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19話 ドワーフ娘と観賞用

 その日、ナナシは気付いた。


「そうだ、使わなければゴッズランクでもいいじゃないか」

「えっ?」


 ナナシの自室、そのテーブルの上には夢の跡。

 またしても愉快な小部屋行きの短剣やお玉が、実に誇らしげな表情を見せる中での閃き。


「そうだよ、何も実用品にこだわる必要はないんだ」

「えっと……気付いていなかったんですか」

「……えへっ」


 笑って誤魔化すドワーフ娘は邪悪であった。


 だが、気付いていなかったと言えば嘘になる。

 彼女は意固地な部分があり、自分の作品を使って役立ててほしい、という願望を強く持っていた。

 だからこそ実用品にこだわり、日夜、地道な努力を積み重ねてきたのだ。


 しかし、幾ら作っても秘密の小部屋に送られてしまっては意味がない。

 彼女の目標である二十万ルインは、とにかく商品が売れなくては意味が無いのだ。


「実用品はあと一歩のところまで来ているけど、それじゃあ三か月が経っちまう。それなら、方針を僅かに変更して、とにかく目標を達成させてから次に取り掛かる。これしかない」

「そうですねぇ、それもありとは思います」


 そうしてもらえればズモン司祭の心労も軽くなるだろう、とルーティーは己の灰色の髪の先を見て憂う。


「キラキラ櫛、使わせてもらえないかしら?」

「また毛先が痛んでるの?」

「そうなのよ。あれで梳いたら一発で治るのに」

「たぶん駄目だろうなぁ」

「そうよねぇ」


 以前、ナナシが生み出した輝ける櫛には、梳くと同時に毛髪を輝かせ、魅力値を十倍にするという効果が発揮される。

 それと同時に傷んだ毛髪を修復する、という素晴らしい追加効果も付与されていたのだ。


 魅力値上昇の効果は一日のみであるが、毛髪の修復はその限りではない。

 女性にとっては喉から手が出るほどに輝ける櫛を欲するであろう。


 だが、この櫛は一品物だ。且つ、使う者が使えば国が傾くであろう。

 この櫛は、【傾国の美女】を簡単に製造してしまう危険な道具でもあるのだ。


「傷んだ髪の修復くらいなら、ギリギリアーティファクトランクで獲得できるかもなぁ」

「是非に作ってくださいっ」

「それができないから困ってるんだよ」

「そうでした」


 はぁ、とため息を吐く乙女二人。

 ナナシも異性を意識し始めるようになってから、櫛というものに興味を持つようになっていた。

 今使用しているのは、市販の黒い櫛でノーマルランクだ。実に平々凡々でなんの特徴もないが、使い易くて丈夫である。


「捏ね過ぎでなくても、意匠を施すと簡単にアーティファクトランクに行っちまうからなぁ」

「意匠を施し過ぎなんじゃないですか? もっと簡素にするとか」

「う~ん、手抜きみたいで嫌だな」

「そこですよ。販売するなら多少は意地も曲げないとっ」


 ナナシのこだわりが、彼女の願望を遠ざけているのは確かな事だ。

 しかし、それを両立するには今暫くの時間が必要になろう。


「だからこその観賞用さ。これなら、もしかすると」

「ふむふむ……それでは、一つ作ってみましょうか」


 そう言う経緯もあってナナシは銅を捏ね始める。

 やがてそれは宝石のごとき艶やかな輝きを見せ始めた。


「いいんじゃないでしょうか?」

「うん、これ以上は拙いかな」


 ランクはレアランク。これ以上は素材であっても世に出回ると危険だと判断されるだろう。


「今度は整形だな」

「何を作るんですか?」

「この量だと、銅像かな? 皿や壺は作ったことがあるけど、銅像はまだだし」

「ふむふむ、では僭越ながらモデルになって進ぜましょう!」

「おっ、いいね」

「おっぱいは! 特盛でっ!」

「わぁお」


 こうして、シスター・ルーティーをモデルとした銅像の製作を開始。

 まずは簡単な人型を作り、それに柔らかな銅を盛り付け、ヘラなどで整形してゆく。


「ふんふん……ここがこうなって、ああなって……」


 段々と夢中になってゆくドワーフ娘。銅像も細部に至って丁寧に作られていった。

 しかし、胸部だけは歪に盛り上がっている。モデルの監視が厳しいためだ。


「おっ、おっ、いいんじゃないか?」

「うふふ、私の本来あるべき姿が、そこにっ」


 初めてという事もあり、二時間かけて一体の銅像が完成。

 これから三十分程度の休眠時間を掛けて銅像は自らを整え完璧となった。


「どう?」

「流石、私。ふつくしい」

「そうじゃなくて、ランク」

「もちろん、ゴッズです、女神です」

「識別魔法使って」


 実際、識別魔法を使わずともゴッズランクであった。

 早速、販売の許可を貰おう、と一部の歪みもないルーティー(偽乳)をズモン司祭に見せる。

 その頃、ズモン司祭は紅茶を啜りながら聖書を読んでいた。


 彼の私室は沢山の書物に囲まれた部屋だ。部屋に充満するにおいもインクで満たされている。

 本棚と簡素な机とベッド、それだけが彼の部屋を満たす。

 欲とは無縁の彼は、自分を最も欲深き者と認める。虐げられる者がいない世界、それを渇望することは実に欲深い事と定めるからだ。


「ズモン司祭っ」

「失礼します」

「おやおや、こんな時間に乙女が二人とは、いったいどうした……とは言うまでもないかの」


 コトリ、と彼の机に置かれる見事な銅像。

 モデルが誰であるかは一目瞭然であるが、ズモン司祭は銅像の胸とルーティーの胸を交互に見ては目を擦った。


「どうやら、本を読み過ぎたようです」

「ズモン司祭様?」

「待て、話せばわかる。グーは止めなさい、グーは」


 ほぎっ、という悲鳴は果たして女神ライバーに届いたかどうか。

 乙女の敏感な部分には踏み込んではいけないのだ。


「ふうむ、ゴッズランクじゃな」

「でも、見るだけしか使い道がないから、変な事にはならないだろ?」

「それは甘い考えじゃの。ほれ、いつぞやの皿の件、忘れたとは言わさぬぞい」

「うっ」


 以前、ナナシが作った【くんにゃり皿】は革命を引き起こした。

 それを基にした【くんにゃりシリーズ】はその形状から温かみを感じさせる人気シリーズとなり、今やアイレーンの町で爆発的に売れまくっている。

 ただし、ナナシ本人はズモン司祭によって販売を差し止められていた。


 それは出来上がった彼女のくんにゃりシリーズに妙な特殊能力が付いてしまったがためだ。

 今は一枚だけ、ナナシが個人的に使用するに留まっている。

「まぁ、これはあれ程までとはいかぬだろうが……うむ、やはり魔性を感じるの」

「魔性?」


 ズモン司祭は背もたれに背を預け、その立派な顎髭を撫でる。


「うむ、ゴッズランクともなれば、眺めるだけで人を魅了してしまうもんじゃ。この銅像も、そういった魔性を秘めているのは間違いない」

「そ、それじゃあ……」

「封印じゃ……といいたいところじゃが、一つ提案があってのう」

「え?」


 ズモン司祭の提案とは、アイレーンの町を治める【アルトフェイチ・ルク・ハーティス】公爵の美術展示会に展示する、というものだった。


「実はの、私も招かれているのだが、神聖なる神具を展示してくれまいか、と頼まれておってのう」

「それが嫌だから、この銅像を展示しろって?」

「ま、そういう事じゃ。きちんと結界を張って展示物を護るからの。それの魔性も封じられて一石二鳥じゃろうて」

「それが終わったら、販売しても?」


 ほっほっほっ、と笑う老司祭はしかし、否との返事を返す。


「何も販売するだけが商売ではないぞ? 展示料というものもある」

「んゆ? 見せるだけで金が取れるのか?」

「価値があればの。そして、これには十分、その価値があると見ておる」


 ただし、偽りの部分はいただけない、とは口に出さないズモン司祭であった。




 翌日の昼過ぎ。ズモン司祭はナナシを連れて、アルトフェイチ公爵の下へと向かう。


 公爵の邸宅はアイレーンの中心に位置する大邸宅だ。

 しかし、実のところ、その三分の二は町を管理する職員たちの職場であり、残りの部分を住居としていた。

 これは不測の事態にすぐ対応できるようにとの理由だが、実のところ彼の正体は仕事の鬼である。働いていないと不安に押し潰されてしまうらしい。


 そんな彼が、自ら老司祭とドワーフ娘を出迎えた。


「やぁ、これは司祭様。ようこそ、お越しくださいました」


 アルトフェイチ・ルク・ハーティスは現国王の甥にあたり、国の重要拠点を任せられることから、王の右腕とまで言われている。


 黒髪をオールバックで整え鋭い目に納まる青い瞳が印象的。

 がっちりとした肉体を誇り長身。貴族というよりかは軍人といった雰囲気を纏っている。

 はち切れんばかりの筋肉が緑の礼服を押し上げているのも軍人の印象を助けるだろう。

 歳は四十半ば、息子二人と娘が一人の愛妻家だ。


「ご機嫌麗しゅう。あなたにライバー様のご加護がありますよう」


 社交辞令を済ませた両者は早速、本題に入る。

 場所はアルトフェイチ公爵家の応接間。


 実に簡素な作りで高級な調度品は一切ない。まさにビジネスのためだけの部屋だ。

 必要最小限且つ、貧相ではなく嫌味の無い外観はまさに質実剛健。

 アルトフェイチ公爵の人柄が現れているかのような部屋である。


「おや、そちらのお嬢さんは?」

「あっ、ナナシといいます」


 借りてきた猫のように、ぺこりと頭を下げるナナシ。

 本日の服は、ルーティーが門の詰め所での仕事とあって同行できないため、より気合を入れて選ばれた物だ。

 それはフリルを多用した純白のドレスであり、褐色の肌によく映えていた。

 ナナシの褐色の肌も濃すぎるというわけではなく、健康的な小麦色なので嫌味がない。


 そんな彼女を見下ろす形になるアルトフェイチ公爵は、やはりというか視線がナナシの胸に行く。

 彼も男なので仕方がない部分はあるが、コホンと咳払いをして煩悩を払う辺り紳士的であろう。


「これはご丁寧にナナシ嬢。私はアイレーンの町を預かるアルトフェイチ・ルク、ハーティスと申します。以後、よしなに」

「あっ、はい。よろしくです」


 アルトフェイチは素直に可愛らしい少女だ、と認識したようだ。

 同時に立派な物も持っている、と好奇心を抱く。


「どうぞ、おかけください」

「それでは失礼しましょう」

「うん」


 両者が対面で置かれた茶のソファーに腰を落ち着かせたところで、ズモン司祭は例の銅像が入った木箱をテーブルの上に置く。


「おや、それは?」

「少々お待ちを」


 ズモン司祭は結界の魔法を行使した。対象はもちろん銅像である。


「ふむ、これで良し。アルトフェイチ公爵様、少し気を強くお持ちを」

「うん? 分かりました」


 木箱の留め具を外し蓋を慎重に持ち上げる。

 その木箱は囲いが取り外せて土台部が残る構造だった。なので、ゆっくりと銅像が露わになる。


「お……おおっ!? こ、これはっ!」


 アルトフェイチ公爵は数々の芸術品を目にしてきたが故に、その価値が良く理解できる。

 そんな彼がひと目見た瞬間に、背筋が震える感覚を覚えたのだ。


「【名も無き女神像】です。ライバー様にお仕えする侍女、といったところでしょうか」

「な、なんという聖具。これを展示させていただけるので?」

「えぇ、その為に持ってきました」

「あ、ありがたい……いや、しかし、惹き込まれる。最初の助言が無ければ、虜になっていたでしょう」


 そのようなレベルではない、結界の魔法を施してこれなのだ。

 作った本人はまだしも、ルーティーやズモン司祭が魅了されなかったのはケガの功名。

 秘密の小部屋で余生を過ごす規格外の連中によって耐性が出来上がっていた事に起因する。


「それで、ですな」

「えぇ、もちろん。このような素晴らしい芸術品を展示させていただければ、今度のパーティーも成功間違いなしでしょう。展示料も上乗せさせていただきます」

「それは結構な事でございます。ところで、このナナシですが」

「私も気になっておりました。お孫様、というわけでは?」


 ズモン司祭は、ほっほっほっ、とお決まりの笑い声を上げる。

 両者の付き合いは長く、年の離れた友人といった間柄なので遠慮というものは無かった。

 ただし、最低限の礼節は忘れない。


「そうであれば、もっと楽でしたがね。この子は記憶というものを失っているドワーフ族です」

「ふむ、それは災難な……ですが、今日の件となんら結び付かぬようですが」

「その銅像を作ったのが、この子なのです」

「何ですとっ!?」


 アルトフェイチは虚をつかれたのだろう思わず声を荒げ、慌てて謝罪した。


「失礼、あまりに驚いてしまいまして」

「無理もございませぬ。この子には不思議な能力がございましてな」

「なるほど……今日、その子を同伴させたのは、私の保護を求めてと」

「もっとも信用ができますからな」


 アルトフェイチは、狸はやり難い、と苦笑した。


 ズモン司祭が自分を信用しているのは間違いないが、同時に釘を刺しに来ているのだ。

 もし、権力を濫用してナナシを好き勝手に使おうものなら、ライバー教が黙ってはいない、と脅しを掛けていると理解するに時間は掛からなかった。


「相分かりました。ナナシ嬢は私の力の及ぶ範囲内で見守りましょう」

「おぉ、ありがたい。これもライバー様のご慈悲。アルトフェイチ公は、きっと祝福の輝きに包まれる事でしょう」


 ズモン司祭は三角形を描いて、それを切る仕草を見せる。

 これは正義と公平の女神ライバーに対する敬服の表現だ。

 それを真似るアルトフェイチ公爵もライバー教の信者である。


「ナナシ、これであなたもアイレーンの町の住民です」

「えっ? 住民登録料は?」

「無論、それはそれ、これはこれ。制限時間が無くなっただけの事じゃ」

「わぁお、むじひー」


 二人のやり取りに祖父と孫のそれを見出すアルトフェイチ公爵は、くつくつと笑みを漏らす。


「おっと、そうじゃった。ナナシ、これを使ってアルトフェイチ公に護身ナイフを」

「鉄のインゴット?」

「うむ、直接、ナナシの能力を見てもらった方が良いと思っての。思いっきりやって構わんよ」

「それなら【遠慮なく】」






 その後、アルトフェイチ公爵は自室の机にて頭を抱えていた。

 目の前には鉄の護身ナイフ。そう、ただの護身ナイフだ。


「これは報告すべきなのか、それとも墓にまでもってゆくべきか?」


 一時間ほど前の出来事を思い出す。


 褐色のドワーフ娘が、その細い腕で頑丈な鉄の塊を捏ね始めた。

 鉄のインゴットが人の握力では変形できない事を、彼自身が実際に触れて確認している。

 しかし、それが少女の手によって粘土のように捏ねられているのだ。変な声が出ても仕方が無いというものである。


 それを引き千切り畳み、また捏ねている内に鉄が奇妙に輝き始める。

 それは最早、白金といっても過言ではなく。


 やがて、ドワーフの娘はナイフの形に鉄を成型してゆく。

 鞘は自分で用意してくれ、とのこと。


 それは単一で構成されたナイフに仕上がった。

 鍔が無く柄も取り外せない、シンプル極まりない刃だ。


 出来上がったそれに、今度は意匠を凝らす。遠慮はいらない、という事もあり嬉々として仕上げてゆく内に、神の鉄はその息吹を吐き始める。

 ビジネスのための部屋が神域と化すには、そう時間は掛からなかった。


 こうして出来上がった護身用のナイフ。

 あまりの美しさに見とれてしまうほどで、鉄とは言い難いそれが放つ輝きから最早、芸術品といっても過言ではない。


 もちろんランクはゴッズ。

 特殊能力は当たり前のように上級で且つ、まさかの二十超え。攻撃力は五桁。

 護身用ナイフの領域を軽く突き抜け天界にまで届く、という惨事に至っている。


 それを、「じゃ、よろしく」と猫をくれてやるかのように手渡されてしまったのである。


 実のところ、ズモン司祭の本命はこれ。

 秘密仲間を作りたかっただけだ。


「あんのくそ爺ぃ、覚えてろよっ」


 結局、アルトフェイチ公爵は護身用ナイフの鞘を作り封をして、それを鋼鉄の箱にしまい、更に宝物庫に封印する。

 こんな危険な超兵器を護身用に持ち歩けるわけがないのだ。






 かくして、ナナシの存在はアイレーンの町の権力者に知られるようになる。

 しかし、彼女の戦いはまだ終わらず。


 残り二万ルインを稼ぐために、ドワーフ娘は今日も失敗を繰り返す。


 尚、展示会はルーティーの銅像が話題となり大成功。

 アルトフェイチ公爵は大型の取引を結ぶことに成功したとか。


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― 新着の感想 ―
[一言] 巻き添えを増やそう ズモン「どうです?この女神像は…」 公爵「一部不自然だが素晴らしい」 ???「ナニが不自然ですって?」 NG「不自然な所のせいで女神像=ルーティーと 判断出来るモノ…
[一言] あと2万かぁ。 男なら30分で5万のバイトするだけでええんじゃがなぁ。
[一言] 「護身用」の「ゴッズ」のナイフ! どこが護身用だっ!?
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