朝の支度って大変なのよね
チュンチュン……。
鳥のさえずりが窓の外から聞こえてくる。「んーっ」と身体を伸ばしながら、わたくしは起き上がった。そして寝ていた部屋が、自分の部屋じゃない事に気が付いた。
「あ……そうだわ、客室に寝ていたんだっけ」
昨夜はリアノラを、わたくしの様に振る舞えるように猛特訓させてから客室を借りて寝た。リアノラはわたくしの部屋の寝室で寝ている。
改めて自分の身体や髪の毛を触ってみるけど、やはり元の身体には戻ってなかった。侍女を呼ぼうとベッド脇のテーブルに手を伸ばしかけて、自分がカナルディアじゃない事を思い出した。
そうだった、わたくしはリアノラだ。朝の身支度は自分でしなければ……。メイドくらいは呼んでも良かったのだが、まだリアノラの演技に慣れていない状態ではあまり多くの人と関わりたくはない。そういや、リアノラの方は大丈夫だろうか。心配になって、そそくさと身支度を済ませて自分の私室へと向かった。
廊下を歩いている途中でメイドの一人を見つけた。わたくしはリアノラの振りをして、カナルディアの私室へと案内して貰った。中に入ると、私室へ入ってすぐの応接間のソファーでぐったりとしているリアノラが居た。
「ちょっと、大丈夫ですの?」
「もう朝から最悪よ~あんた毎日こんな事やってんの?」
リアノラは早朝から侍女に起こされてワンピースに着替えさせられた後、毎朝恒例の“御髪タイム”をみっちり一時間させられたと愚痴った。“御髪タイム”とはわたくしの、この硬い髪の毛を綺麗に櫛でといた後しっかりと巻き巻きする作業の事だ。
「仕方ないでしょ、何故かわたくしの髪は特殊なんですもの」
「うへー、あんたの身体早く返したいわ」
そんなに嫌がらなくてもいいじゃない、ちょっと傷ついてしまいますわ。わたくしは少し指でイジイジとしてしまう。
「あ、ところでリアノラ。今日はお昼から殿下が訪ねて来られますので、シッカリと演じて下さいましね」
「えっ、殿下が来るの? なにそれ嬉しい~」
「殿下に馴れ馴れしく接してはダメよ。でないと、わたくしじゃないとバレてしまって、アリになってしまいますわ」
単純に喜ぶリアノラに釘を刺す。
「あ……そうか、カナルディアの振りしなきゃいけないんだった。えー、嫌われるのイヤなんだけどぉ」
「イヤとかいう問題じゃないでしょ」
「でも~カナルディアったらいつも殿下に冷たい態度取るじゃない。あんなの出来るかなぁ」
「出来る出来ないじゃなくて、やるの!」
そう。わたくしと殿下の仲はよろしくない。だって、わたくしは悪役令嬢なのだから、卒業パーティで婚約破棄されてしまう運命なのだ。だから悪役令嬢に転生した時点で、わたくしは殿下を避けようとした。五歳の時のお茶会にだって行きたくなくてごねたけど、王家主催の招待状に逆らう事が出来なかった。
出来るだけ目立たない様にしていたのに、殿下はわたくしを見つけてしまわれた。殿下のテーブルに呼ばれて、殿下からの質問には好かれない様におかしな返答をしておいた。普通の令嬢が古代文明や魔道書なんか読んでいたらきっと不気味がられるだろうと思ったから。
なのに何故か王命で婚約を結ばなくてはならなくなった。これはゲーム補正というものなのだろうか。婚約してしまったからには仕方ない。いつかヒロインに殿下は取られてしまうのを知っているのだから、殿下を好きにならない様に、仲良くならない様に気を付けなければならない。
そりゃ、前世からの推しだった殿下を好きにならないのは難しいのだけど、その気持ちに蓋をしてなるべく冷たい態度を取り続けている。どうせ叶わない恋なのだから最初から仲良くならなければ傷も浅くて済む筈だもの。
そんな努力をしていたのに、このリアノラが殿下の前に現れてからというものの、毎日が波乱万丈だ。シナリオ通りに殿下はリアノラとの仲を急速に縮めていった。それをあたかも見せつけてくるのだ、リアノラが! しかも、やってもいない苛めや嫌がらせをしたと殿下に告げ口をする。わたくしは大人しく婚約破棄を受け入れるつもりで居た。だけど断罪だけは困る。
だからリアノラに殿下との婚約破棄はするから、ある事ない事吹き込まないで!と話をしたわ。そしたら「悪役令嬢に苛められないと物語が盛り上がらない」と言われ、却下されてしまった。本当に前世からリアノラは我儘で自分勝手だ。
今日の殿下の訪問は婚約してから欠かさず行われているものだ。散々わたくしが冷たい態度を取り続けているからか、ようやく殿下がヒロインに心変わりをしてくれた。これであとは断罪さえ免れれば、婚約からもゲームシナリオからも解放されて自由の身になれる。
殿下と結ばれないのは寂しいけど、わたくしは新しい恋を見つけようと思うの。王族から婚約破棄された令嬢が次の婚約を結ぶのは難しいかもしれないけど、恋をするのは自由だもの。今からそれが楽しみでしかたないの。