23話 ドワーフ娘とやっぱりやり過ぎた
いよいよ、ライバー教会のパスタ店が開業する。
一応は料理店ギルドなるものもあるにはあるが、それは一から料理店を開業しようとする者たちの料理学校のようなものであり、料理店を取り仕切る組織ではない。
なので、支援を受けたい場合は商人ギルドへ加入する必要がある。
ライバー教会の場合は教会の敷地内で営業する上に、売り上げの何割は恵まれない子供のために使用する、という大義名分を掲げているので、商人ギルドも迂闊には口を出せない。
そのため、円滑に事が進み開店当日に至った。
「ふぁ~、客なんて来るのか?」
ナナシは厨房に入って注文を持つ。
既に仕込みは終っているので、注文され次第、スパゲティを作ってゆく段取りだ。
ナナシの手取りはパスタ一皿に付き二割の報酬。一皿千ルインだとすれば二百ルインが彼女の報酬になる。この報酬を少ないとするかどうか。
しかし、ナナシに不満は無い。彼女はただ料理するだけでいいのだ。
出来上がった料理はCランクシスターが運ぶし、食材だってCランクの神官が購入してくる。
使い終わった食器も孤児たちが洗う手筈になっていた。
ナナシは厨房にいるだけでいいのだ。
それで、もっと寄こせは筋が違う、とすら思っている。
しかし、午前十時の開店から既に一時間半が経過。
いまだ注文の一つも入ってこない。
流石にそろそろ、教会の昼食でも作るか、といったところで初の注文が入った。
「ナナシちゃん、ミート一、入ります」
「あいよ。ようやく入ったか」
ナナシは手際よくミートスパゲティを作り上げた。
もちろん器は例の気合を入れ過ぎた皿である。
「ほい、上がったよ」
「では」
灰色の清潔なシスター服を身に纏う中年の女性がミートスパゲティを運んでいった。
「うし、昼飯を作っちまうか」
といったところで、ドワーフ娘は庭園から奇妙な叫び声を聞いたが無視する。
これから少しの間、忙しいからだ。
それからまたミートスパゲティが一皿出て、再び注文は来なくなる。
その間に教会の昼食を作り上げ一息ついたナナシは、マリアンヌ同様に、三度目となる紅茶を蒸してティーカップに注いでいた。
「出がらしを捏ねたら、どうなるかなぁ?」
ふとした思い付き、早速それを試すドワーフ娘は学習というものをしない。
こねこね、と精も根も尽きた紅茶葉を捏ねる。
すると香りが失せて久しい葉に、在りし日の活力が戻ったかのような高貴な香りを放ち始めたではないか。
「わはは、こいつめ、元気になってきやがった」
良い香りを嗅げてご機嫌なナナシは、それならばと捏ねに捏ねまくる。
そうして出来上がった出涸らし紅茶のブロック。大きさは角砂糖程度だ。
「こいつでお茶してみるか」
どうぞどうぞ、と嬉し気な紅茶ブロックをポットに入れ、蒸らすこと少々。
「良い匂い、もういいかな?」
そうして淹れた紅茶は、先ほどのものよりも遥かに香り高く、ほんのりと甘みすらあった。
これはいい、と自分の能力を誇るドワーフ娘はしかし、地獄への扉を開かれてしまう。
「んゆ? なんだか、外が騒がしいな?」
「ナ、ナナシちゃんっ! 大変っ!」
バタバタと給仕役のシスターが厨房に駆け込んでくる。
「どったの? リリアンさん」
「ぎょ、行列ができちゃってる! ミート四! カルボ六! シーフード五!」
「満席じゃねぇかっ!?」
ナナシは慌てて窓から庭園の様子を窺う。
すると、設けられた十五のテーブル席は埋まっており、空きを待つ客の列が教会の外にまで伸びていたのである。
「うっそだろ?」
「嘘だったらよかったんですけどね。たぶん、最初のお客様が噂を流したのではと」
「やっべ、こんなボヘッとしている場合じゃないっ! ベック、他の連中も呼んできて!」
「う、うんっ」
ナナシは大慌てで注文を作り始めた。
黒髪のリリアンもせっせとスパゲティを運び、孤児仲間二人を助っ人に呼んだ緑髪の少年ベックも必死に使用済みの皿を洗う。
しかし、全く注文が途切れない。まさに厨房は戦場と化した。
一皿平均二千ルイン。結構に高い値段設定としたのは、ズモン司祭が庭園の美麗な景色を堪能しながら至福の一時を過ごしていただきたい、という思想からだ。
それ故に、月に一度の贅沢をということで割高に設定した。
また、これには紅茶がセットで付いてくる。
この紅茶もズモン司祭が厳選したもので結構な値段がする。
したがって、実のところは値段設定相応の価値があるのだ。
ただし、これにナナシの芸術性は含まれない。
ということは、価値は設定以上となってしまっており。
騒然とする野外席。
日陰を作る天然の植物屋根の下での食事は心地いい風も相まって至福。
だが―――彼ら、彼女らはそれどころではない。
食べれる芸術品に心奪われ感激し、しかし、それを上回る食欲に突き動かされてフォークを動かす。
「なんという罰当たりな……! しかし、止まらぬっ!」
「あぁ、噛み締めるごとに新たなる味覚が開花するかのよう。この庭園の様々な花たちのようにっ」
テーブル席に座っているのは皆が皆、貴族や裕福な商人たちだ。
一般市民は一皿にそこまでの代金を支払う事は難しい。
しかしだ、手が出ない金額ではない。
だからだろうか、一般市民の身なりをした青年が列に並んでいた。たまたま収入があったのであろう。
そこからだ、行列が一気に伸びた。
この原因を作り出したのは最初の客、ゴルズモンド・デトリッチ男爵だ。
彼は食通で有名であり、また美術商の側面も持っている。
そんな彼が気まぐれで注文し、出てきたナナシの料理に驚愕しないはずがない。
狂喜乱舞し料理を食べ終え、至福に浸っていた彼はこの感動を抑える事ができす、この想いを共有したいと願った。
そこで利用したのが、お喋り仲間のモット・ペラペラーノ子爵だ。
彼はとにかくお喋りで、そして自慢をしたがる。だから、ゴルズモンドの話を聞いて、ライバー教会へと急いだ。
自慢話は鮮度が命だからだ。
やはり、ゴルズモンド同様に感動で言葉が出なくなる。彼の場合は涙すら流した。
一生に一度、出会えるかどうかすら分からぬ味。そして、この高潔な芸術性が加わり、なんと言い表していいのか分からなくなっていた。
この感動を誰かに伝えたい、しかし、言葉にできない。では、どうすればいいか。
簡単な話だ。
いいから、とにかく食べてこい。
それでよかったのだ。
「ぎゃおぉぉぉぉぉぉぉっ!? こんなの聞いてねぇ!」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ! ミート十! カルボ八! シーフード二十です!」
「席以上じゃねぇかっ!」
「ベック、ラーナたちを呼んでくるっ!」
厨房はパニックに陥っていた。それ以上にライバー教会の神官とシスターたちも大混乱。
よく分かっていない信者たちも列に並んでしまって事態は収拾が付かず。
「おぉ、神よ。私はどこを間違えてしまったのでしょうか?」
正義と公平の女神ライバーは告げる。割と全部、と。
ズモン司祭は列に並ぶ客に、せっせと水と塩飴を渡しながら謝罪して回ったという。
結局、閉店時間である午後八時まで列が途切れる事は無く、アイレーンの町にまた一つ、名物料理店が生まれてしまったのであった。
「死ぬ、無理」
「お疲れ様です、ナナシちゃん」
自室にて力尽き、ベッドに突っ伏すドワーフ娘。
恐ろしい事に仕込んだ素材はまったく足りず、追加を作りながらの調理となる。
その労力は生半可なものではない。なにせ、全て一人で行わなくてはならないからだ。
彼女の捏ねる能力以外で麺を作れば、客が求めるスパゲティにはならない。
だから何がなんでもナナシが作る必要がある。
しかし、多勢に無勢だ。それでもナナシには意地というものがある。
変な物を出すくらいなら客を待たせる、という褒められたものではない職人根性は、しかし、ズモン司祭の謝罪によって正当性を持たされてしまう。
待ちに待ってようやく出されたスパゲティを見た客は、これなら何時間も待った甲斐がある、と感涙しながら僅かなひと時を満喫したのだ。
つまり、待ち時間すら料理の品格を上げる【スパイス】になってしまっていたのである。
「また明日もこれかな?」
「食べれなかったお客様もいらっしゃいますし、もう噂が門にまで来ていましたよ」
「行方不明になってもいい?」
「ダメですよ。これもライバー様のお導きと思って頑張りましょう」
「くそう、やっぱ神様ってろくでもない」
こうして、ナナシはマリアンヌが戻ってくるまで、ひたすらに地獄を見る羽目になった。
そして、彼女が戻って来る頃には、既に地獄にも慣れてしまっていたという。




