10話 ドワーフ娘と銀の護衛者
結局、商品を作れないまま、素材だけを消費したナナシは自室の中心で理不尽を叫び、再度、素材を集めるためにアイレーンの町へと繰り出す。
今日はルーティーも休日なので彼女に同行した。
「どこへ向かうのでしょうか?」
「昨日は冒険者の露店で色々買ったんだよ」
「まぁ、そこは基本的にガラクタばかり……あぁ、ナナシちゃんの場合はガラクタで良いんでしたね」
「そうそう、役に立たないもので、役に立つ物を作って大儲けだっ」
がしかし、生み出したそれらは役に立つどころか、世界の存続が危ぶまれる超兵器ばかりであったという。
「ナナシちゃんは、もっと肩の力を抜くべきですね」
「あんまり入れてないつもりなんだけど」
「本人が気が付かないだけだと思いますよ」
「う~ん」
ナナシは巨大な乳房を抱え首を捻る。
本日の彼女はルーティーに弄られて中紅花色のドレスを着させられ、ツインテールではなくポニーテールにされていた。
基本的にナナシはオシャレには無頓着であり、現在はルーティーの好きなようにさせている。
それをいいことに、ルーティーは彼女を着せ替え人形のごとく扱った。
結果的には、それが良い方向へ向いてはいるのだが。
二人は露店が多く開かれる大通りへとやって来た。
石畳の道路の端に多くの露店商の姿が見受けられる。
その殆どがひと目で冒険者と分かるのは、彼らが武具を身に着けたままで茣蓙の上に商品を広げているからだ。
時間は午前十時頃。
この時間帯に店を開いている者たちは、昨日の売れ残りを捌いているか、商品の調達を仲間に任せて店番をしている者か、のいずれかだ。
「う~ん、高い」
「お店も開いたばかりですからね。夕方頃が一番安くなるかと」
「そっかー」
一万ルインあった資金も今や三割が消失している。
度重なる失敗もあって、余裕がなくなりつつあるこの現状、下手な博打は打てない、とナナシは露店を後にする。
結局、彼女らは良いアイデアが浮かばないままに、噴水広場のベンチに腰を下ろし一休みしている、と声を掛けてくる者がいた。
「や、やぁ! ナナシちゃんっ! き、奇遇だねっ!」
「えっと……あ、そうそう、エリドっ」
「っ! そう! 俺はエリドだっ! 覚えていてくれたんだねっ!?」
「昨日、会ったばかりじゃん」
銀髪の美青年、エリドは顔を真っ赤にし、自分の名前を愛しの君が覚えてくれていたことに感涙する。
そのオーバーアクションにルーティーは警戒心を持った。
「初めまして、エリドさん。私は、ナナシちゃんのお世話係のライバー教シスター、ルーティーです。以後よろしくお願いしますね」
「え? は、はい……エリドです」
ルーティーの鋭い笑顔に気圧されるエリドは、彼女の底知れぬ暗黒面を垣間見た気がした。
彼女の背後から禍々しい漆黒の靄がうねっているように感じ、エリドは恐怖する。
しかし、ナナシが見ている手前、恐怖心を根性で押し留めた。
「こほん、ところで何か困っているようだけども、どうかしたのかい?」
「あぁ、聞いてくれよ、エリド」
ナナシは昨日の失敗談をエリドに語った。
無論、口にしてはいけない部分は、前もってルーティーに止められている。
「う~ん、つまり、失敗を重ねて商品にできる素材が尽きている。でもお金は使えない、と言ったところかな?」
「だいたいはそう。でも、町の外に繰り出すにはなぁ」
ナナシは不安を覚える。
確かに黒獣の毛皮を纏えば防御面では問題は無い。
しかし、攻撃面では多分に不安が残るし、逃げようにも彼女は足が速くない。
足の長さは速度に繋がる。
したがって、子供の大きさしかない彼女は逃げ足が遅いのだ。
「町周辺はあまり魔物も出ないよ。巡回している兵士もいるし」
「マジかっ!?」
「まぁ、過信は禁物だけどね。なんなら、その……お、おおおおおおおおおっ」
「落ち着けっ」
エリドは「俺がついてってやろうか」との言葉が出せず、顔を真っ赤にしてどもった。
それに素早くツッコミを入れてくれたナナシによって、ようやく喉につっかえた言葉が飛び出す。
「お、俺がその……ついてってやるよ」
真っ赤な顔を逸らし頬を掻く姿は初々しい。
とてもナンパ男のそれではない。
「おおぅ、そりゃあ、ありがたいっ。頼むよ、エリド」
「ひゃ、ひゃいっ!」
エリドの申し出に、ナナシはベンチから飛び上がり腕にはしがみ付けないので、彼の腰にしがみ付いた。
そうなれば当然、彼の太ももにはナナシの豊かな乳房の感触が伝わるわけで。
「年頃の乙女がいけませんよっ」
ルーティーは速やかに両者を引き剥がす。
子供であれば微笑ましいその光景も、大人同士、或いは大人と少女がおこなえば最悪、本能が理性を飛び越えかねない。
聖職者の彼女は、そのような危機感を持って事に当たった。
だが、その九割は単なる嫉妬である。聖職者とはいったい。
「それで、色々と準備した方がいいのかっ!?」
「そうだね、素材の採取となれば、最低限、籠とかは用意した方が良いと思う」
「それもそうだ。ルーティーさん。教会に籠ってある?」
「えぇ、ありますよ。確か使ってない籠が物置に」
「よっしゃ! 取ってくる!」
「あっ、ちょっとナナシちゃん!」
ルーティーの制止も聞かずに走り去ってゆくナナシ。
その場に残されたルーティーとエリドは、気まずい雰囲気に動揺する。
「えっと……」
「こほん、単刀直入に言います。ナナシちゃんは、あ・げ・ま・せんっ!」
「いや、聖職者っ」
恐るべき独占欲に、エリドは別種のライバルの出現を確信したのであった。
大きな籠を背負って戻って来たドワーフ娘。
そんな彼女が見たものとは、やたらと殺伐となった噴水広場、と何故か握手して不敵な笑みを浮かべるルーティーとエリドの姿だった。
「見事ですわ、エリドさん」
「あんたもな」
「正々堂々と競いましょう」
「望むところさ」
ナナシは首を傾げ、頭の上に【?】を浮かべる。
後に、この騒動は【銀灰色の決闘】と呼ばれ、語り草になるのだが、それはまた別の話。
二人と合流したナナシは町の外に出るために門へと向かう。
そこにはマカックとケイクのコンビが、今日も町の平和を守るために仕事をこなしていた。
「おう、ドワーフ娘。随分と綺麗になったな」
「どうだ、可愛いだろ」
「うんうん、可愛いな。今度、デートしようぜ」
「金が貯まったらな!」
がっはっはっ、と笑い合うナナシとケイクのやり取りは、ナンパというよりかは悪友同士のじゃれ合いだ。
「ところで、記憶の方はどうなったんですか?」
地味を極めしマカックが、ナナシに記憶の話を振った。
「おまっ、そういうデリケートな部分はな……」
「いや、いいよ。まだ何も。名前も思い出せない」
「そうですか……無配慮ですみません」
「気にすんなって、今は仮の名で、ナナシって名乗ってる」
「そうですか、ではナナシさん。今日はどのような用件で?」
「町の外で素材集めだよ」
このやり取りにエリドは衝撃を覚えた。
ナナシくらいの年齢の少女であれば、記憶喪失にでもなろうものなら不安に押し潰されるものだ。
そうであるにもかかわらず、ナナシと名乗った少女は笑顔を浮かべ、他者を許す余裕がある。
それがたまらなく魅力的で、自分には無いものだ、とエリドは確信した。
だからこそ、益々に欲しくなる。自分の胸の中に納めたい、と思った。
「ん? おい、ナンパ野郎じゃねぇか」
「む、ナンパ野郎とは失敬な。ちゃんとナンパ師と呼んでくれ」
「もしかして、ナナシちゃんのデカパイに欲情したか?」
「そ、そんなことはないっ……ある……ちょっぴり」
「素直でよろしい。まぁ、大丈夫だとは思うが、しっかり護衛しろよ」
「い、言われるまでもないっ」
わっはっはっ、とエリドの背中を叩くケイクは、彼とは親しい友人の間柄だ。
休日には共にナンパに繰り出し、一緒に振られることもしばしばである。
「では、お気を付けて」
「先生も付いているから大丈夫だろが、一応な?」
「うん、行って来る」
マカックとケイクに見送られ、町の外へと出たドワーフ娘。
町とはかなり違う自然の匂いに、身体の奥底に眠っていた何かが目覚めた感覚を覚える。
大きく息を吸い、それを一気に吐き出す。
「なんか、今まで聞こえてこなかった声が聞こえるなぁ……」
彼女の視線の先、そこは輝きに溢れる沢山の素材の姿があったのだった。




