13話 ドワーフ娘と彼にしてあげられること
魔物との激しい戦いから一夜。
その日の昼頃に、ナナシはようやく自分の部屋へと帰ってきた。
「あ~、疲れた。マジで疲れた」
ナナシは、そのままベッドに顔から倒れ込む。
居ない間に洗濯をしてくれていたのだろう、お日様の匂いを感じウトウトし始めたナナシであったが、突然飛び起きて「ふがーっ!」と叫んだ。
「トカゲの素材っ、持ってかれたぁぁぁぁぁぁぁっ!」
そう、イリュージアは調査のために分割され、アイレーン調査局へと運ばれてしまったのである。
この場合、素材の極一部は討伐者に返ってくるものの、その大半は物的証拠として保管されるため、ほぼ没収という形になるのだ。
骨折り損のくたびれ儲け、となったことを理解したナナシは、怒りの余りに鉄草を捏ねまくる。
結果、光り輝く緑色の塊が爆誕し、速やかにライバー教会の秘密の小部屋の仲間入りを果たすことになった。
その内、禁断の素材や道具でパンクしそうである。
「う~、う~」
「う~、う~、言っても仕方がないじゃないですか。気を取り直して、籠の中の素材で商品を作りましょう」
「んだな~。拗ねても返ってこないなら、前を向くかぁ」
ぺちぺち、と頬を叩くナナシは現在、ランニングシャツに半ズボン姿で、その上からエプロンを身に付けている。
これは、物を作るのであればドレスでは不便だろう、と考えたルーティーがナナシのために用意した作業着だ。
「ん~、何を作ろうかなぁ」
「あ、ところでエリドさんは、どうなりましたか?」
「……えっ」
ルーティーがエリドの名前を出したところで、ナナシは顔を真っ赤にさせ、頭から白い煙を上げた。
それを認識したシスター・ルーティーは、ぐいっと赤面ドワーフ娘に顔を寄せる。
「ち、近い、近いっ!」
「何かいかがわしい事をされたのではないでしょうね? それならば神罰を下さないといけません」
「いやっ、そういうのは無かった! た、ただ……その、ちょっぴり恥ずかしかったことが」
「よし! 神罰の名の下にっ!」
「止めろぉぉぉぉぉっ!」
ドタバタと部屋で騒ぐ二人は、マリアンヌにこってりとお説教されたのであった。
時を遡ること少し。
朝日の輝きが窓から差し、エリドは目を覚ました。
昨日、感じていた度し難い倦怠感はすっかり消え去り、寧ろ、いつもよりも気力体力が充実しているかのようだ。
それは、彼が限界を超え、そして生死の境から生還にしたことによる超成長を起こしていたからである。
「生きてる……」
何年かぶりに出したかのような掠れた声。
次第に状況が飲み込めてきたエリドは、自分が門兵詰所のベッドに寝かされている事を理解した。
これで三回目なので、嫌でも天井を覚える、というものだろう。
そんな彼が身を横たわらせるベッドの隣。
丸椅子に座ったまま、ベッドの隅に顔を載せて寝息を立てている黒髪の少女の姿を認める、と穏やかだった心が荒立つ。
「ナナシちゃん……」
が今に限っては恋の炎よりも、感謝の輝きの方が勝った。
ずっと夜通しで看病していたナナシは、せっせとエリドの額の濡れタオルを交換し続けた。
そして、ようやく熱が引いたことを確認したナナシは、疲れもあってかその場で寝息を立ててしまったのである。
「ありがとう、こんなに嬉しいのは久しぶりだ」
エリドは思わず、ナナシの長い黒髪に触れる。
信じられないほどに触り心地が良く、まるで上質の絹のような感触が返ってきた。
それは脊髄反応のごとく、エリドにため息を吐かせる。
「んゆ……? エリド?」
「やぁ、おはよう、ナナシちゃん」
朝日に照らされ輝く銀の髪と整った顔立ちから繰り出される蕩けるような微笑に、ナナシはなるほどなぁ、と感心する。
伊達にナンパ師は名乗っていないのだな、と。
だが、昨日の懸命な戦いぶりと紳士的な態度は、とてもじゃないがナンパ師のそれではない。
使命感を持った漢のそれであることを理解する。
「目が覚めたんだなっ、良かった! 身体はっ? どこか痛いところはないかっ?」
「う~ん、胸がドキドキしてきたかな?」
「なんだとっ!? まだ熱があるのかっ!?」
この世界に体温計という道具は無い。
したがって、原始的な調べ方をする。
それは尤も古典的な方法、互いの額を付け合うというものだ。
熱がある、と勘違いしたナナシは慌ててベッドによじ登り、エリドの額に自分の額を重ねる試みをする。
しかし、その際にシーツに足を取られエリドの胸に顔を押し付ける形となった。
現在の彼は、少しでも熱を逃がすために薄着となっている。
つまり、シャツがはだけて逞しい胸板が露出している状態だ。
ナナシは自分を【俺】というくらいには男らしい性格をしている。
もしかしたら、記憶を失う前は男だった説まであった。
更に、前世が男であり、記憶を持ったまま転生している説など、疑えば切りが無いくらいだ。
しかし、エリドの胸板に飛び込んでしまった瞬間、彼の肌の温もりを頬でしっかりと堪能した瞬間、彼女は顔を灼熱の色に染め上げ、脳天から白い狼煙を上げ始めた。
「(は、はわわわわわわっ、なんだっ!? このドキドキはっ!?)」
自身でも理解できぬ感情。
暴走しそうになる鼓動。いや、寧ろもう暴走している。
体温が調節できない不具合に、思考は真っ白に染まって訳の分からない言い訳が脳裏を埋め尽くす。
「だ、大丈夫?」
「ご、ごごごごごっ!」
「ご?」
「ごちそうさまでしたっ!」
瞳をぐるぐる模様にさせ、ダラダラと汗を流して考えた結果が、これである。
「……ぷっ! あっはっはっはっ、ごちそうさまって!」
「うぐぐぐぐ……」
これには、ナナシ以上に頭が真っ白になっていたエリドも、沸騰し掛けていた思考を一瞬にして冷やされた形だ。
「お粗末様、とでも言えばいいのかな?」
「いじめるなよ」
さり気なくナナシの身体を支えるエリドはしかし、頬を膨らませながら胸から離れる彼女を手放した。
「改めて、ありがとう。ナナシちゃんのお陰で元気になったよ」
「こ、これくらいの事で礼を言われるとくすぐったい。それに、エイミーが神聖魔法を施してくれたんだ。俺はタオルを交換することくらいしかできなかった」
「それが、俺にとっては何よりも嬉しい事なんだ」
「……そっか。なら良かった」
ナナシは胸の鼓動が納まらない事にモヤモヤしたものを抱えながらも、とびっきりの笑顔を覗かせたのであった。
「ナナシちゃん」
「……」
「ナナシちゃんっ!」
「ふぁっ!? な、何っ!?」
「捏ね過ぎ」
「えっ?」
朝の出来事を思い出しながら砂利を捏ねていたドワーフ娘は、ルーティーの声が届いていなかったのだろう。
またしてもゴッズランクの素材を爆誕させていた。
七色に輝く小さな塊は、その輝きを出鱈目に放ち、まるでミラーボールのようにハッスルしていたという。
もちろん、例の部屋の仲間入りを果たした。
「あ~! モヤモヤするっ!」
「もう、男性の胸に飛び込んだくらいでなんですかっ」
「うう、ルーティーさんは、恥ずかしくないのかよ」
「もちろん! こっぱすかしいです!」
「くそったれ~!」
中々作業が進まず、仕方なくナナシは顔を水で冷やすことにした。
洗面所でバシャバシャと水を顔に叩き付ける。
しかし、その火照りが納まることはなかった。
「なんなんだよぉ、もう」
実はアイレーンの町に住民登録する方法はもう一つある。
それは、住民権を持つ異性との結婚だ。
ズモン司祭よりこの説明を聞いたが、ナナシは軽く流していた。
絶対にそれは無い、と確信していたからだ。
記憶がない時点で既に、自分の性格が男寄りだ、という事は把握していた。
だから男と接しても異性の魅力を感じる事は無かった。
だが、同性と接しても魅力を感じる事は無かった。
女同士、裸の付き合いをしてもムラムラすることはなく、寧ろ髪が艶々で綺麗、肌がプルプルで凄い、程度の感想しか浮かんでこなかったのだ。
にもかかわらず、エリドの胸に接触した途端にあの有様だ。
いったい自分はなんなのだ、と自問自答するドワーフ娘。
別に気にしていなかった失われた記憶が、急に気になり始める。
「おや、ナナシ。どうしたのですか?」
「ズモン司祭っ。俺って、女なのかっ?」
「はぁ?」
首を傾げる老司祭はナナシより、問うた理由を聞かされ、これは愉快、と笑った。
「笑い事じゃないっ」
「いやはや、申し訳ない。当たり前の感情に戸惑っている様子が可笑しくて」
「う~」
頬を膨らませて拗ねるドワーフ娘に、ズモン司祭は優しく語りかける。
「彼にドキドキするなら、それは特別な感情を抱いている、という事。男とか女とかはさて置き、エリド殿という人間を好きになったという事でしょう」
「そうなのか? そういうものなのか?」
「えぇ、そういうものです。でも、これは始まりなのでしょう。彼との関係を大切になさい」
納得できたのか、できていないのか、ナナシは首を傾げながら自室へと戻った。
ほっほっほっ、とズモン司祭は笑いながら彼女を見送り、姿が見えなくなった後に遠い眼差しを虚空に向ける。
「今は芽吹いたばかり。育つか枯れるかは両人次第、といったところかの」
自室に戻ったナナシは、自分が納得する答えは見つからなかったものの、取り敢えずはエリドが気になっていることだけは把握した。
「うん、考えたら考えただけ、ドツボにハマる。なら、考えないっ!」
「その意気ですっ! そして、エリドさんの事は、そのまま忘れましょうっ!」
神聖なるシスターは、ナナシに邪悪な導きを示す。
だが、それを阻止せんとお節介な金髪青年がドアをノックする。
「うぇ~い、開いてるよぉ」
「お~っす」
「あ、ケイクさん」
ナナシの部屋を訪ねてきたのは門兵のケイクだ。
その手には大きな麻袋の姿。
「どったの?」
「いや、おまえさんたち、イリュージアを討伐しただろ。その際の報酬だ」
どかり、とテーブルに置かれた麻袋は重そうな音を立てた。
ナナシはもしかして、二十万ルインくらい入っているのではと期待を寄せる。
「ま、開けてみな」
ケイクに促されて麻袋を開ける、と中には大量の紫色の鱗が詰まっていた。
「これは?」
「イリュージアの鱗。いらねってさ」
「んな事だろうと思ったよ! ちくしょー!」
ゲラゲラと笑いながら去ってゆくケイク。
そんな彼に、タンポポグミ入りの草袋を投げつけるナナシであった。
尚、麻袋の底には、しっかりと討伐報酬の五万ルインが詰められていたことを付け加えておく。




