後編
評価、感想ありがとうございます!
皆さまのおかげで日間ランキングに載ることができました。
また、誤字脱字報告も大変有り難いです。
「共に乗り越えていく者達」1作目の主人公メアリー、そして相手役のアラン。
2人は入学式の時からお互いに惹かれ始めていた。
メアリーには、浮気者で、性格最悪な同い年の婚約者がいる。
その彼はマリベルに懸想し、あろうことかメアリーの誕生日にマリベルへ高価なネックレスをプレゼントしていた。メアリーには何も贈らなかったというのに。
今朝、仲睦まじくマリベルと体を寄せ合いながらこちらへやってきたかと思うと「お前には花を贈る価値すら感じない。魅力の無い婚約者を持つ俺は、なんて可哀そうなんだ」と非難されメアリーはとても落ち込んでいた。
誰もいない庭園で一人ぼんやりと花を見つめていたメアリーを見つけたアランは、声をかける。
「メアリー、こんなところで何をしている?」
「アラン様。あの、花を見ておりました」
「花、か」
しばらくの間、2人して静かに庭園の花を見つめていたが、ふとアランが口を開く。
「...朝から少し元気がないように見える。何かあったか?」
その問いかけに一瞬動揺したメアリーだったが、何事もなかったかのように首を横に振る。
「いえ、特に。何も...ありません」
「婚約者に何か言われたのではないか?」
「…」
「...やはりか」
核心を突かれた言葉に、メアリーはとっさに否定の言葉を紡げなかった。
アランは眉間にしわを寄せ、少し難しい顔をしている。
どうやら怒っている様だ。
「婚約者を傷つけるなんて、あいつは最低だ」
「いえ。私に魅力がないのがいけないのです」
「…魅力がないだと?そんなことを言ったのか、あいつは」
「本当のことです。少しでも私にマリベル様の様な魅力があれば...」
悲し気に目を伏せるメアリーをアランはただじっと見つめていたが、意を決した面持ちになると、懐から何かを取り出しメアリーの前に差し出した。
「何を...」
驚き視線を向けたメアリーは、目の前に差し出されたある物を見て目を瞠った。
それは、1輪の美しい花だった。
「この花...」
「...メアリーが今日誕生日だと聞いて、どうしても何か贈りたかった。
知ったのがついさっきだったから急ごしらえの物しか用意できなかったが...
良ければ受け取って欲しい」
真剣なまなざしで自分を見つめるアラン。
急ごしらえと言っても、その花はとても美しく高価な代物だと分かる。しかもこの辺ではなかなか手に入らない珍しい花である。用意するのは、大変であったろう。
「私に、花を…」
メアリーの目に薄っすらと涙が浮かぶ。
婚約者から花を贈る価値すらないと言われた自分に、こんなに美しい花を用意してくれた。
誰でもない、アランが。それがとても嬉しい。
さっきまで落ち込んでいた気持ちが、癒されていく。
「ありがとうございます...」
アランから花を受け取ると、メアリーはその花の美しさに目を細める。
「...本当は、指輪やネックレスなどの身につけるものを贈りたかったんだが...それを贈って許されるのは私ではないからな...」
婚約者以外からの指輪など、他でもないメアリーが扱いに困るだろう。
切なそうに眉を顰めるアランに、メアリーは目に涙を浮かべながら首を横に振った。
「アラン様からこんな素敵な花をプレゼントして頂けただけで、充分に幸せです」
嬉しそうに微笑むメアリーに、アランは顔を緩ませた。
そして、メアリーを愛おしそうに見つめる。
その視線の甘さにメアリーは胸が高鳴り、頬が熱くなった。
いたたまれなくなってしまったメアリーは、火照った顔を誤魔化すように花に視線を落とす。
「そ、それにしても本当に綺麗な花ですね。初めて見ました」
「このあたりでは見かけないが、隣国ではとある花として有名なんだ。
美しいだろう?まあ、けれど...」
アランはそう呟くと、不意にメアリーの髪を一束掬い上げ優しく口づけを落とした。そしてそのまま耳元で甘く囁く。
「君の方が、綺麗だ」
更に顔を赤くしたメアリーに、アランはとろけるような甘い顔で、フッと楽しそうに笑ったのだった。
(最高よ~~~~!!!)
2人に気づかれぬよう草むらに隠れ、心の中で悶絶する一人の少女―――。
そう。私、オリビアである。
今日もひとしきり萌えを堪能した私は、2人がその場を離れた後に帰路に就く。
待たせてある伯爵家の馬車に乗り、ガタゴトと揺られながら先ほどの場面を思い浮かべた。
「メアリーの照れる顔も、アランの甘い顔も...最高だったわ!
私の大好きな場面ベスト3に入る名シーンを目の前で見られて幸せ!」
いつも以上に上がった気分で、興奮気味に独り言を言う。
抑えきれない高揚を感じつつ、ふと自分の手元を見た。
そこには、悶えつつも壊さないように大切に持っていた一輪の花。
「これが、メアリーが貰った花と同じもの…。なんて綺麗なのかしら」
何故、私がこれを持っているのか。
それは、アランが特殊なルートで隣国から取り寄せようとしていることを知った私が、オタク魂と伯爵家の財力で、どうにかこうにか取り寄せたからだ。
なぜ取り寄せたのかは「オタクだから」としか言えない。
今のメアリーは知らないことだが、隣国ではプロポーズの際にこの花を贈る風習がある。
隣国の王子であるアランがその花をメアリーへ贈る、というエモーショナルなイベントで使用された花...そんなの欲しいに決まっているじゃないか。
「この花を毎日眺めて、余韻に浸っちゃうんだから!」
ウキウキしながらそんなことを考えていると、伯爵家へ着いた。
屋敷へ入ると、執事や侍女が私を出迎える。
夕食の準備が終わるまでまだ少しかかるらしい。
(それなら早速、夕食まで自室でこの花を眺めるとしますか!)
花を見ながらニヤニヤとする姿を侍女に見られるのは恥ずかしいので、一旦侍女をさがらせ、一人自室へ向かった。
自室までの廊下に人気が無いのをいいことに、手に持っていた花を見つめる。
今日のメアリーとアランのやり取りが思い出され、思わず口元が緩んだ。
(あ~、口元がにやけちゃう)
綻ぶ顔を止められずニヤニヤしながら歩いていると、自室の前の人影に気が付いた。
慌てて表情を引き締め目をやると、それは見知った人物だった。
「ルーク?」
そこには、どこか憂いを帯びたルークが佇んでいた。
夕日に照らされ光沢を帯びたダークブルーの髪がやけに眩しい。
そして髪と同じ色の瞳が、薄暗くなった廊下の先で光を反射し、宝石の様に輝いていた。
美しい挿絵みたいだなと思わず見惚れてしまうが、
何故だろう...何か不穏なものを感じる。
「お帰り、姉さん」
そう言うと、ルークはこちらへ足を向けた。
「た、ただいま…?」
ルークが私を出迎えることなど今まで無かったため、返事が疑問形になる。
前までは小説と同じようにルークに冷たく接してきたが、ここ最近は学園生活に気を取られて接する機会が殆ど無かった。
(久しぶりにルークを見た気がするわ...)
久しぶりにルークの整った顔を見ると、不穏な空気も相まって緊張してしまう。
スタスタとこちらへ近づいてくるルークに悟られない様に気持ちを落ち着かせた。
(私のオタク活動的な何かがバレた?
何か思うところがあって文句を言いに来たのなら、受けて立つわ...)
そう覚悟し、ルークが近づくごとに強まる緊張を無理やり抑え込んだ。
そうして人一人分の距離を空け、ルークが立ち止まる。
けれど少し見上げた先のルークは、私の目線より若干下をジッと見つめており、視線が合わなかった。
(手元の花を見てる...?)
視線をたどろうとした時、不意にルークが呟いた。
「…誰から?」
「え?」
突然話しかけられ、思わず聞き返す。
「...その花は、誰から貰ったんですか?」
尋ねてくるルークの声があまりに低く、私は驚きで固まった。
「誰からって...」
自分で買いました。
そう正直に言ってもいいけれど、隣国の風習ではあるがプロポーズで使われる花を自分用に買う女って痛々しいのでは?という考えが頭をよぎった。
(でもルークはこれがプロポーズに使われる花だって知らないかな?
隣国のごく一部の風習だものね。それなら大丈夫か)
「じぶ...」
「その花は、隣国で男性が女性にプロポーズするときに使う花ですよね?
誰が姉さんにその花を?」
知ってた!
何で知っているんだと驚いて目を丸くするが、よく考えれば勤勉なルークのことだ。伯爵家を継ぐために隣国のこともかなり勉強しているのだろう。
自分で買ったことを言い難くなった私は、何と答えるべきが分からなくなり、うろたえる。答えを聞かない限り引かないぞ、というルークの謎の圧力も地味に怖い。
そうして私は、目を逸らしながら口から出まかせを吐いた。
「が、学園で共に学ぶ、とある殿方に頂いたの。
プロポーズに使われる花だったのね。知らなかったわ!
えーっと、それなら早くお返事しないといけないわね」
(ただのオタク魂で自分用に買っただけなのに、どうしてこんな嘘を吐く羽目になってるんだ)
自分の嘘に若干の虚しさを覚えつつ、引きつる笑顔を浮かべた。
「何よりも伯爵家のために勉強していた姉さんが、隣国の一部の風習とは言え、知らなかったと?」
どこか暗い感情の籠った声に、ぴしりと体が硬直する。
「清廉な姉さんがそんな嘘を吐いてでも相手を教えないのは、愛しい相手を憎らしい俺に教えたくないからですか?」
(なんでそうなるの~~!
今日のルーク、妙に絡んで来る上に変な誤解までしてくる~!)
全くもって見当違いなことを言っているルークに、困惑する。
小説の中のルークは、姉であるオリビアに自ら絡んではこない。
しかも、姉との確執からか、どこか影のある性格ではあったが、こんなネガティブな思想ではなかったはずだ。
これ以上嘘を重ねても、ルークは誤魔化されてくれなさそうだ。
それどころか新たに誤解を生みそうである。
けれど、今更本当のことを言ったところで、信用されない気がする。
どう対応していいのか考えあぐねいていると、不意にルークが距離を縮めてきた。
何事かと思わず後退るが、再び距離を詰められる。
お互い無言で同じことを繰り返していると、最終的に私は壁際に追い込まれる形になり、その上ルークが私を囲うように壁に手を突いたので、逃げられなくなった。
ルークと若干の隙間は空いているが、これは所謂壁ドンである。
「答えるまで、逃がさない」
逃げ場もなくどうにもできなくなった私は、ダラダラと冷や汗をかきながら逸らした目を再びルークへ向けた。
ルークの瞳はいまだ夕日に照らされており、美しい宝石の様に輝いている。
けれど、瞳に込められた感情はそれとはかけ離れ、光の届かない深海のように暗く濁っていた。
(憎悪...とも違う。けれど、どろどろとした感情がこみ上げている様な...思いつめた目)
その瞳から、目を逸らせない。
ルークが何を思い悩んでるかは分からないが、苦しんでいるのは分かった。
けれど、何故こんなにも私の想い人とやらの名前を知りたがるのだろう。
苦しんでいる理由がそこにあるのだろうか?
(私以外に気になるものがあるっていうの?)
面白くない。
そんな気持ちがこみ上げてきて、少しイライラとする。
「ルークは、なぜそんなに私の想い人を知りたがるのよ?」
気に食わない答えだったら、また嫌味を言ってやろう。
そう思いながらルークに尋ねる。
ルークはこちらをジッと見つめたまま、少し間をおいて答えた。
「姉さんが一番に想う相手を、殺したいからです」
ひえぇぇぇ~~~!!
思いもよらない答えに、心の中で妙な叫び声を上げた。
(つまりルークは、今まで冷たい態度をとっていた私をとても憎んでいて、
私を苦しませるために、想い人を殺す...的な!?)
想像以上に憎まれてるわ!と慄いていると、ルークが絞りだすような声で呟いた。
「姉さんが一番に想う相手は、俺だけでいい。
それが憎しみでもなんでも。姉さんの心を埋めるのは、俺だけじゃないと許せない」
「...え?」
「学園に入ってから、姉さんは俺に目もくれなくなった。
家にいるときも学園のことを考えてるのか、常に上の空だ。
それに、あんなに顔を緩ませて...幸せそうな微笑みを浮かべて...。
今まであんな見惚れる様な微笑みを浮かべたことなかった。
誰を想ってあんな笑顔を?
俺に向ける憎しみよりも、そいつへの想いの方が大きいのか?
一体誰が、姉さんの心を奪った?
また姉さんが俺を見るようになるなら、俺はそいつを殺すよ。
想い人を殺した俺を、きっと姉さんは前よりも憎くなるだろ?
そうすれば、姉さんの心は一生俺だけで埋め尽くされる」
とても切なそうな表情から紡がれる言葉に頭が真っ白になる。
(これでは、まるで―――)
ルークの言葉を聞きながら、ふと温かい気持ちが湧き上がってくる。
これは、オタク活動に勤しんでいる私ではなく、オリビアである私が感じた気持ちに違いない。
まるで時が止まったかのように、お互い微動だにせず見つめ合う。
いつの間にか日は沈み、廊下は薄暗くなっていた。
夕日に照らされ反射していたルークの髪や瞳は、今は薄暗い廊下に溶け込んでいる。
どれくらい、見つめ合ったのか。
私は、ルークから視線を外さずに一歩前に出た。
確かめたいことが、ある。
確信めいた予感が、胸を高鳴らせた。
ルークとの間に空いていた隙間が埋まる。
近い距離で見上げる首が、少し痛い。
けれど、どうしても至近距離で聞きたいのだ。
オタクである私も、そしてオリビアとしての私も。
「…ルークは、私に憎まれたいの?」
「そうです」
「どうして?」
ルークの瞳に熱がこもる。
「姉さんを愛してるから」
囁かれた言葉が、甘く溶け出し私の心に染み込んでいく。
(――オリビアは...私は...この言葉が聞きたかったんだわ―――)
私の顔は今までにないくらい綻んだ。
ルークが驚きに目を瞠く。
思えば初めて会った時、ルークを見てオリビアは胸の高鳴りを感じていた。
きっとあの時、幼いオリビアは恋に落ちていたんだろう。
夢を奪われてルークを憎みつづけながら、ルークが自分以外と幸せになることを許せないほど、ルークに想いを寄せていた。
自分すらも誤魔化して、誰よりもルークを憎んで、最後はアリスと共に生きようとするルークを殺そうとして、最後までルークを憎み続けたオリビア...
なんて不器用な悪役令嬢なんだろう。
まあ、私のことなんだけど。
「オタク活動に専念していれば、他の幸せもあると目を背けていたけれど...ダメみたいね。
どうあっても私は、最後までルークを憎みたいみたい」
微笑む私を見て、顔を真っ赤に染めたルークが、見て取れるほど動揺している。
「え?あの、ね...姉さん?」
「誰よりもあなたを憎んでいるわ。
だって、あなたを愛しているから」
ルークの背中に手を回し、ギュッと強く抱きしめる。
その拍子に手から花がこぼれ落ちたけれど、今は気にしないことにした。
「そんな...まさか...」「姉さんが...俺を?」「じゃあ、あの花は一体...」
狼狽えつつ呟くルークの独り言に、笑いがこみ上げる。
クスクスと笑う私に気が付いて、ルークは戸惑いながらも動きを止めた。
そして、恐る恐る私の背中へ腕を回す。
「...とりあえず、姉さんに花を渡した奴の名前だけ教えてください」
「…まだ、その話蒸し返すの?」
呆れて顔を上げる。そもそも相手はいないのだ。蒸し返されたら困る。
「姉さんにプロポーズする不届き者は、殺します」
「なんて物騒な...。それじゃあ私は誰からもプロポーズされないじゃない...」
「...俺がするから、いいんです」
そう言うと、顔を更に赤くしたルークが、きつく私を抱きしめた。
ルークに自分で花を買ったのだと告げるのは、もう少し後で。
想いの通じた悪役令嬢の、幸せな物語は続いていく―――。
読んで頂き、ありがとうございました!
良ければ評価をよろしくお願いいたします。