンヌさんっ! しゅきぃ」
「すたぁぁぁっぷっ! ナナシちゃんは渡しませんっ!」
ナナシがマリアンヌに愛の告白をしたところで、お邪魔虫のルーティーが参上した。
「おや、久しぶりだねぇ。昨日は詰所かい?」
「お久しぶりです。はい、ナナシちゃんに会えなくて寂死するところでした」
「病気だねぇ」
ちゃっかり、ナナシを回収し寂しい懐に抱き寄せるAランクシスター。
相も変わらずの同僚に安心したマリアンヌは、今後の事を話し合う。
「とにかく、ネックは捏ね物だねぇ。こればかりはあたしでも再現はできない」
「ええっと、麺と肉団子、それとカルボナーラの黄身かぁ」
「あと、黒小麦パンだね」
「あぁ、もう。ズモン司祭がもったいない精神を炸裂させるからっ」
皿に残ったソースがもったいない、とズモン司祭が客に黒小麦パンを提供したことがきっかけになり、ナナシの黒小麦パンも評判になってしまったのである。
果たして彼は何がしたいのか。
いまや庭園よりもスパゲッティ目当て。祈りよりもスパゲティ、という者で教会が溢れ返っている。
「黒小麦パンも飛ぶように売れてますしね」
「そりゃあ、安い上に日持ちして、しかも柔らかくて甘みもありゃあねぇ」
今では高級レストランからの注文も舞い込んでくるほどである。
最早、ナナシは厨房に入り浸って自分の時間が持てない事態に。
だからだろう、エリドとレリックは自らライバー教会に足を運ぶ。
「やぁ、ナナシちゃん」
「黒小麦、買ってきたよ」
「いらっしゃい、エリド、レリック。助かるよ」
ナナシは沢山の黒小麦を購入してきた二人に代金を手渡す。
もちろん、手間賃も一緒にだ。
「へへっ、毎度」
「なんだか最近は運搬業者になってきたなぁ」
「いっそ、転職しちまうか?」
「ばっかやろう。一攫千金が冒険者の本懐だろ」
エリドは、そこにこだわりを持っているもようだ。
しかし、レリックは割と運搬業に満足感を得ている。
確かに力仕事であるが、安全で安定した収入は魅力的と考えているのだ。
何よりも、毎日ナナシと会えるのだから尚の事。
「おやおや、男手も確保済みかい」
「こんにちは、レディ」
「おぉっ、それっぽい」
「それっぽいは酷いなぁ」
ナナシのツッコミに苦笑するエリド。一応彼はナンパ師としての肩書を持っている。
「ナナシから話は聞いているさ。あたしはマリアンヌ。よろしく」
「エリドです、よろしく」
「おいらはレリックです。よろしく」
簡単な自己紹介を終え、彼らを交えて話し合う。
捏ね物以外ならマリアンヌでもいい。
ということは、大量に製作し保管できればナナシの時間も増える、ということだ。
問題となるのが、その保管場所。
「長期保存が可能になる場所かぁ……そんな場所なんてあるのか?」
「当てはあるよ。王都ハーティスに滞在していた時にね、【保霊庫】って魔道具が開発されたって耳にしたんだよ」
「保霊庫?」
「要は、そのままの状態を維持したまま、長期間保管できる装置さ」
「じゃあ、生ものを入れても腐らないってこと?」
「みたいだよ? 三年間入れっぱなしの肉を取り出して安全が確認できていたっぽいし」
「むむむっ」
マリアンヌの話を聞いて、ナナシは俄然、保霊庫に興味を持った。
しかし、当然ながらナナシは魔道具の知識が無い。
今から勉強するにしても、保霊庫の構造を把握するまでに、かなりの年月を消費するだろう。現実的ではない。
「それって、高そう?」
「試作品が出たばかりだよ。商品化もされてないよ」
「だめじゃん」
「可能性があるって話しさね。五年も経てば実用化されるだろうさ」
「そんなに待てーん!」
ふぎゃあ、とジタバタするドワーフ娘。その動きに巨大な乳房が連動し、男二人を大いに悩ませた。
「ま、モドキを作ればいいのさ」
「んゆ? モドキ?」
「今回の依頼主が、保霊庫の設計者だったのさ」
「ほぇ、すっごい偶然」
「というか、だからこそ保霊庫の存在を知れた、が正しいかねぇ」
マリアンヌは旅先での退屈凌ぎ、と保霊庫の開発者の苦労話を聞かされていた。
彼女はその仕事柄、依頼者たちからの暇潰しとして話を聞く事が多い。
それは次第に彼女を博識にしてゆく。
今回の依頼者はマリアンヌの博識ぶりに興味を抱き、そして上機嫌になったことから保霊庫の試作機である【冷蔵庫】の構造を話したのだ。
「へぇ、冷気で食材の劣化を遅くするんですか」
「問題は氷さ。魔法で氷を作れないといけないからさ、実用には至らなかったんだって」
ルーティーは構造に感心するも、マリアンヌは冷気を発生させる大本、その入手の難しさを指摘する。
残念ながら、現在に至っても氷を製造する魔道具の開発は難航している。
物を燃やすよりも、凍らす方が難易度は格段に高いのだ。
「お水ではダメなんでしょうか?」
「多少は違うだろうけど、殆ど意味は無いみたいだよ」
「ライバー教会にも氷魔法の使い手はいませんしねぇ」
「今から覚えます? 魔導書だけはありますよ?」
「誰も習得できなかったじゃないか」
とマリアンヌとルーティーはドワーフ娘を見る。
「え?」
まるで獲物を狙う肉食獣の眼差しに、ナナシは若干引いた。
「そういえば……ナナシちゃんって、魔法の素養がありましたよね」
「あぁ、確かズモン司祭がそう言ってたねぇ」
「可能性はゼロではないですよね?」
「もちろん。ゼロじゃなければ、なんだってできる」
「ま、待てっ。落ち着こう、話はそれからだ」
しかし、ナナシの訴えは退けられたという。
「うう、これじゃあマリアンヌさんが戻ってきても意味がないじゃないか」
「もし、氷の魔法が覚えられたら、時間はもっと増えますよっ」
今はナナシの部屋で氷魔法の勉学中である。
店はマリアンヌ、エリド、レリックも手伝い、問題無く客を回し終えた。
ナナシは少し早めに上がらせてもらい、魔法の勉強を始めた、といったところだ。
「ルーティーさん、これってどういう意味?」
「えっとですね、これは対象の熱を奪う方法ですね。皆これができなくて躓くんですよ」
「ふ~ん。対象の熱を奪うには【汝が灯を我に捧げたまえ。さすれば永久の時間を授けん】か。これが詠唱になるの?」
「そうですよ」
「効率悪くね?」
「えっ?」
ナナシの返事にルーティーは驚いた。
まさか詠唱に疑問を抱くとは思わなかったのだ。
「えっとですね、これ以外では氷を発生させることができないんですよ」
「ふ~ん。誰かやったの?」
「いえ、たぶん誰も。ですが、呪文は各属性の神々が地上にもたらすもので」
「誰も疑問に思わなかったのかな?」
「……思っても、恐れ多い、と手を出さなかった可能性もあります」
「そっか、なら、どの神様も信奉していない俺ならいいな」
「ええっ!?」
「俺、神様信じてないもん」
だからいいのだ、とナナシは屁理屈を捏ねた。
お分かり頂けただろうか。遂に彼女は形無きものまで捏ねたのだ。
「まず、呪文長過ぎ。もっと少なくていい」
誰に訴えているのだろうか。ナナシは虚空を見つめ独り言を呟いている。
その際の黄金の瞳は爛々と輝いており、ルーティーはそれが恐ろしいと感じた。
「格好いいから? 必要ない。もっと簡潔に。且つ、使い易く……そう。大丈夫、上手くやる」
「ナ、ナナシちゃん?」
「あぁ、うん。個人使用だから。広めないから」
とここで瞳が穏やかな輝きに落ち着く。しかし、輝きは失われないままであった。
「氷の人と話を付けた。今から捏ねて改良する」
「もう何を言っているのか理解が追いつかないのですが……」
「まぁ、見てなって」
そういうと、ナナシはあろうことか氷の魔導書を捏ね始めた。
尚、この魔導書は書店でどこにでも手に入る一般的なものだ。
氷属性の人気も無いせいでページ数も少なく、値段も二百ルインである。
「はわわ……遂に魔導書までっ」
「ほい、完成」
ナナシが作ったのは腕輪だ。魔導書の成れの果てである。
それを自らの腕に装着する。
「それで、どうするんですか?」
「こうする。セレクト、氷、トリガー!」
するとナナシの手の平に、パキパキと音を立てながら氷が発生。
それは見る見るうちに大きさを増し、やがて、野球ボールサイズの氷のブロックが出来上がった。
「……え? なんですか、それ」
「いや、呪文長いし、難しいし。それなら、呪文が書いてある魔導書に全部やってもらえばいいじゃん。俺は魔力を流しながら指示するだけ」
「その理屈はおかしいです」
「こっちは魔力を提供するだけでいい。お互いに得をする構造だ」
ルーティーは頭を抱えた。こんな事はあってはならない。
難易度が高い氷の魔法、それがこんなお手軽に扱えてしまうだなんて誰が想像できようか。
しかも、これは希少な巻物ではなく、そこら辺に売っている一般的な魔導書。
この事が公になれば、まず市場が破壊される。
「ルーティーさんも使えると思うよ。使ってみて」
「はは、まさか」
そのまさか、が発生。ルーティーの手の平にピンポン玉サイズの氷が生れ出て、彼女の手の平をひんやりとさせている。
「はは……これ、秘密の小部屋行きですよ?」
「え~? 冷蔵庫用なんだからいいじゃん」
「い、一応、会議にかけて正否を問いましょうっ」
顔面が引き攣るルーティーは、なんとかその言葉を絞り出す。
このような物が世に出回った場合、その被害はどれほどのものになろうか。
結果としては、冷蔵庫に使うなら許可、と言う事になった。
もちろん、ズモン司祭の職権濫用である。
とはいえ、氷を作るのは自制心のあるマリアンヌであり、また管理も彼女である。
万が一は発生しにくいであろう。
こうした経緯もあって、ナナシは鉄の冷蔵庫を作成。
構造はマリアンヌから説明されており、ささっと完成に漕ぎ着けた。
「どうかな?」
「うん、いいんじゃないかな。溶けた氷の水を受け止める容器を、取り外し可能にしたアイデアは良かったね」
「再凍結で無駄がないもんな」
冷気は上から下に流れる。そして、溶けた氷も上から下へと流れ、受け皿に入る。
それを再び魔道具で凍らせて再利用する、というのがナナシの工夫であった。
もちろん、一般家庭でこれを行うにはナナシ製の魔導器具が必要になる。
「これなら、沢山の食材が保管できるさね」
「よっしゃ、これで自分の時間が作れるぞっ」
こうして、ナナシはまた一つ、やらかしてしまったのだが、その秘密は当然ながら公開される事は無かったのであった。




