22話 ドワーフ娘と食べれる芸術品
いよいよ露店まで禁じられてしまったナナシ。このままでは残り僅かな住民登録料金に達成できない。
猶予はまだあるものの、到底納得できないナナシはどうにかならないものか、とズモン司祭を頼った。
「ふぅむ、運が悪かったね」
「まさか、特殊能力無しと思っていたレアランクに、ライバー様の加護があるとは思いませんでした」
がっくりと肩を落とすルーティーをズモン司祭は慰める。
「無理もない話じゃ。その方が手に取ってなければ、ここまで大事にはならなかった可能性は高い」
「ナナシちゃんに、なんてお詫びすればいいか」
ルーティーはめそめそと嘆き悲しんだ。しかし、当の本人は既に気にしておらず。
「そんなことよりも、露店以外で俺の作品が売れる方法を知ってないか?」
「そ、そんなことって言われたっ!? よよよよ……」
「もう気にしてないよ。ズモン司祭も運が悪かった、って言ってるじゃん」
「う~、それじゃあ、私の気が納まりませんっ」
握りこぶしを作って、それをぶんぶんと上下させるシスター。
その姿は癇癪を起す子供のそれであった。
「ふむ……店を構えるには商人ギルドの許可が必要じゃからの」
「その前に先立つ物が無いという不具合」
「じゃろうな。う~ん……そうじゃ」
ズモン司祭はポンと手を合わせる。妙案が浮かんだようだ。
「ナナシ、料理屋をやってみんか?」
「え~? 料理屋かよぉ。作品を売れないじゃん」
「それは早計じゃぞ。食べれる芸術作品を提供すればいいんんじゃ」
「食べれる芸術品?」
「そうじゃ」
ズモン司祭はナナシの【捏ねる】という能力を、彼女以上に把握していた。
捏ねた物は自らの意志で己を整える。
であるなら、それは料理にも適用されるのではないか。
事実、彼女の作った料理、特にパン、麺類などは恐ろしいほどに美味になる。
肉団子もまた捏ねるという工程があるため、驚異的な美味しさへと変貌するのだ。
「私は前々から教会の庭園で料理を出したかったんじゃが、中々、いい人材が見つからなくてのう」
「でも、外観がよろしくなくなるのでは?」
「うむ、そこじゃよ。じゃから、庭園が損なわれないようなスペースを作って、そこで庭園にマッチした料理を提供する、というところまで考えたのだよ」
「でも、肝心な料理人がいなかった、と?」
「ま、そんなところじゃな。どうじゃ? ナナシ。やってはくれんか?」
ナナシは、あまり乗り気ではなさそうで「う~ん」と唸った。
あくまで彼女は職人というものにこだわり、そして幻想を抱いている。
料理を提供する、という事は客に縛られる、という事だと思っているのだ。
ある意味でそれは事実だろう。
「自分の自由にやりたいんだよなぁ」
「まずは住民登録をして、自分の家を持ってからでもいいんじゃないのかな?」
「うっ、それはそうなんだけどさぁ」
店を構えるには商人ギルドへの登録が必要だ。しかし、自宅を店にするのは許されるという穴がある。
商人ギルドを嫌っている者がよく行う開業方法であり、これならばギルドに余計な所属料を支払う必要はない。
その分、ギルドからの支援も無いが。
「ナナシちゃん、取り敢えずやってみたらどうかしら? 今の状況でお金を稼ぐ方法といえば、あとはアルバイトくらいしか残ってないわ」
「うぐぐ、逃げ道がないじゃないか」
もう一つ、あるにはあるが、それは冒険者ギルドに寄せられる依頼を達成する、というものなので貧弱ドワーフ娘では到底不可能であった。
いくら素晴らしい装備を身に付けたところで、それを扱いこなせなければ大惨事へと発展する。即ち、利益よりも損失の方が大きくなり、結局は赤字になるのだ。
「仕方がない、やってみるよ。とほほ……」
「うむ、よろしい。それでは早速、庭園を弄ることにしようかの」
ズモン司祭はライバー教信者の庭師に依頼し、本堂に近い場所に飲食スペースを設けてもらった。
教会内の厨房に近く、そして庭園を見渡せる絶好の場所だ。
あとは提供する料理だが、ナナシはどうやら【スパゲティ】をメインに据えるようで。
「試作三品。ミート、カルボナーラ、シーフードだ」
「まぁ、これは見事としか……」
「ううむ、まさかこれほどとは」
ナナシの試作スパゲティは基本となる三品目。
赤が眩しいミートスパゲティ。捏ね物が大集合した絶品である。
カルボナーラは、わざわざ卵黄を手で捏ね混ぜる、という工程を踏んでより美味しさを増していた。
そして、シーフードだが、これはスープ仕立てにしていた。
昆布を捏ねて昆布玉にし、それからだしを取って麺を浸すのだが、これが凄まじいほどに複雑玄妙な味を演出。
具材はアイレーン市民が大好きな貝類を選択し、季節によって変える、というこだわりを謳っている。
「ふひっ、これはワインが欲しくなりますっ」
「ルーティーさん、まだ昼だよ」
「だって~」
飲兵衛なルーティーは美味なる物に出会うとどうしても酒を欲しがった。
それに対しズモン司祭はしっかりと皿に盛られたパスタを観察してから試食に入るようだ。
「ナナシ、これはどうやって盛り付けたのかね?」
「普通にもりっと」
「では、この渦巻き状に綺麗にまとまっているのは」
「あぁ、勝手にそうなった」
「ふふん、やはりのう。そうなると、この普通の器では【弱い】かな」
ズモン司祭は長年の夢が現実になってゆくことに興奮が抑えられない。
見事な庭園を眺めながら美味しい料理を食べ、神に感謝をし、心豊かになって帰ってもらう事を長年思い描いていた。
そして、それを叶えるであろう人材にようやく巡り会ったのだ。
「ナナシ、これらのパスタに合った皿を作れるかな?」
「こいつらに合った皿? ミートは白でいいとして、カルボナーラは黒がいいか。シーフードは深皿で青っぽいのがいいかもな」
「なるほど、ある程度は見えているようだね。後で材料を調達しよう。作ってみてくれんか」
ズモン司祭からの材料提供に一瞬、ナナシは目を輝かすも、それは一気に勢いを失う。
「でも、またやり過ぎたら……」
「皿じゃから問題無いなかろう。ゴッズランクでも皿は皿。ただの芸術品じゃて」
「えぇ? そんなものなの? 投げつけたら、すっげー強力とかなりそうだぞ」
「そこは落とし穴での。人は普通、皿を武器としては使わん。食器という概念しか持っておらんよ」
「うっ、確かに。皿を武器として扱おうってヤツはいないか」
フライパンは鈍器になるが、流石に皿を武器にしようと思う者は少ない。
そう言った観念からズモン司祭は皿に関しては思いっきりやっても構わない、寧ろ誰も鑑定できないほどに思いっきりやれ、とすら告げている。
こうすることによって、彼女の皿はただの芸術品、と誤魔化すことができるのだ。
後日、ナナシは、それはそれは見事な皿を沢山作り上げた。
全てが洗い易いように形を同じにしたもの、それを三種類。
白、黒、青と揃え、その全てがうっとりするかのような文様を備えている。
ただ見ているだけで心が豊かになるような、そんな神秘性すら持っていた。
そのような芸術品をガシャンと大雑把にテーブルに置く。
見る者が見れば、ヒヤッとする一幕だ。
「重かった~」
「いっぺんに運ぶからですよっ」
ナナシを手伝ったルーティーだが、意外にも彼女は芸術品には疎い。
なので、この皿を見ても、綺麗なお皿、程度の認識でしかなかった。
しかし、ズモン司祭は違う。アルトフェイチ公爵との付き合いもあってか芸術作品に対して目が肥えていた。
「(こ、これは少し早まったかもしれん)」
ここまでとは思わなかった、そういった後悔の念は、ずらりと並ぶ皿によって増幅されてゆく。
三色の皿がそれぞれ十枚、計三十皿。いずれもゴッズランクを越えた作品たちだ。
ズモン司祭の識別魔法でも弾かれる情報の多さ。人間では間違いなく認識できない。
「これほどまでとはのう」
「おおっと、料理は皿に盛りつけて完成だぜ」
思う存分に皿を作れたナナシは上機嫌だ。
早速、各種のスパゲティを調理し皿に盛りつけてゆく。
雑に皿に盛りつけたスパゲティは自らを整え、皿に見合った作品へと変貌を遂げた。
その光景にズモン司祭、そして芸術に疎いルーティーですら目を見開いた。
「これは……食べてしまうのが躊躇われる」
「美味しそうですけど、躊躇するというかなんというか……」
完成された食べる芸術品、簡単に口に出したが、これは手を付けるのに勇気が必要になる料理だ。
「う~ん、色が寂しいな」
「えっ?」
「ほら、ミートに至っては赤一色だし」
「う、うむ。そうじゃが……」
「緑色のハーブを加えてみっか。確かハイキラーに売ってたはず」
ズモン司祭とルーティーは、まだこの作品を完璧にするつもりか、と心の中で悲鳴を上げた。
更に後日。ナナシのスパゲティはハイキラーの店主ファレッタによって進化。
各種のハーブを細かく刻み練り合わせ、捏ねる。
球状にしたそれをミル器で粉末状にしてパスタに色どりを与える。
これによって、独特の香りが付きスパゲティたちは更に品格を上げた。
「よっし、こんな所かな」
「ひっひっひっ、ごしょうばんに預かっていいのかい?」
「もちろん」
協力してくれたファレッタを交えての試食会が始まった。
より完璧になったスパゲティたち。一口食べれば喜びの洪水が口から溢れ出す。
「はふっ、はふっ! んぐんぐっ! うぉん! おいひぃ!」
「あぁ、エプロン必須だな」
我を忘れてスパゲティを口に運ぶ三人を見て、ナナシはそう確信したのであった。




