20話 ドワーフ娘と冒険者
レリックはCランク冒険者である。
現在の彼の目的はアイレーンに住民登録をすることだ。
それは、彼の想い人であるナナシと同じ町で暮らしたいという願望によって定められたものであるが、恋心というものは時に実力以上の能力を発揮することがある。
今まで赤貧を極めていた彼の収入はナナシと出会った頃から少しずつ増えて行き、今では二食だった食事も三食に、貧相だった厚手の服から皮鎧へとランクアップしていた。
武器も大型のナイフからより攻撃力が高く、頑丈な鉄製の片手斧へと変更している。
「へへっ、これで六千ルインっと」
冒険者ギルドに要求された品を納め報酬を得る。
現在、Cランクで受けれる最高難易度の依頼を彼は一人でこなせていた。
それだけ、実力が身に付いてきた証と言えよう。
冒険者ギルドは受付と酒場が融合した荒くれたちの巣窟だ。
そこに上品さなどを求めてはならず、喧嘩とて日常茶飯事である。
だからこそ、冒険者は一般市民にとってはチンピラであったり、ゴロツキであったりと評価が低い。
それゆえか、ランクが高く、実力のある冒険者は自らを冒険者とは名乗らずに、剣士や戦士、或いは魔法使いと名乗る。
高名になって初めて認められるので、認知度は低い場合は名も無き冒険者扱いをされることになるが。
「よぉ、レリック。随分と稼いでるじゃねぇか?」
「オルド……」
レリックに馴れ馴れしく話しかけてきたのは、緑色のモヒカンヘアーの男だ。
傷んだ皮鎧を身に付け、腰には大型のナイフをぶら下げている。
「なんの用だよ」
「何の用とはつれないなぁ。俺とおまえの仲じゃねぇか」
「仲良くなった覚えはないぞ」
「おまえに無くても俺にはあるんだよ。ちょっと、そこまで散歩しようや」
オルドの後ろには彼の仲間の冒険者が複数人、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべている。
明らかにゆすり行為であるが、これに関して冒険者ギルドは我関せず。
これこそが冒険者ギルドの特徴であり、力こそ全て、というギルドの方針なのだ。
自分の身は自分で護る、それができないなら冒険者を辞めろ、という厳しい姿勢はともあれば無責任でもあった。
「へへっ、大人しく渡せば痛い目に遭わなくても済んだのによ」
「くそっ……」
多勢に無勢、レリックは寄って集ってチンピラ冒険者に袋叩き似合って身包みを剥がされてしまった。
折角、努力して手に入れた家財道具を全て奪われてしまったのである。
「畜生っ、俺にもっと力があれば……」
悔しさを言葉にして吐き出したレリックはそのまま意識を手放してしまった。
目が覚める、とそこは知らない天井の部屋。
どうやら自分は何者かに救われたらしい、そう認識することができたのは体中に走る痛みを感じたからだ。
無理矢理に体を起こす。痛いには痛いが叫ぶほどでもない。
額からポロリと落ちるのは濡れタオルだ。
「どこだ、ここは……」
レリックは簡素なベッドに寝かされていたようだ。部屋は六畳程度で物がそれほど置かれていない。
ベッド以外は妙な塊が載っている机と箪笥、そして姿鏡。
そう言ったことから、作業場のようにも感じる事ができた。
暫し、状況を把握するためにきょろきょろと部屋を見渡していたレリックは、ここに近付いてくる足音を察知し僅かに身構えた。
そのような事をする必要はないのだが、冒険で身に付いた癖のようなもので、本人も気づいてはいない。
バシッ、という音と共に水が入った桶を持つ褐色の少女が巨大な尻でドアを勢いよく開け放つ。
どうやら、少し開けておいたらしい。
「んゆ? おおっ、レリックが起きてるっ! 大丈夫かっ!?」
「……え? ナ、ナナナナナッ、ナナシちゃんっ!?」
「おう、ナナシさんだぞ。ビックリしたぜ、あんなところでパンツ一丁で倒れてんだもん」
「うう……恥ずかしいところを見られてしまった」
乙女よりも乙女に泣き崩れるハーフドワーフの青年。見た目は少年であるが。
彼はナナシに何故、あそこで倒れていたのか問われた。助けてもらった恩もあることから素直に事情を説明する。
当然、これにナナシは憤慨した。
「許せんっ! 仕返しに行くぞっ!」
「だ、ダメだよっ! 危険すぎる! あいつらは一人一人は弱いけど、組織で動くから厄介なんだ!」
「組織がなんぼのもんだ! フライパンで叩きのめしてやる!」
もちろん、ナナシが言うフライパンは例のアレである。
「気持ちだけ受け取っておく。きみを危ない目には遭わせたくないし」
「でもっ」
「いいんだよ。確かに失った物も多いけど、俺自身は無事だったんだ。やり直せるさ」
「むむむっ」
しかし、ナナシはそれでも納得ができないようで。
「なら、俺が装備一式を作ってやる!」
「えっ? でも、お金ないよ? 取られちゃったし」
「ツケにしておいてやるさ。だから、稼げるようになったら返してくれ」
ウインクをレリックに投げ、ナナシは早速、装備一式を作ることを決意する。
とはいえ、ろくな材料がない。
元々は素材を購入するために裏道を通って近道をして、偶然にもレリックを発見したのだ。
その後は独りで大騒ぎし、ようやく落ち着いてレリックを背負い、またパニックに。
異性の肌の温もりと吐息、そしてにおいにやられ、褐色ドワーフ娘は酷い興奮状態のままライバー教会の自室へと駆け抜けたのだ。
そして、彼を自分のベッドに横たわらせた後、手当と称して罪悪感と格闘する彼女の姿が見受けられた。
そんな彼女がレリックのパンツに手を掛けた時、Cランクの中年シスターにその場を押さえられてしまったのである。
顔を真っ赤にして遅々として作業が進まなかったナナシを見てられなかったのだろう。
十分に甘酸っぱいものを堪能した彼女は、熟練の腕前でレリックを応急手当てし、後をナナシに任せて去っていった。流石の貫禄である。
「痛むか?」
「いや、それほど。これくらいは日常茶飯事さ」
「ごめんな、今、皆が出払っててさ」
ナナシの言うところは、神聖魔法【ヒール】の使い手が用事でライバー教会を離れている事を差す。
僅かな時間ではあるが、間が悪い時にレリックは運び込まれたのだ。
「大丈夫、しっかりした応急手当だから、二~三日もあれば治るよ」
「そっか」
「ところで、何をしてるの?」
「とりあえず、鶏の抜け落ちた羽根を捏ねてる」
「えっ?」
レリックはナナシが言っている意味を理解できなかった。
それも当然で、彼はナナシの捏ねる能力を知らない。
だから今、彼女が捏ねている純白の塊が、鶏の抜け落ちた羽根とは到底思えないのだ。
「このくらいかなぁ? ルーティーさんもマリアンヌさんもいないから識別できないんだよな」
まぁ、いいかの勢いで彼女は光沢のある純白の塊を薄く伸ばし始めた。
そうするとシミ一つ無い生地のような物が出来上がったではないか。
「レリック、ちょっと立てる?」
「うん、大丈夫だけど」
「ちょっと我慢してな……あっ、硬い」
「く、くすぐったい」
ナナシは、ぺたぺたと柔らかな手でレリックの身体を触り始めた。
これは別にやましい事をしているわけではなく、彼の身体のサイズを計っているだけである。
ナナシは裁縫も練習しており、一度、市販の服をバラバラにしてその構造を把握しているため、今では服を作ることも可能になっていた。
寧ろ、そっちをメインにすればいいのでは、という意見すら出ている。
「うん、これならいけそう。そうなれば、後は武具だな」
ナナシは素材を見渡すも、鉄も銅も見当たらずだ。
あるのは無駄に収集してきた鉄草と泥玉である。
「……うん、いける? そう? じゃ、やってみようか」
「ナナシちゃん? 誰と話してるの?」
「素材」
「……あっ、うん。大事だよね」
レリックはそれ以上の言を避けた。彼女から何か普通ではない力を感じたからだ。
そしてそれは、ナナシの輝ける黄金の瞳を見て確信に至る。
「(何か、特別な力なんだろうな。俺も神技に目覚めていりゃあ……)」
あんなチンピラたちだって、という想いに至るレリックは本当は悔しいのだ。
無意識の内に拳を作り震わせるほどには。
「よし、いくかっ」
鉄草と泥団子を別々に捏ねる。ある程度まとまったそれを、ナナシは無造作に混ぜ合わせた。
「不思議な能力だね」
「【捏ねる】って神技なんだよ。なんでも捏ねられるんだ」
「戦闘用じゃないね」
「……うん、そうだとよかったのかも」
「違うの?」
「これ、【生き物】も捏ねれる」
その返事にレリックはゾクリとした。
神技の持つもう一つの顔を、既にナナシが理解していたからだ。
「まぁ、俺の場合、獣だったからセーフ」
「そ、そっか……安心したぁ~」
心底レリックは安堵の吐息を漏らす。
恋焦がれる女性が道を踏み外してはいなかったのだから当然だ。
「だから、気を付けないといけないと思うんだ」
「そうだね、神技で不幸になったという話は多く語り継がれているから」
それこそ、劇となって語られるほどに。
今度、お礼に彼女を劇場に連れてゆこうかと妄想するレリックは、再びぺたぺたと身体を触られている感覚によって現実に引き戻された。
「ナ、ナナシちゃん?」
「……はっ!? あ、いやこれはな、ちゃうねん」
「ねん?」
「あっ、寸法を確認していただけだからっ! 胸板セクシーとか思ってないから!」
自ら暴露してゆくスタイルにレリックは苦笑する。
それと同時に鍛えていてよかった、とも思う彼であった。
「よしよし、イメージ通りだ」
「深緑色になったね」
「これで鉄草の頑丈さと、泥水による燃え難さが加わると思う」
「本当に不思議な能力だなぁ」
ナナシはそれを、先ほどの寸法確認と称したセクシャルハラスメントで得た情報を基に防具へと形成してゆく。
材料はさほど無いため、胸鎧と小手のみとするようだ。
「留め具は服を作った際の余りで作って、と。ブーツとパンツだけは残っててよかったな」
「連中の情けには感謝するよ」
「なら、今度は情けをお返ししなきゃな」
ナナシは武器の製作に取り掛かる。
選んだ素材は、まさかの生ごみ。流石にこれにはレリックもドン引きであった。
「ちょ、何それ、ナナシちゃんっ!?」
「ビリリヌカーの骨」
ビリリヌカーとはデンキナマズの仲間であり、適切な処理をすれば食用になる。
見は淡白で脂が乗っていることから、煮つけにすると美味だ。
電撃を生み出す危険な電気袋も、真水に晒して毒を抜くと珍味になる。
「昨日、信者の漁師さんがくれたんだよ。その骨で何か作れないかな、って取って置いたんだ」
「そ、そうなんだ……」
気にも留めずにビリリヌカーの残骸を捏ねるナナシ。
やがて、骨や鰓、頭部といった廃棄物は姿を失い、やがて薄っすらと黄色いクリスタル状の物体へと変化してゆく。
「おっと、これ以上は拙いかな?」
「やり過ぎると何かあるの?」
「う~ん、秘密の小部屋送りになるかな?」
ナナシは苦笑いをしつつ話を濁した。
レリックはそれ以上、話に首を突っ込む事は無かった。彼女が話を打ち切りたがっている事を察したからである。
「こいつは……うん、そっか。なら、おまえの望む形に」
実は、この要求を認めた時点でアウトだったのだが、誰も識別できないという不具合が、彼をこの世に解き放ってしまう事になる。
ビリリヌカーの残骸は決して多くなく、精々作れてナイフ程度だろう。
だから、ナナシが作り上げたのは若干柄の部分が長いだけのナイフだった。
「ナイフだね。でも、柄が長いのは?」
「さぁ? こいつに素敵なアイデアがあるらしいよ」
「ナナシちゃんは物に意思が宿ると考えているの?」
「宿ってるよ。少なくとも、俺は理解できる」
「そっか、それも神技なのかもね」
「どうだろ? 頭がおかしいだけなのかも」
にへへ、と笑みを見せるナナシに、レリックは身体の痛みを忘れる事ができた気がした。
その後、ナナシは裁縫ばさみを手に鶏羽毛の生地を裁断し糸を用いて縫い合わせてゆく。
三十分もすれば立派な上下一式が完成していた。
「うわ……これ凄いや」
「うん、なかなか上手に縫えた」
シルクのような光沢を放つ純白の鶏羽毛服。ランクはアーティファクト。
【回避向上】【軽量化】【浄化】【斬撃耐性】という特殊スキルが揃っている。
「こっちもできたな。着けて着けて」
「うん」
深緑色の鉄草泥の胸鎧と小手。ランクは当然のようにアーティファクト。
【火耐性】【物理半減】【生命力増加】【自己再生】という使い手によっては喉から手が出るほどに優秀な特殊能力が付与されていた。
「お~、あまり物にしては良い感じ。じゃ最後にこれ」
「わあ、綺麗だな。でも、本当に良いのかい?」
「いいの、いいの。出世払いで返してもらうから」
「怖いなぁ」
怖いどころではない。出世払いで返せるかどうかすら怪しい。
長い柄の部分を鶏羽毛の生地で滑り止めにすることにより、特殊能力【軽量化】を獲得したビリリヌカーのナイフは、文字通り羽根のような軽さだ。
それに少し頼りなさを感じるレリックは贅沢者であろう。
黄色のクリスタルの短剣は雷属性が付与されている属性剣だ。
これだけでも既にアーティファクトランクである。
ビリリヌカーの短剣に付与されている特殊能力は僅か三つ。
【電撃無効】【破壊不可】【天空の支配者】である。
内、【天空の支配者】が極めて危険この上ない特殊能力だ。
これは即ち、雷を完全支配していると同義なのである。
ランクは、もちろんゴッズランク。
しかしそれは、【人が認識できる範囲での最高ランク】に過ぎない。
「よっしゃ、冒険者レリック、完全復活だ」
「はは、ありがとう、ナナシちゃん。これで、またやってゆけるよ」
レリックは後日、お礼に劇場に誘うよ、とちゃっかりデートの約束をしてライバー教会を後にした。
その三日後、彼はまたしてもオルド一味に絡まれ、裏路地へと連れ込まれるのだが……。
「う、うわぁ……これは幾らなんでも、やり過ぎだよ、ナナシちゃん」
レリックはビリリヌカーの短剣を軽く振っただけだった。
それだけで裏路地を満たす雷が発生し全てを飲み込んでしまったのである。
それが終わった時、裏路地に残っていたのは雷完全無効のレリック、そして壁に滲み込んだ人型の焦げのみであった。
「こ、これは迂闊に使ったらダメなヤツだっ。急いで普通のナイフも買ってかないと」
これに危機感を覚えたレリックは採取依頼のみで代用武器を購入。
以後はビリリヌカーの短剣を切り札とし、基本的に代用武器をメインとして武術の腕を磨いたという。




