1話 ドワーフ娘と全裸大草原 ~記憶喪失を添えて~
数話先に恋愛要素もあります。
それまでは珍妙な能力に困惑する主人公たちをお楽しみください。
捏ねる。
水分を含んだ粉や土などをねりまぜる。
難題・理屈などをあれこれと言い続ける。
この物語では主に前者を取り扱う。
澄み渡る空、緑の絨毯。
緑の絨毯はどこまでも広がり生命の逞しさ、そして瑞々しさを伝えてくる。
名も知れぬ草花が夏へと向けて大きく成長し、太陽の輝きは彼らを優しく励ます。
広大な緑の境目から徐々に色濃くなってゆく青は、その穢れを一切知らず。
暢気に漂う綿あめのような純白は、風に吹かれ今日も気ままな旅を続ける。
そのような自然の息吹を感じる場所で、突拍子も無く静寂は破られた。
「全裸じゃねぇかっ!?」
身長およそ130センチメートルの褐色肌の少女。それが、この声の主であった。
まず目に留まるのは長い黒髪だろう。腰にまで届く髪は穢れを知らぬ黒い絹。
顔の造形は悪くない。寧ろ整っている。いや、見れば見るほどに惹き込まれる。
まつげが長い大きな目には黄金の瞳。それが褐色の肌によく映える。
スラリとした体形は年端のゆかぬ少女であることを認めさせるだろう。
しかし、彼女は人間の少女ではなく、加えて成人女性であった。
それを証明する二つの巨大な膨らみ。そして臀部の豊かさ。
少女であって少女ではない者の正体は【ドワーフ】。低身長で屈強な肉体を持つ者であった。
そんな彼女が何故か、全裸で大自然に包まれている。
野生動物であればなんら問題は無いのだが、彼女は知性ある存在で、しっかりと人語も操る。故に不自然だった。
また、この状況は危険を通り越し、確実に命が危ぶまれるレベルだ。
「いやいや、なんでこんなことになっているんだ? ついさっきまで俺は……俺は?」
褐色ドワーフ娘は「あれ?」と首を傾げた。
直前の出来事が何一つ思い出せないのだ。
この事に気付いた彼女は、ダラダラと汗を噴き出す。
そしてこの状況だ。絶体絶命といっても過言ではないだろう。
「か、考えるのは後でもいいよな」
まずは自分の状態から確認をする、そうこれは確認だ、と誰に許しを乞うているのか分からないが、ドワーフ娘は自分の身体、特に巨大な乳房と尻、そして股間を重点的に調べ上げた。
「……ふぅ、完璧に女だった」
何故、悟りを開いた表情を見せているのか、は色々と察してほしく存じ上げる。
ただ、現実逃避している間にも、自分が置かれている状況は把握したらしく、ドワーフ娘は行動に移った。
取り敢えずは武器が欲しい。それは木の棒でも石でも構わない。
それが、この広大な草原地帯に落ちているかどうかなのだが、案の定、それらは見当たらず。
延々と広がる緑の絨毯と青空に辟易する褐色の痴女は、「うがー」と突然、喚き散らし始めた。
「なんだこのクソゲー! 責任者出てこいっ!」
そんな者がいるなら、とうの昔に出てきているであろう。
ドワーフ娘は無駄な体力を消耗し草原へと倒れ込んだ。
暫しの間、青空を眺め呆ける。
彼女のしっとりと濡れた肌が、まだ少し肌寒い風に撫でられる。
火照りを取り除いて立ち去る風は、風を引かないようにね、とでも言っているかのようだ。
立ち去る風に揺れる直立の草は褐色の彼女の身体をくすぐる。
彼らの自然で濃い匂いは、ドワーフ娘の精神を多少、安定させたもよう。
「そらがあおいなー」
感情がまったく籠らない独り言。
それを聞く者は果たしていただろうか。
この状況を認める事など到底できないドワーフ娘は身を起こし、怒りに任せて地面を握りこむ。
すると、予想外の手ごたえが返ってきた。
くにゃり、とまったく力を入れていないにもかかわらず、ごっそりと土をこそぎ取ることができたのだ。
「うえっ!? な、なんじゃこりゃ……?」
きょとん、と手の中に納まる土の塊。驚いたミミズが、にゅっと顔を覗かせる。
それを地面に置いて、ドワーフ娘は、つんつん、と指で突いてみる。
するとそれは固い手応えを返してきた。
「いや、うん。硬いよな~?」
何がどうなったのか。ドワーフ娘は巨大な乳房を抱え考え込む。
しかし、考えたところで、自分は知能派ではなく、ごり押しが得意な人物であることを思い出したもよう。
「考えても分からん。同じことをやってみっか」
ドワーフ娘は再び大地を握りこむ。
すると、先ほど同様に軽い力で硬いはずの土を抉り取ることに成功したではないか。
「……これ、武器になるな」
試しに彼女は土の塊を数個ほど作り投擲。
それは割と威力があるが、生物を殺めるというほどの威力は無かった。
「あれれ? もしかして、この身体って?」
彼女の予想通り、ドワーフにしては身体能力は高くはない。
人間の成人女性、それも運動をしていない平凡な個体よりかは少しマシ、といった程度の身体能力しかなかったのである。
益々、危機的な状況に陥っている事を悟る彼女は、取り敢えず唯一の武器となるであろう土の塊を手に、広大すぎる草原を彷徨い歩いた。
そうすれば当然、喉が渇くし腹も減る。
「腹減ったぁ……」
太陽は真上に達し、ドワーフ娘が風邪を引かぬようにと奮起。
そんな思いやりにも気付かぬドワーフ娘は、くるくる、と腹の虫を鳴らす。
そのような時に、名も思い出せぬドワーフ娘は、見たこともない生物と遭遇した。
「うげっ、なんだ、あいつはっ……きめぇ」
ドワーフ娘は思わず率直な感想を漏らしてしまったが、それは迂闊な行為だったことを認め、慌てて口を手で塞ぐ。
しかし、時すでに遅く。
褐色ドワーフ娘の声を拾った存在とは黒い毛を持つ狼のような獣だ。
黒い獣毛は艶があり日に照らされて宝石のように煌めく。
だが、それは決して狼とはいえない存在だった。
狼は六本も足を持っていないし、目が八つもありはしないだろうから。
しかし、それは狼同様に聴覚、嗅覚に優れ、ドワーフ娘、即ち餌の存在に気付いてしまう。
「ぎゃぁぁぁぁぁっ!? こっちに来るなっ!」
涎を撒き散らしながら直進してくる黒い獣に、ドワーフ娘は逃げることも叶わず押し倒されてしまった。
折角の土の塊も、こうなってしまうと何の意味も成さない。
真に絶体絶命の危機に、ドワーフ娘は渾身の力で抗う。
「ふががががっ!」
喉元に喰らい付こうとする獣の喉元を掴み、押し返そうとするドワーフ娘。
その柔肌に獣の爪が食い込む。
その痛みに彼女は思わず手に力が籠った。
ぐにゃり。
「えっ?」
ドワーフ娘は目を点にした。
あろうことか、獣の喉を簡単に握り潰すことができたのである。
こうなってしまうと獣は呼吸ができず、地面の上をジタバタと転げ回り、暫くすると痙攣を始め、やがてピクリとも動かなくなってしまった。
「いてて……酷い目に遭った」
ドワーフ娘は身体の傷を確認する。
多少、爪による刺し傷があるくらいで大事ではないようだ。
「にしても……この手はいったい何なんだ?」
きょとんと己の手を見つめる。
黄金の瞳は爛々と輝きを見せていたが、それは彼女自身は気付かぬこと。
「う~ん? いや、実際に試してみるか」
考えても無駄、と判断したのだろう。
彼女は獣の亡骸を実験台にして、自分の手の能力を調べてみることにした。
「お、おお? うえぇぇぇぇぇぇっ!?」
ぐにぐにと変形する獣の亡骸。
まるで粘土を捏ねているかのようで、自由自在に形を変えてゆく。
そして、捏ねるのを止める、とそれはピタリと姿を固定するのだ。
「おいおい、これってヤバイんじゃねぇか?」
わきわきと手を開閉するドワーフ娘は、奇妙なオブジェクトと化した獣を見て、己の能力の危険さを確認する。
「まぁ、それはそれ。これはこれ。殺したのなら、最大限に活用しなきゃな」
ドワーフの少女は最早、原形を留めない獣を更に捏ねくり回した。
すると捏ねている過程で、素材となっている物を引き千切ることができる事を発見する。
「うはっ、なんだこれ? 血肉じゃなくて別なものになってやがる」
それは、完全に毛皮のみとなっていた。
捏ねる事によって、獣の血肉が毛皮と同化してしまったようで、既に獣はその全てを毛皮の塊へと変えてしまっている。
「よっと……引き千切った部分は捏ねれば、また元に戻るな」
色々と試している内にドワーフ娘はピンときた。
いや、来ない方がおかしい。
「これで、服を作ろう」
ぐにぐに、こねこね、と毛皮玉を適量、千切っては捏ね形を整える。
彼女が最初に作ったのはパンツ。
ゴムが無いので紐が付いたパンツとなった。
それを早速、履いてみる。
「うひっ、毛があそこを刺激するっ」
どうやら、履き心地はよろしくないようで廃案になったようだ。
今は気を取り直して、スカートの製作に挑んでいる。
ただ、彼女はある程度、形を理解しているだけで、その構造というものを正しく理解しているわけではない。
結果、毛皮の絨毯が出来上がった。
「うん、なんか違う」
端と端を結べばそれっぽく見えるが、結びが甘いとたちまちの内に解けてしまう。
仕方なくドワーフ娘は毛皮の紐を作って無理矢理、絨毯の端と端を紐で接続する。
すると、彼女の大きな尻と相まって、するりと落ちることは無くなった。
ただし、作りが甘いため横から見ると下着を着けていない事がまるわかりになってしまうという欠点が発生した。
紐でなければこの欠点は生まれなかったのだが、今の彼女にそのような発想は無く。
「やった、これで取り敢えずは下を隠せた。後は上だな」
ドワーフ娘はタオルのような物を作って、それで乳房を隠そうと試みる。
しかし、それは大き過ぎた。少しの反動でタオルはその仕事を放棄してしまう。
縦と横で固定してはどうか、と試みる、もそれは装着に手間が掛かり過ぎた。
ぐぬぬ、と呻くドワーフ娘はやはりブラジャーっぽいものを作ろうと決意する。
これは先ほどのスカート同様の手順を踏んだようで、装着しやすいように前で結び目を作るタイプにしたようだ。
きっちりと紐を結ぶ、と巨大な肉袋は若干、はみ出しているものの隠すことに成功。
ただし、肩への負担は一切軽減されていない。
「あ、これ……一番下にも紐を付けないとダメだな」
作っては具合を確かめ、再試行を繰り返した結果、紐を三本付けて固定すると安定することを発見したもよう。
これで一応は人前に姿を見せても大丈夫であろう。
「残った毛皮玉はどうすっかな?」
と考えたところで彼女はマントを作ることにしたようだ。
かなり大きく作っているのは最悪、寝袋にも使えるようにとの考えからだ。
また、長い黒髪を止める紐も二本ほど製作。
こうして、黒い獣の毛皮は余すことなく使用され、褐色全裸娘を人前に出せる姿へと変えた。
現在の彼女は紐を使ってツインテールにしている。
その低身長と幼いともいえる顔立ちで可愛らしい少女に見える、が顔から下は男を誘惑することだけに特化した肉体があってアンバランス極まりない。
「うしっ、こんなところだな」
身なりを整えたドワーフ娘は今度、少し離れた位置にある小ぶりの岩を見つめた。
「今度は武器だな」
また、先ほどの獣に襲われたら堪ったものではない、と考えたのだろう。
ドワーフ娘は捏ねる事によって武器を生み出そうと試みる。
だが、最初に作った両手斧は失敗だった。
刃の部分が丸まっているし、何よりもそれは重くて持ち上げることができなかったのだ。
予想以上に腕力が無いことにようやく気付いた彼女は、自分でも持ち上げれて尚且つ、扱い易い武器を考えた結果、石つぶてを作り出した。
ピンポン玉サイズの投げ易い石ころだ。
「うん、結局のところ間接攻撃が一番安全だしっ」
本当は斧を持って勇ましく戦う自分を想像していた彼女は、残酷な現実を思い知るのであった。
だが、彼女は予想に反し一切、敵意のある獣と遭遇することが無かった。
途中で出くわした灰色の狼などは「きゃいん」と一鳴きして脱兎のごとく逃走。
ドワーフ娘は、それなる獣をポカーンと見送った。
実はあの黒い獣は、ここいら一帯の主であり、生半可な爪や牙は受け付けない強靭な獣毛を持つ怪物であったのだ。
「なんだかなぁ……あっ、苺みっけ」
野生の果物を躊躇なく口に入れるドワーフ娘は、孤独な旅を続けて三日目だ。
この頃になると彼女は躊躇する事を止めていた。
それは割と無駄であることを理解したからだ。
躊躇して何も口にしなければ飢えて死ぬ。
何よりも腹が減ってまともに思考が機能しない。
ならば食うだろ、という結論に達するまでは、そう時間が掛からなかったのだ。
幸いにして、彼女はドワーフだ。
彼女自身は自分をドワーフだと認識していないが、ドワーフ族は毒に強い耐性を持っている。
それが、野草や果実に含まれる毒を中和し、毒抜きせずに食べても中毒に陥らない理由であった。
「すっぺぇ」
そう文句を言いながら、せっせと緑色の袋へ苺を放り込んでゆく。
この袋は草を捏ねて作り上げた物だ。
軽い割には頑丈で、素材ならそこら辺に大量にある。
三日も経って心に余裕が生まれたのか、ドワーフ娘は捏ねる能力を楽しんでいる。
実際、なんでも捏ねる事ができたのだ。
腰に三つほど括り付けている草袋。
その一つから、彼女はビー玉程度の大きさの無色透明な球体を取り出した。
それを口の中に放り込み噛み締める。
すると、それはくにゃりと変形し、いよいよ爆ぜた。
この球体の正体は【水】だ。
なんと、この娘、水ですら捏ねる事ができた。
捏ねた水は他の素材同様に固定され、このように美しい水晶玉のようになる。
不思議な事に蒸発し大気に戻ることもないため、こうして適当な大きさにして草袋に保管することができた。
「う~ん、獣ばかりで人がいねぇな」
褐色ドワーフ娘は人里を求め、孤独な旅を続ける。
だが彼女は知らなかった。
既に人里があったのに、気付かぬまま通り過ぎてしまっていたことに。
こんなこともあり、彼女の最初の人里は結局のところ、大都市【アイレーン】となってしまったのだった。
尚、今より一ヶ月も後の事である。
評価してくれると作者のやる気メーターが向上します。
執筆速度が上がるかもっ。
必ず完結までは持ってゆくので、是非お付き合いくださいませ。