頂戴って、キャンディ貰うみたいに言われても
翌日の放課後。リアノラから呼び出された。場所はあの自称神様が現れた空き教室だ。
「ヴィクトールを頂戴」
「……は?」
開口一番にリアノラが発した言葉はそれだった。
「だから、ヴィクトールよ! 彼を私に頂戴」
「ちょっと……お待ちになって。何を仰ってるのかよく分かりませんわ」
リアノラが言っているヴィクトールというのは、恐らくわたくし専従の従者の事で間違いないのでしょう。ですが『頂戴』とは一体なにごとなのか。全くもって意味が分かりませんわね。
「ヴィクトールは物ではありませんのよ? 欲しいからあげる、とかそういう問題じゃないのは幼子でも分かる事だと思いますけど」
「何言ってるのよ、私たちは今は貴族なのよ。しかもカナルディアは高位貴族じゃないの。欲しいモノは何でも手に入るんでしょ」
「……あのねぇ、知奈美。あなた昔から理論が滅茶苦茶なのよ」
「その名前で呼ばないで。私は今のリアノラの顔も立場も気に入ってるんだから」
わたくしは大きな溜息を零した。こうやって人の物を欲しがり始めるといつも収拾が付かなくなる。手に入れるまで駄々をこねるしかしない。
「今じゃなくていいの、元の姿に戻ったらヴィクトールをウチの邸で雇って私の従者にするの。ね、いいでしょ?」
「ヴィークトールの雇用主はお父様よ。それにヴィクトールは優秀な従者だから手放すとは思えないわ」
「私はヒロインなのよ! ヒロインは幸せになるのが決まりなんだから融通しなさいよ」
リアノラはヒロインに転生した事で前世よりも更に我が儘が酷くなった様に感じる。この子、このまま何でも自分の思う通りに進むと本気で思っているのかしら。この貴族社会は、前世でわたくし達がゆるく生きてきた一般市民の生活とは全く違う世界なのだという事に気付いていないわ。
「リアノラ……」
わたくしがリアノラを窘めようと口を開きかけた時、急に何か良い事でも思いついたかの様にリアノラは顔を輝かせた。
「そうだ! じゃあ交換条件でどう?」
「え?」
「ヴィクトールをくれるんなら、その代わりにイーロイズ殿下をあげるわよ。前世で殿下推しだったの知ってるのよ」
「なっ……」
推しキャラだった事を知られていたという衝撃にまず顔が赤くなる。そして、殿下を物みたいに扱うリアノラに嫌悪感を覚える。さっきから人は物じゃないって何度も言っているのに、全く耳に届いていないらしい。
「このゲームの最大の見せ場である婚約破棄と断罪劇を実演出来ないのは勿体ないけど……ヴィクトールが手に入るのなら、それでもいいわ。そうねぇ、エンディングはラインハルトルートかマークルートで迎えて、ヴィクトールを愛人に……うふっ、いいわ、素敵じゃない」
何やら勝手に将来のプランを考えてニヤけているリアノラに、わたくしは呆れを通り越して虚無感を感じてしまう。
「……リアノラはそれで幸せなの?」
わたくしが漏らした素朴な疑問にリアノラは、さも不思議そうに首を傾げる。
「好きなキャラに囲まれてラブラブエンディングだなんて幸せに決まってるじゃない。馬鹿な事聞かないでよ」
「…………そう。じゃあヴィクトールの事はお互い元に戻ったら、わたくしからお父様にお願いしておくから。わたくしがあなたを苛めただとかの嘘を殿下に吹き込むのはやめてね」
「ええ、勿論よ! ありがとう~さすが持つべきものは親友ね」
……親友。
なんて都合よく、軽く、その言葉を使ってくれるのかしら。ヴィクトールには申し訳ないけど男爵家へ移る時は迷惑料として多目にお給金を持たせよう。そして万が一、男爵家に何かあって職にあぶれる様な事になった時は、いつでも我が公爵家へと戻ってこれる様に手配しておかなければ……。
わたくしは目の前で浮かれている前世からの幼馴染に哀れみの視線を向けながら、どうかこれ以上おかしな事をして転落していく事のない様……心の中で祈りを捧げた。