63-魔王、生きてるかな。
天空を覆い尽くしたマジャーリジャーの月も元の異世界へと転移していった。巨大過ぎる月が還った後には青空がどかんと突き抜けて、雲一つなく、まっさらな陽の光が魔王城の瓦礫の山を晒し出した。
空を月に支配されたグラヴィティワールドの住人たちには悪いが、やっぱり空は青に限る。
穏やかな陽気の下で、俺と同じように蒼穹を仰ぎ見ているブラック・カナタにバトルの評価を聞いてみる。
「こんなもんか?」
ブラック・カナタは呆れた顔して答えた。
「やり過ぎだろ」
それでも、やれやれと小さく首を振り、出来の悪い後輩がやり遂げた大きな仕事を褒めてくれるように笑った。
「しかし上出来だ。ここまで無傷で進めたタナカカナタはいない。さあ、どうする? 残すはラスボスのみだ」
「魔王軍四天王四連勝の勢いに乗ってこのまま一気に行くに決まってんだろ」
魔王戦攻略の作戦も戦士としての休息もいらない。ラストバトルで大事なのは、そう、ノリと勢いだ。
「でも問題が一つあるんだ」
俺の足元に、かろうじて原形をとどめている部分もあるにはあるが、もはや廃墟とも呼べない瓦礫山と化した魔王城がある。横倒しになり、基礎の底から頭の天辺まで俺のパンチに貫通されて、異世界最高戦力を誇った戦車の面影なんてもうどこにも見られない。
「これって魔王城の残骸だ。魔王城って言うからには、やっぱり魔王の根城なんだろ? ここで寝泊まりしてたんだろうし」
足元を指差す。
「まあ、そうだな」とブラック・カナタ。俺の言わんとしてることは十分に伝わってるような顔してる。
「魔王、生きてるかな」
「やっちまったかもな。魔王城は砲撃の隙をついて内部に侵入して中から破壊するってのが正解ルートだったんだが、まあ、ご覧の通りだし」
「しゃーない。切り替えていこう」
改めて元魔王城の残骸を上から見渡していると、森の木々の間からイングリットさんとThe Dの奴がひょっこりと顔を出してるのが見えた。そうか。あいつがいたな。せっかく仲間になったわけだし、ここはひと肌脱いでもらおうか。
「おーい、デミツル」
俺とブラック・カナタはふわっとイングリットさんのとこに舞い降りた。
「ディムィトゥルだ」
細かいことを気にするThe Dことデミツル。
「おまえ元魔王軍幹部だったんだろ? 魔王城の内部も詳しいか?」
「ん? ああ、そうだ。ワタシは確かに、かつて魔王城と呼ばれた施設の中にいたこともあるぞ」
魔王軍幹部っていう香ばしい単語に自尊心をくすぐられたか、The D改めデミツルは少し胸を張って言い放った。
「ならば聞こう、元魔王軍幹部よ。魔王は城のどこにいるんだ?」
「どこって、それはおまえ……」
デミツルは森を埋め尽くす勢いで崩れ去った瓦礫の山を見上げて絶句した。そりゃそうなるだろうな。ぱっと見ただけで城としての外殻はもう原型をとどめていない。
「あの辺?」
たぶん日本の城でいう天守閣的な頭頂部の一際堅牢そうな部分だった瓦礫の辺りを指差すデミツル。建築物の階層としては最も高い位置にある防衛上の城の拠点だ。もしも城の低層階から内部に侵入して攻略戦を仕掛けていたら、各階層ごとに中ボスが控えていたりするタイプのステージになっていただろうな。
「瓦礫が積み重なったとしても結構な高さがあるな。内部の構造物が頑丈なら、まだ内部空間を保っている箇所もあるんじゃないか?」
ブラック・カナタが両手でフレームを作って風景写真でも撮るようにして瓦礫の山を計測した。確かに、言われてみれば横倒しになったとは言え、まだ建築物としての膨らみや高さを残している部位がある。
「どっかから内部に潜入して魔王の部屋を探索するのが正規の攻略ルートだな」
そんなブラック・カナタのいかにも主人公っぽい提案に、露骨に嫌そうな顔をするデミツル、と俺。
「何だよ、その顔は」
何であえてめんどくさいルート選択をするかな、こいつは。とりあえずブラック・カナタの提案はこっちに置いとく。
「なあ、デミツル。おまえアストラル体なんだからヴァーチャライザーに取り憑けるだろ?」
デミツルはあからさまに嫌そうな顔をした。
「おまえな。人を怨霊扱いするんじゃない」
おまえの初登場シーンはまさしく怨霊的な取り扱いだったじゃないか。と、言いたいとこだがぐっと言葉を飲み込んでおく。
「霊魂みたいに思ってないって。どの別次元にある接続端子にも接続できるフレキシブルな意識生命体だろ? だったら異世界ガジェットにも対応できるだろうなって思ったんだけど」
「まあ、出来なくも、ないがな」
ヴァーチャライザーをちらっと見るデミツル。
「ヴァーチャライザーを操作して魔王の部屋まで最短ルートをマップ表示できるか? いや、デミツルほどのアストラル体ならば俺の世界のVRガジェットだろうと簡単に接続できるだろうな。ヴァーチャライザーの中が最も安全な場所だし」
「まあ、ワタシに接続できない異次元端子はないし、やってやってもいいぞ」
すごく嫌そうな顔してるくせにまんざらでもない口調で言うデミツル。
よし。ヴァーチャライザーアップグレードだ。まだまだ俺は強くなれる。仕上げは、俺の規格外の強さの根源である無自覚の創造主、夢見る召喚観測士のご機嫌を伺うだけだ。
「イングリットさんも来る? 最終決戦を最前列で見たいだろ?」
この異世界の本質を何も知らないであろうイングリットさんは、今まで見せてくれたこともない緊張した面持ちで、イエローのパンクヘアーを揺らしてゆっくりと頷いた。
よく見ておくんだ、イングリットさん。この異世界を創っている君にはその責任がある。




