イーロイズ王子 豆でっぽうをくらう
イーロイズ王子視点です。
「殿下ぁ〜いらっしゃいま……痛っ!」
いつもの様に婚約者のカナルディアの邸へ定期訪問に向かうと、二人の令嬢に出迎えられた。婚約者のディアと、男爵令嬢のリアノラ嬢だ。……何故、この二人が一緒に居るのだ? 単純にそれを疑問に思った。
そして、いつも表情を崩さずに出迎えるディアが満面の笑みを浮かべている。目の前に居るのはディアなのだが、この笑顔に既視感を覚える。そう、まるであのピンク頭の少女、リアノラ嬢の様だ。笑顔全開だと思ったら、急に横を向いて「ヨウコソ、オコシ、クダサイマシタ」と挨拶をしてきた。うーん、なんだろうこれは。
「あ、あぁ…………えーと、何故リアノラ嬢が同席してるんだ?」
訳がわからないまま、ディアの隣りに並んで立っているリアノラ嬢の方を見る。すると片手は腰に当て、もう片方の手で自分の髪をかき上げながら……ぎこちなく身体をくねらせたポーズを取って鼻にかかった様な変な声を出すリアノラ嬢。
「あは〜ん? で、殿下ぁ? 私も殿下に会いたくて、カナルディア様の家に遊びに来てますの」
…………本当になんだ、これは。姿形はリアノラ嬢なのだが、ふとした仕草や表情はまるで俺のディアだ。何をしても気品が溢れている。しかし、何故目の前に居るリアノラ嬢からディアの雰囲気を感じるのだろうか。
「ちょっと、あんたこそ演技下手すぎでしょ!」
「何言ってるのよ、この完璧な演技に殿下も惚れ直すわよ。感謝なさい」
何やらさっきから二人でコソコソと囁き合っている。一体俺は何を見せられているんだろうか。明らかにディアとリアノラ嬢は人格がそれぞれ入れ違っている様に感じるのだが……。俺はコホンと咳払いをした。
「あっ、殿下ぁ〜。こちらに、どうぞお座りになってく……痛いっ」
ソファーへと案内を申し出てきたのは、何故か客人の筈のリアノラ嬢。そして、やはり言葉の後半はディアの様な言い回しだ。
二人の令嬢と向かい合わせの形でソファーに座って、お茶を頂きながら現状を考える。我が国では魔力を持つものは多く、学園でも魔法の授業は必須科目となっている。ディアは昔から魔道書をよく読んでいるし、そして魔力も高く、魔法を操る腕も魔道士並みに高い。
もしかして、何かの手違いで人格が入れ替わる様な魔法でも使ったか……。俺はそう結論付けた。古い文献には心を別の身体に入れ替えてしまう様な、そんな古代魔法もあると聞いている。探究心の強いディアだ、もしかしたらそれを自分で試してしまったのかもしれない。
「……そういやディア、この間私が贈った本は読んでくれたか?」
「へ? ……ほ、ん……ですか?」
俺は確信を得る為に、目の前に居る二人にわざと質問をしてみた。俺の問いにキョトンとするディア。そして何やら隣りに居るリアノラ嬢が小声で口添えをするのを横目でチラリと確認する。
「ああ! あの本ですか。はいっ、勿論読みました~」
「我が国よりは歴史が浅いが、なかなか面白い歴史を辿っているだろう」
「はい~そうですねーっ」
全く中身の無い返事が返ってきた。読んでなどないのが丸分かりだ。リアノラ嬢なら本に全く興味がないからな、当然といえば当然だな。
「…………。リアノラ嬢もどうだ、読んでみるか? プレゼントしたら受け取ってくれるか?」
「え、あ……はい」
何やら不可思議そうな表情をしながら答えるリアノラ嬢。本物のリアノラ嬢なら大喜びをするか「本じゃなくて、宝石とかドレスとかがいいですぅ~」と別のおねだりをしてくるのが分かっている。いつも俺から何かを贈らせようとアピールしてきているからな。一度も贈った事はないが。
「ディアがリアノラ嬢と仲良くしている所を初めて見たよ。仲直りでもしたのかい?」
「うふっ、そうなんですよ殿下」
「……へぇ、そうなんだ」
リアノラ嬢がいつもやる“うふっ”という、それをディアの顔でやられると可笑しくて仕方ない。これは、確実に入れ替わっているに違いない。何故かそう悟られない様に必死に取り繕っているのだな。
そうなると、先ほどリアノラ嬢が変に身体をくねらせていたのは本当はディアがやっていたという事になる。…………マジでか。あのディアがくねくね……これはヤバイ。耐えきれない。
「そ、そうですね。そんなところですわ……いえ、そんなところなんですぅぅぅぅぅ」
「…………ぶっ」
更にリアノラ嬢が途中から言葉を言い直した事に止めを刺されて、俺は吹き出してしまった。もうダメだ、可笑しすぎて腹が痛い。
「今日はそろそろ失礼するよ」
俺は我慢の限界を感じて、今日は退散する事にした。それに彼女とは、ちゃんと二人きりで確認したいしな。
「リアノラ嬢も遅くなると危ないから、私が邸まで送っていこう」
「えっ、いいえ、わたくし……私は結構、じゃなくて、大丈夫ですよぉ殿下」
「いいから、いいから」
俺はリアノラの姿をしたディアを半ば無理矢理、乗って来た王家の馬車に乗せた。後はディアに確認を取って、これを機に彼女を口説き落とすとするか――――。そう考えて、色々と探りながら会話を交わしていた。
「殿下ったらご冗談が過ぎますわぁ、私は何処からどう見てもリアノラですわ」
「ふーん……そう」
「う、うふっ?」
リアノラ嬢の真似をして“きゅるりん”という感じに握った拳を口元に当て、上目使いに目をパチパチとさせるディアを見た瞬間、俺はとうに迎えた限界を更に迎えてしまった。なんだコレ、こんなディア見たことがない。
もう、もうっダメだ。耐えるのを諦めた俺は盛大に吹き出した。うはっ、もうやめてくれ! 俺を笑い死にさせる気なのか、ディアは。
笑っている俺の前で恥ずかしそうに俯くディアが可愛くて仕方ない。早く元の身体に戻ってくれないだろうか。そうしたら思いっきり彼女を抱きしめて蕩けさせるくらいに甘やかしてやりたい。
「明日からが楽しみだね、リアノラ嬢」
「あ、あはは……」
俺はちゃんと君がディアだって知ってるぞ、と暗に伝え。遠慮なく明日からは沢山愛を囁ける事を楽しみに困惑している彼女に笑顔を向けた。