23-あら、タナカのお兄さんじゃない?
そういえば、このファンタジーワールドに異世界転移してからというもの、異世界ヒーローとして戦いに明け暮れて一人でゆっくりと町を散策したことなかったな。俺は思った。ちょうどいい機会だ。ぶらり町歩きでもしてみよう。
城下町は意外と近代的に整備されていた。真っ平らな石畳で歩きやすいメインストリートには人も店も多く、ほんとヨーロッパの片田舎にある賑わった市場街を散歩してる気分になる。リアルワールドでは海外旅行なんて行く暇なかったけど。
道行く人々も海が似合う系とか山に馴染む系とかいろんな人種が自由に歩き回り、たまに聞き慣れない言語が風に乗って流れてきたりする。国として人間も物資もさまざまな方面と交流があるって証拠だろう。
ヴァーチャライザー・オフして一般兵の私服姿をしたいかにもザ・ニッポンジンって外見の俺がうろついていても、特に異邦人感もなく目立たずに歩けそうだ。
と、すっかり油断していたら。
「おや、まあ! あんたアレでしょ、アレ。街を守るなんとかヒーローのタナカでしょ」
いきなり屋台のおばちゃんに声をかけられた。あまりにナチュラルに呼び止められたもんで、俺も自然な流れで足を止めてつい馴れ馴れしく屋台に寄ってしまった。
「えーっと、まあ、そうです」
「ほらやっぱりそうだ! どうしたんだい? 暇なの? タナカが暇なのは私らにはいいことだけどね!」
なんかタナカってのが俺の名前でなくてなんらかのジョブ的名称に扱われているように思えるが、そこはまあよしとしよう。おばちゃんの親しげな態度こそ俺の日頃の活躍が街までちゃんと浸透していたって証だ。
「今日はちょっとこの辺をぶらぶらしてみようかなーって」
おばちゃんの屋台を覗き込む。何かの生き物の肉っぽいのが串焼きにされていた。市場街にたくさん並んでいる屋台の一つなわけだし、きっとゲテモノではなくちゃんとした食用家畜の名物料理なんだろう、と思う。
「あ、これかい?」
屋台のおばちゃんが俺の物欲しげな視線に気付いたようだ。よく焼けてる串を一本取り上げ、とぷっと秘伝のタレがたっぷり溜まった壺に漬け込んでもう一度焼き台で炙った。
「一本いっとく?」
「あ、いや、今日はお金持ってないから」
「いいよいいよ、あんたのような街を守ってくれるタナカならご馳走したげるって。遠慮しなさんなよ」
「え、まじで?」
「さっき見かけた時に食べさしてやろうかって考えてたとこだったのさ。持っていきな」
とか言われて、美味そうな何かの生き物の串焼きをもらったり。
また別の屋台の前を通りかかった時に。
「あら、タナカのお兄さんじゃない?」
色とりどりの果物を山積みにした生搾りジュース屋台のお姉さんに呼び止められた。
「ええ、まあ、タナカです」
串焼きをもぐもぐやりながら足を止めた。ちょうどタレの濃い味付けのせいで何か飲み物が欲しいと思ってたとこなんだ。さっきのおばちゃんの例もあるし、ちょっと寄ってみるか。
「俺のこと知ってるの?」
「そりゃあもちろんよ! 防衛師団の異世界人、タナカって言ったら街のヒーローよ」
俺が異世界からやってきたってことまで知られてるのか。地道に頑張ってきた甲斐があったな。イングリットさん、俺、この街でやっていけそうだよ。
「どう? タナカの勇者さん。うちの自慢のフルーツジュースでもいかが?」
いいえ、勇者カナタです。と訂正するのもめんどくさくなってきたな。タナカという固有名詞がヒーロー職の俗称みたいに定着してるのか。
「美味しそうだけど、俺今日はお金持ってなかったんだよ」
「いいのいいの。私の奢りよ。タナカってよくこの通り歩いてるでしょ。また寄ってよね」
って堅い果物の殻をカップに見立てた生搾りフルーツジュースを押し付けられたり。
これは、いける。俺は確信した。これだけヒーローとして名前が売れていれば、宿の一部屋ぐらい格安で、ひょっとしたら善意の無料サービスで借りられるかもしれない。カナタではなくタナカの名前が一人歩きしてる気がしないでもないが。
俺は調子に乗って、この市場街の中でもちょっと豪華そうな宿屋兼酒場に狙いを定めた。そのしっかりとした煉瓦造りの外見だけで、俺に与えられた兵舎の部屋よりも立派なベッドがありそうって想像できる宿屋だ。
ふう、と深呼吸。こういう時こそ「強い心」を前に押し出して自信たっぷりで攻めるべきだ。勇者カナタよ、おまえは街でも絶対無敵のヒーローなんだ。
「やあ、こんにちは」
俺は宿屋のカウンターに立っていた店主へ声をかけた。
「はい、いらっしゃい」
「やあやあ。俺は勇者カナタという者なのだが、俺を知っているかな?」
「これはこれは、タナカこと勇者カナタさんじゃないですか。先程はどうもありがとうございました。で、何か忘れ物でもありましたか?」
さすがの俺でも気が付いた。屋台のおばちゃんと言い、フルーツ屋のお姉さんに、宿屋の店主まで、タナカと名乗る誰かと出会っているようだ。
俺の偽物がこの街にいるってことか。




