18話 ドワーフ娘と詫び寂び
マリアンヌから厨房を引き継いで一週間。
ナナシは今日も朝早くから厨房に立って、ライバー教会の信徒たちの食事をこしらえる。
本日の朝食はスクランブルエッグにニンジンのソテーを添えるもよう。
それに春キャベツを手で一口大に千切った物を付け加えて色を豊かに。ドレッシングはオリーブオイルに塩コショウを加えたものだ。
もちろん、黒小麦のふかふかパンも、こんがりと焼きあげる。
「こんなところかな」
一般家庭としては非常に豪華といえる献立は、実のところ半分以上がライバー教会で採れる食材ばかりである。
これはナナシが来てから事情が激変した物ばかりだ。
教会の片隅にて飼育されていた鶏たちは餌の食いつきが悪く、なかなか卵を産まなかった。
しかし、餌である黒小麦をナナシが捏ね、それを与えてみたところ、非常に食いつきが良くなったのだ。
その後は順調に太ってゆき、ようやく卵を産むようになったことで、朝食は少し豊かになる。
野菜も同様であり、肥料と称して野菜の食べられない部分、即ち生ごみを畑に撒いていたのだが、やはりこれも畑が痩せ細ってゆく原因となっていた。
やはり、躊躇なくそれを捏ねる。最近のナナシは捏ねる事に目覚めているので恐れを知らない。
何よりも、彼女には宿敵がいた。
初戦でコテンパンにやられたカンヘム鉱石。それなる不変の鉱石を変形させるため、彼女は日夜、ひたすら捏ね続けるのだ。
こういった経緯もあり、やはり畑はゴッズランクの肥料によって無駄に野菜を高速成長させ、一日に二回も収穫できるという訳の分からない状況を生み出す。
もちろん、ズモン司祭は口外しないよう厳命した。
「ふんふふんーん」
下手くそな鼻歌を歌いながら調理道具を洗うナナシ。
最近は職人というよりかは主婦のそれに近い。炊事洗濯、最近は裁縫も練習している。
キュッキュ、とお玉をタオルで拭き所定の場所へと置いたドワーフ娘は、突然テーブルに突っ伏し頭を抱えた。
「全然、職人の仕事ができてねぇ」
気が付くのが遅過ぎである。
「いやいや、なんで教会の仕事の殆どを引き受けてんだよっ!? 違うだろっ!」
むが~、と厨房でジタバタする褐色娘は無駄に肉を弾ませながら、有限の時間を費やしてしまったことを後悔した。
確かに、十万ルインもの大金が手に入る。先のイリュージアの討伐報酬と合わせれば住民登録まであと数歩に届く。
だが、これらの報酬はナナシが望んだものではなく、加えて職人としてのそれとは何ら関係のない収入だった。
「くっ! 時間は有限だっ! こんな事をしちゃいられないっ!」
「ナナシちゃん、出来ましたか?」
「あっ、できたよ。ルーティーさん、運ぶの手伝って」
「任されました」
うふふ、と乙女二人は腹をすかせた子羊のためにせっせと料理を運ぶのであった。
その後、ナナシはいつも通り炊事洗濯をこなし、自分の時間の到来を理解する。
休日以外は午後六時から就寝する午後十時までが彼女の自由時間となっていた。
「よく考えたら、四時間しかないじゃないか」
「マリアンヌさんが帰ってくるまでですよ。頑張りましょう」
この頃になると、ナナシは教会の貴重な戦力として数えられていた。
とにかく教えればすぐさま吸収して即戦力になるのだ。これほどありがたい人材は無いというもので。
ズモン司祭に至っては、なんとか信者にして司祭の座にまで昇進してもらいたいとも考えている。
というか、例の部屋の管理を任せたいと思っていた。
かの部屋は既に禁忌の品物で溢れ返っており、常人ではまともに視線を合わせる事ができない状況だ。
ズモン司祭の胆力をもってしても、最近は瞼を閉じたくなる、というのだから相当である。
「くっそう、軽い返事をするんじゃなかった」
そんな愚痴をこぼしつつ、素材を捏ね始める。
彼女が捏ねているのは極普通の粘土だ。
これはライバー教会を訪れる信者の一人が陶芸家であり、ナナシも捏ねた物で作品を作っていると耳にしたため、それならば一つ作品を作ってみないか、と渡してきたものだ。
「結構、捏ねていますけど……レアランク以上にはならないみたいですね」
「へぇ、そうなんだ? じゃあ、これなら思う存分に捏ねられるな」
最近のナナシは捏ねる作業がストレス発散になっているようだ。
たっぷりの汗を流す褐色の肌が艶めかしい。
「寝る前にお風呂ですね」
「だよなぁ」
一度、ここの風呂の良さを知ってしまうと風呂に入れない日はあり得ないと考えるだろう。
ナナシは、独り立ちした際は真っ先に風呂を作ろう、と決めている。
「よし、これくらいかな?」
テーブルの上にはしっかりと捏ねられた粘土が満足げに丸まっていた。
「何を作るか決めているんですか?」
「うん、四角い皿を作ろうかなって」
「丸じゃなくて、ですか?」
「そそ、皿の下に土台があるヤツ」
ナナシは身振り手振りでルーティーに完成形を伝える。
「四角いお皿ですか……殆ど見かけないですね」
「そうなんだよ。だから自分で作っちゃおうってわけさ」
料理を作り出しある程度慣れた頃になると、今度は容器にこだわりたくなる。
そうなった際に、ナナシは皿の種類の少なさに気付いた。
素材云々ではなく形の少なさにだ。
「丸皿しかないとか、つまんないだろ」
「言われてみればそうですね。なんで丸しかないんでしょうか」
「う~ん、形を揃えるのが面倒だから、かな?」
ナナシの言う通りである。
これはギルドの弊害の一つで、ギルドの所属者はギルドの決まりに従わなければならない。
現在の陶芸ギルドでは丸皿以外の製作を禁じているのだ。
したがって、作りたくとも作れない、が正しい。
だが、ナナシは部外者でありそれには縛られない。
また、販売ではなく個人所有のため、大事になる可能性は低いだろう。
「焼き魚だったら、四角い皿の方が映えるんだよ」
「確かに、丸皿だと余分なスペースが多過ぎて食卓が狭くなりますね」
「まぁ、そこまでおかずが多いわけじゃないけどな」
方針は決まったので、ナナシは粘土を平たく伸ばし板状に整える。
粘土にはガラスの原料となる珪石や長石が混ぜられていた。
形成後は乾燥させ釉薬で塗装するのだが、ここにあるわけもなく。
後日、陶芸家の下を訪れて使用させてもらう段取りとなっていた。
もちろん、焼きも彼の下で行ってもらう。
ここまで作業した物を八百度から千二百度程度で焼く事によって、ようやく【陶器】となる。一般家庭の設備では到底作れない作品だ。
「よっし、できた」
「歪な形ですけど、いいのですか?」
「この、くんにゃり感が良いんだよ」
ルーティーには詫び寂びというものが理解できない。
ナナシが作った角皿は、まさにそれを体現するものであった。
しかし、これを理解できる者が果たしてアイレーンの町にどれ程いるか。
個人使用の皿でなければ決して評価されないであろうそれは、ひっそりと産声を上げることになる。
後日、ナナシの角皿を持って陶芸家がライバー教会を訪れた。
「ナナシさんっ、あんたは陶芸家になるべきだっ!」
「ふぁっ!?」
再会するなり、そのような事を言って詰め寄ってくる陶芸家に、ナナシは目を白黒させた。
「これ、この間の皿です。私は生まれ落ちて四十と三つ、その半分以上を皿作りに費やしてきました。しかしですっ! 私はこのような見事な皿を見たことが無いっ!」
「お、落ち着いてくれっ」
陶芸家は、ナナシが作った【くんにゃり感】に一目惚れしてしまったようだ。
そこで、自分でも作ってみたのだが、これが難しい。
まったく自然に表現できないのだ。しらじらしい湾曲に絶望すら覚える。
だが、ナナシのくんにゃり感は実に自然で且つ、リラックスすら覚える。
眺めれば眺めるほどに肩の力が抜け、これで良いのだ、という説得力すら感じるのだ。
実のところ、彼はこっそり陶芸ギルドにナナシの角皿を持ってゆき、ギルドマスターにそれを見せたのだが、彼はこのあり得ない皿に驚愕し己の視界の狭さを恥じたという。
「皿は作るけど、陶芸家にはなぁ」
「ううっ、そこを曲げてなんとかっ」
「皿以外も作りたいんだよ。ごめんな」
「ざ、残念です。でも、皿を作る、とは言いましたよねっ!?」
「えっ? あ、うん」
「ではっ、今度は丸皿をっ」
「ひえっ」
陶芸家の勢いに負けて、丸皿を作ると約束したナナシ。
彼女は後日、この世に二つとない見事な丸皿を世に送り出す。
それは現在、陶芸ギルドのギルドマスター室に展示されていた。
「見たまえ……この豊かで艶めかしいとすら感じさせる皿を。自然が形を成したかのようだ」
「はい、まるで生きているかのような」
「そうだ、呼吸をしているのだよ、彼女はね」
道具を使わずに作り出す皿は無数にある。しかし、それらは型を使って形を整えるそれに近付けるといったものであり、個性を感じられない物ばかりだ。
今ここにある皿は、それらを全否定し、この世に一つだけの花を咲かせている。
それは間違いようがなく大輪の花。
「一つ、ルールを撤廃しなくてはな」
「マスターっ!」
この日を境に、陶芸の堅苦しいルールは撤廃されることになる。
人はこの日を【芸術の開花】と呼び、大いに祝福したという。




