16話 ドワーフ娘ともう一つの可能性
ナナシがアイレーンに来てから一ヶ月ほど経過。
この頃になると爆乳褐色ドワーフ娘は珍しいとあって、その知名度は飛躍的に向上させていた。
また、ガラクタを専門に購入してくれるとあって、駆け出しの冒険者にとっては女神のような存在となっている。
その恩恵を最も受けていたのがハーフドワーフの冒険者レリックだ。
彼は基本的にガラクタばかりを収集し露店で販売している。
誰も見向きもしないからこそ楽に手に入り、そして、ナナシに購入してもらえたのだ。
ナナシが露店を訪れるのは決まって夕暮れ時。
基本的に売れ残りを買い漁って商品を作ろう、と努力しているのである。
「ナナシ、いらっしゃ~い」
「お~っす、レリック。おっ、今日も良い物が揃ってるなぁ」
お互いにドワーフとあって、打ち解けるにまで時間は掛からなかった。
今では名前呼びをして親しい付き合いを続けている。
ただし、レリックはその先に行きたいと願っていた。
その理由としては、ナナシの全てがレリックにとって【ど真ん中】であるからだ。
その飾りっ気のない性格は気楽に接することができる。これは付き合う上で重要な事だ。
ナナシの艶やかな黒髪は信じられないくらいに輝いているし、健康的な小麦色の肌は、彼女の瑞々しい肌をより蠱惑的に見せる。
呆れるほどに盛り上がる乳房は、おっぱい星人である彼の崇拝を一身に受けるだろう。
なによりも、肥満ではない。
ドワーフ族がここまで巨乳になるには、とんでもない肥満でなくては到底不可能とされている。
しかし、ナナシは見事なくびれと、それに比例して巨大な臀部を備えていた。
見事な凹凸を持ち得ているのが、ナナシというドワーフ娘なのだ。
何よりも注目すべきは可愛いという事。それが全てを決定的なものとしていた。
このような奇跡の存在を見逃しては一生後悔する。
レリックは勝負所を見誤ってはいけない、と自分を戒めた。
「ナナシ、今日の晩、空いてる?」
「うん? 基本、俺は時間に縛られないよ。今のところは」
「良かった。それじゃあ、二人で食事にでもいかないか?」
「むむっ、それはデートのお誘いか?」
「うん」
「よっしゃ、ただ飯、ゲットだぜ!」
実に軽い応対であるが、レリックにとっては喜ばしい前進であった。
しかし、これを邪魔する者がいないわけではなく。
「やぁ、ナナシ。今晩、空いてるかい?」
銀の英雄と噂される剣士が現れ、二人の関係を割こう、とドワーフ娘に話しかける。
「おっす、エリド。いま、レリックとご飯に行かないって誘われた」
「おやおや」
眼下のハーフドワーフに鋭い視線を向ける銀の英雄は大人気ない。
しかし、エリドにとっては一大事だ。
ルーティーの他にも恋敵が出現していたことになるのだから。
「むむ、オイラの方が先に誘ったんだ。権利はこっちにあるぞ」
「それを決めるのは俺たちじゃない、ナナシちゃんさ」
自分の方に優位性はある、そう言うかのように紫色の胸鎧を誇示する。
あの一件以来、エリドはこの胸鎧を肌身離さず身に付けるようになった。
そして、この鎧は幾度となく彼の命を救っている。
エリドは、この鎧をナナシと接するかのように大切に扱っている。
無論、鎧もエリドを生涯の伴侶のように慈しんだ。
そういう事もあってか、この両者は深い絆で結ばれている。
今では彼が望む以上の能力を以って、銀の英雄を盛り立てているのだ。
「う~ん、喧嘩すんなよぉ。それじゃあ、皆で食事しよう。俺が作るよ」
「「えっ!?」」
エリドとレリックは心の臓を矢で射抜かれた感覚に陥った。
ナナシの手料理が食べられる、という期待感は恋のライバルなどどうでもいい、とさえ思わせたのである。
「最近、マリアンヌさんに料理を仕込まれててさ。味見してくれると嬉しい」
「も、もちろんさっ!」
「オイラも楽しみにしているよっ!」
「そっか、じゃあ、一時間後にライバー教会に来てくれ。それまでに作っておくからさ」
そう告げたナナシはレリックの売れ残りを全て購入し、教会へと帰っていった。
「いいなぁ……ナナシ。可愛くて、爆乳で、料理もできるとか」
「おい、貴様」
「なんだよ、銀の英雄さん」
「ナナシちゃんは渡さん」
これに、レリックはムッとした。
「まだ、おたくのものじゃないだろ。そういうのは一線を越えてから主張しろよな」
「い、一線!? お、おおおおお、おまえっ!」
これにレリックはきょとんとして、やがて腹を抱えて大笑いした。
「あははははははっ! あんた、見かけによらず初心なんだな!」
「うるさいっ! 悪いかっ!」
「いやいや、悪かった。意外だっただけだよ」
見た目に寄らず純情な彼に、密かなギャップ萌えを感じるレリックは、こいつなら恋敵でもいいかなと彼を認める。
「恋は競争さ。誰が相手でも、俺はナナシを譲ったりはしないぜ」
「それは、こっちのセリフだ。ナナシちゃんは、絶対に俺の嫁にする!」
バチバチと視線をぶつけあう二人は、ふん、と視線を外すとお呼ばれの支度にとりかかったのであった。
自室へガラクタを置いてきたナナシは、ドレスを脱ぎ捨て料理しやすいようにとランニングシャツと半ズボンの姿へと着替える。
髪は団子状に纏め櫛で固定。エプロンを身に付けて厨房へと向かう。
そこには厨房の主ともいえるマリアンヌが夕食を作り終えた後であった。
「おや、ナナシ。その格好は調理の練習かい?」
「ま、そんなところ。今日はエリドとレットを呼んでるんだ」
「おやおや、実験台かい?」
「うへへ、可哀想だが二人には犠牲になってもらうんだ」
「あっはっはっ、じゃあ、骨は拾ってやらないとねぇ」
正しくは食い過ぎで動けなくなった二人をね、とは口に出さなかった。
マリアンヌは既に、ナナシの料理の腕前を認めるところであり、何度も料理屋を開いた方が金を稼げる、と忠告していたのだ。
それでも、ナナシは自分だけの道具を作って商売することにこだわっている様子を見せる。
きっと頑固な性格をしているのだろう、と理解するに難しくない程度には付き合いが親密だ。
だからこそ、マリアンヌはナナシに好きなようにさせている。
ただし、ゴッズランクはダメだ、と全力で阻止していた。
「今日は何を作るんだい?」
「天気も良いし、庭園で食事にしようと思うから、簡単に食べれる物……肉団子入りのミートスパゲティにしようかなって」
「それは良いねぇ。ナナシが前に作ったミートスパゲティは絶品だったしね」
ナナシは一ヶ月前に試作と称し、教会の皆にそれなる料理を振舞った。
彼女は捏ねる能力を用いてパスタを自作していたのだ。
ルーティーの提案で、折角だから皆で味を見てもらおう、というのが切っ掛けとなり、ナナシの料理の腕前が並ではない事が発覚。
それならば作れる料理を増やしてゆこう、とマリアンヌが提案し今に至る。
元々、物覚えが良いナナシはマリアンヌの技術を、夏の暑い時期に飲むレモン水のごとく飲み干してゆく。
今ではマリアンヌのできる事の全てを、ナナシはできるようになっていた。
「(これなら、神官戦士のもう一つの仕事もできるかねぇ)」
マリアンヌは神官戦士であって厨房の主ではない。
料理ができるものが少ないライバー教会にあって、彼女は生命線であるが故に、長い間戦いから離れていたが、護衛の依頼は途絶えることが無いのだ。
今は代理の神官戦士が頑張っているが、彼は戦士としては二流止まりである。
その代わり、神官としては一流であった。
「ねぇ、ナナシ」
「何だい、マリアンヌさん」
手慣れた手つきで沸騰した鍋に生パスタを広げ入れる。ナナシはそれを菜箸で軽く解した。
この菜箸はナナシが木材を捏ねて制作した物であり、ランクはレアとなっている。
特に能力は無いものの、頑丈で汚れにくいという料理人にとっては有難い一品だ。
「この厨房を少しの間、任せてもいいかい?」
「え~? どれくらい?」
「護衛の依頼が指名で入っててねぇ。一ヶ月くらいなんだけどさ」
「ダメってわけじゃないけどさ」
「もちろん、報酬は出すよ。これでどうだい?」
「一万ルインもっ!?」
「あっはっはっ、そんなわけないじゃないか。十万だよ」
「……」
ナナシの時は止まった。それほどまでに衝撃的な提示であったのだ。
「ま、待ってくれ。俺の耳がおかしくなったのか? 十万? 今、十万って」
「大袈裟だねぇ。それだけ、信用を積んだと思っていいよ」
実際、この報酬の提示はまだ少ない。
本来なら十五万くらいは提示してもいいくらいだ。
それだけ、ナナシの料理の腕前は優れているし無駄も少ない。
何よりも、柔らかい黒小麦パンというのは彼女にしか作れないのだ。
「ひ、引き受けたっ」
「ありがとさん。ズモン司祭に伝えておくよ」
では何故、低く報酬を提示したか、というとナナシの職人としての成功をマリアンヌも願っているからだ。
今、十五万ルインを支払えば住民登録に手が届いてしまうのである。それでは、職人として努力してきた事の大部分が無駄になってしまうだろう、そう考えたのだ。
「(ま、職人が駄目でも、料理人で成功するだろうけど。賃金の不足分は、お土産でも買ってきてやろうかね)」
くつくつ、と含み笑いをする青髪褐色肌の神官戦士は、一層に張り切る褐色仲間にささやかなエールを送るのであった。




