21話 ドワーフ娘と露店開始
ナナシの勝負の時が来た。
幾多の困難を経て、いよいよ露店商売の時が来たのだ。
それを見守るのはルーティー、エリド、レリックの面々。
場所は南門の大通り。露店で賑わうそこは出店の競争率こそ高いが、場所さえ確保できれば完売率も高い。
そこを偶然にも確保できたナナシは、茣蓙の上にいそいそと商品を並べてゆく。
「よぉし、売れてくれよ」
キラキラと輝く銅製の商品たち。
短剣や小手、そしてピアスや指輪といった比較的に安く購入できる物を製作し商品としたようだ。
ランクもぎりぎり合格点となるレアに留まっており、あってはならない特殊能力も付与されていない。まさに、露店の商品としては完璧といえる。
とはいえ、それは性能だけの話。
「売れるかなぁ?」
「売れるでしょうねぇ」
「使ってもらえないかもだけど」
「これじゃあねぇ」
ナナシの製作過程に問題があった。
問題は無いのだが、それはナナシの思想とは掛け離れた用途にしか使われないであろう商品となる。
なかなか上手く行かないナナシは、いよいよ捏ねる回数を十回にした。これは相当に少ない数字だ。
それでも、素材は一応のところ素材の塊へと姿を変える。それを、思い描く物へと整形し完成させるわけだが、ナナシは捏ねる工程よりも意匠の工程に力を入れてみたのだ。
すると、一応は職人の満足感を得る事ができ、加え出来上がった品物もレアランクに留まってくれたという。
しかし、少しでも気が乗ってしまうとアーティファクトランクに足が入ってしまうため、彼女は死んだ魚の目をしながら意匠を凝らす、という妙な特技を編み出していた。
ハッキリ言って不気味である。
「よぉし、商売開始。値段はこんな所かな」
「ストップ」
これに待ったを掛けたのは銀のエリドである。
「安過ぎ。これじゃあ転売されるのがオチだ」
「え? こんあもんじゃね?」
一応は露店巡りをして相場を理解しているつもりのナナシだが、エリドは甘いと一笑に伏せる。
「Cランク冒険者の露店を参考にしたって駄目だよ。この小手なら……これでも売れる」
「……え? 一万五千ルイン!?」
「そうだよ。芸術性も高いけど、何よりも通常の小手よりも頑丈だし」
銅製品は通常、そこまでは頑強ではない。気休め程度である。
しかし、ナナシが作り上げた防具には高確率で防御力を高める特殊能力が付与されていた。
この【頑強】という特殊能力は一般的ではあるものの、それでも元の防御値に+二十程度の恩恵を与えるため、Bランクの冒険者でも手を出す可能性は十分にある。
「そうですねぇ、【頑強】のスキルが付いているから、欲しがる方は多いかと」
「オイラも、こいつらが無きゃ、速攻で買いに走ってただろうなぁ」
何よりもその芸術性だ。
美しい光沢と文様は人を引き付ける魔力を秘めている。
ナナシの作品の全てに、その魔力が備わっており、ひと目で誰が作ったかを理解できてしまうほどだ。
「う~ん、俺は気軽に買えて、気軽に使い捨ててほしいんだけど」
「とんでもない話だ」
「だって、少し手を加えてあとは素材が勝手に整えるんだぞ。俺はあんまり頑張ってないもん」
ナナシが言う事は確かな事である。
全力を出せない分、手抜きであると感じてしまうのは致し方のない事であろうが、それでもこれらの作品は唯一無二。
他の職人では到達できない頂の品々だ。
特にアクセサリーなどは、既に道行く女性らが目を付けている。
既に待機している者もいるくらいだ。
「このブレスレットも三百ルインっておかしい。これなら十倍で売れるよ」
「エリドは、そういうのに詳しいんだな?」
「目利きはできるよ。そういう商売はしないけど」
「ふぅん、勿体ないなぁ」
首を傾げるナナシにエリドは苦笑するも、適切な売値を彼女に伝えてゆく。
そうして値段設定が終われば、完売すると目標金額の五万ルインに届く事になった。
「全部売れれば、目標金額達成か」
「そうだね。それじゃあ、頑張って売ってみよう」
そう意気込むナナシとエリドだが、戦慄する者が二名ほど。
「ナナシちゃん、なんか、もの凄い行列がっ」
「これ、ヤバイんじゃね?」
既にナナシの露店は大勢の客に取り囲まれていた。その大半が目利きのできる商人たちだ。
既に清潔な手袋を身に着けて識別をする気が満々である。
「わわっ、なんかすごい事にっ」
「まぁ、店開きをしよう」
わたわた、と慌てるドワーフ娘に対して、エリドは落ち着き払った様子だ。
まるで、何度もこういう経験をしているかのようでもある。
「み、店開きですっ」
「こいつを見せてくれっ!」
「私はこれだっ!」
「ちょっと! 私が先よっ!」
店開きと同時に壮絶な奪い合いが発生する。
慣れた商人は素早くお目当ての物を手にして識別を開始。その結果に目を見開く。
彼らの識別魔法は、マリアンヌやルーティーとはわけが違う。圧倒的に熟練度が桁違いだ。
「こ、これをどこで手に入れなさった!?」
恰幅が良く、上品な服を着こんでいる中年の商人がダラダラと汗を流しながら店主であるナナシに問うた。
「え? 俺が作ったんだけど?」
「ば、馬鹿な……!」
彼が手にしていたのは天秤である。
前々から凝った道具を作りたかったナナシが、練習用に、と制作した物だ。
ルーティーの識別魔法ではレアランク、そして特殊能力は【特に無し】といった普通の作品に仕上がっている。
何かしらの特殊能力が【必ず】付与されるナナシ作にしては珍しい、とルーティーは簡単な評価を下していた。
「はっ……!? あなたはライバー教のシスターではっ!?」
「え? えぇ、そうですが?」
「神具を販売するなど、とんでもございませんっ!」
「え?」
「この天秤には【ライバーの加護】が付与されております! 即ち、正義と公平の女神ライバー様によってもたらされた奇跡の品っ」
「えっ? ええっ!?」
どよどよ、と周りが騒めく。何かの妄言、というには真に迫り過ぎているし、何よりも彼は有名な商人であり、商人ギルドの幹部の一人でもあった。
「いや、ただの天秤だよ。ガシガシ使ってぶっ壊してもいいやつ」
「と、ととととと、とんでもないっ」
「使われない方が可哀想だろ」
「え?」
ぷくっ、と頬を膨らませるナナシは、神がどうこうという話は嫌いである。
だから、彼女は物の在り方というものを説いた。
「それは物を計るために生まれた。俺が生み出したんだ。崇め奉られるために生まれたんじゃない」
「そ、それは……」
「壊れたら直す。直らなくなるまで使われたなら、そいつは大往生だろうさ」
「……」
「加護云々は疑わないよ。でも、そいつはあくまで天秤だ。神様でもないし、偉いわけでもない。身近な道具だよ」
うむむ、と恰幅の良い商人は唸った後に、何かに納得を示したかのような顔を見せた。
「いや、騒ぎ立てて申し訳ない。あなたの言う通りだ」
「だろ?」
「商人として基本的な事を忘れておりました。人々の役に立つ物を売り糧を得る、という当たり前の事を思い出させていただいた」
「で、買うの?」
「もちろん。少し、色を付けさせていただきます。迷惑料、と思っていただければ」
「まいどありっ」
エリドが天秤に付けた値段は七千ルイン。
しかし、商人は倍の一万四千ルインを支払って、その場を後にした。
もちろん、後の大騒動に発展する一品である。
「やった、売れたぞっ」
喜ぶナナシだが、事態は喜んでばかりではいられない。
このやり取りを眺めていた他の商人と客とが、ナナシの商品の争奪戦を始めたのだ。
この大騒ぎに、いよいよ町の平和を守るガードが介入。
結局、町の平穏が乱れる、という事で暫くの間、ナナシは露店を禁止させられてしまった。
「とほほ……結局、天秤しか売れなかった」
「仕方がないよ。あれじゃあね」
「元気だしなよ、ナナシ。オイラが慰めてやろうか?」
「うおぉ、心の友~」
熱いハグをするドワーフの二人だが、レリックの表情は複雑だ。
「(やっぱ、まだ友人かぁ)」
もちろん、エリドは嫉妬の炎で焦げている。
もう一人の困ったシスターに至っては、物理的に両者の繋がりを断ち切った。
「はいっ、不純異性交遊は正義と公平の女神ライバー様の信徒たる私が許しませんっ」
「流石、シスター! その、即断を見習いたいっ!」
息の合ったやり取りに、ナナシはもしや、という疑念に囚われる。
「(あれっ? ルーティーさんとエリドって、もしかして?)」
もちろん勘違いである。
しかし、ナナシは最近、こう言ったことに敏感になっていた。
どう考えても友人のやり取りであるが、心の妙な部分が未成熟なドワーフ娘は勘違いをしてしまっている。
「それじゃあ、帰りましょうか。今後の事を司祭様と話し合いましょう」
「露店ができなくなっちゃったもんなぁ……はぁ」
がっくりと肩を落とすナナシは、エリドとレリックと別れ、ライバー教会へと引き上げていったのだった。




