決断
この女の子が生きる道は三つだ。
一つは俺の奴隷になること。
これが一番簡単な方法だ。
奴隷になればこの女の子は俺の所有物となる。
生殺与奪権は俺の物になるが、当然何の問題も無く街に入れるようになる。
俺が暴力を振るわなければ娘同然の生活も出来るはずだし、暴力を振るうつもりもない。
ただし、奴隷になった経歴がこの子の人生に一生付いてまわる。
就職先や婚姻先など、この子のこれからの人生に制限が掛けられることだろう。
俺がこの子の将来を制限してよい物だろうか?
次の選択肢は養子だ。
俺の娘となることで、彼女には市民権が与えられる。
当然、就職先や婚姻先、就学先に制限の掛かることも無い。
彼女の将来を考えると一番最適と思われる。
ただ、費用と手続きが面倒で、お貴族様や大金持ちでもない俺にとって一番ハードルが高い選択肢だ。
最後に婚姻という手もある。
これが一番費用も手間も掛からない方法だ。
ただ、届け出をすればいいだけだ。
そして彼女は俺の嫁さんになる。
一生結婚相手の見つかりそうもない俺にとっても悪い選択肢じゃない。
だが、大きな問題がある。
彼女の意思だ。
出会ったばかりで大して親しいわけでもない女の子。
その女の子の意思も確認せずに、勝手に結婚する訳にもいかない。
まあ、入管局に捕まることを考えれば、彼女は首を横に振ることは無いだろう。
でも、それでいいのだろうか?
これが、彼女の幸せになるのだろうか?
それを考えると、この選択肢もあり得ない。
ここは養子以外ありえないか。
俺は女の子を養子にすることに決めた。
「養子の手続きをしてくるから、その間に女の子を綺麗にしておいてくれないか?」
「任せるさね」
おかみさんは女の子を預かることを快く引き受けてくれた。
*
俺は役所に向かい、養子の手続きを聞く。
散々タライ回しにされた挙句、やる気のなさそうな担当に辿り着いた。
「養子ですか?」
「ええ、六歳の女の子なんですが」
「養子になるのは金貨一枚の申請費と、二等市民権を得ているのが条件です」
二等市民か。
金だけを積めば済むと思ったんだけど、簡単に養子に出来るわけにはいかないみたいだな。
一般人が持てる市民権にはランクがある。
一般的な一等市民。
これはこの街で生まれ育ったものなら誰でもなれる。
センタリアの市民の八割はこの市民権だ。
そして仮市民的な二等市民。
俺も昔は二等市民だった。
村から出てきて入街申請を認められてなったのが二等市民だった。
問題を起こせば三等市民に降格で、功績が認められれば一等市民に昇格の仮市民的な位置付けだ。
俺も、勇者パーティーへの加入と功績を認められて一等市民となった。
そして最下層にあたるランクの準市民となる三等市民。
殆どが孤児院の子供たちや奴隷上がりである。
三等市民も真面目に七年間の仕事をこなして功績を認められ昇格すると二等市民になれる。
ただし、一度でも奴隷の身分となった者の場合は、一等市民に昇格することは無い。
また、些細なトラブルでも起こせば三等市民に即降格だ。
女の子は俺が保証人になって三等市民登録をするしかない。
そのあとは俺と一緒に冒険者家業。
冒険者ランクがFからCに昇格で二等市民になれ、晴れて養子になれるはずだ。
「わかりました。三等市民登録の手続きを行いたいんですが」
俺は手続きを済ませて宿屋に戻る。
既に昼時になっていた。
ママリアさんは厨房から顔を覗かせる。
「おかえりさね!」
そのママリアさんの後ろからかわいらしい声が掛かった。
「おかえりなさい!」
めっちゃ可愛い女の子が俺の胸に飛び込んできた。
え?
誰これ?
これがあの女の子?
髪は薄汚れた黄土色から綺麗な金髪に。
おまけに、汚いローブを脱いで綺麗な服を着ているので全くの別人に見える。
「ご飯をあげたので、めっちゃ懐かれたみたいさね」
おなかも満腹になったので、逃げまわっていた時の鬼気迫る勢いは消えている。
歳相応の可愛い女の子になっていた。
おかみさんが誇らしげだ。
「随分可愛くなったろう?」
頭にお団子を二個載せた髪型。
汚れて薄黒かった顔も今は真っ白だ。
「おまえ、ずいぶんと可愛くなったな」
「お前じゃないよ。ミリモだよ」
「ミリモか。いい名前だな」
「えへへ」
俺はミリモに娘になる意思があるのか確認してみることにした。
「なあ、ミリモ。俺の養子になる気はないか?」
「養子ですか?」
実は、『養子』という言葉の意味が解らないミリモであった。
でも、なんとなくいいことなのは間違いない。
そう野生の感性で察したミリモである。
「嫌か?」
「いえ、いえ、いえ! そんなことは無いです! すごくうれしいです!」
そういったミリモは嬉しそうに目を細めると、再び俺の胸に飛び込んできた。
「あまりにも信じられない言葉だったので……。私、本当は死んじゃって天国で夢でも見てるんじゃないですか?」
「じゃ、こうしてやる!」
俺は剃り残しのある髭でミリモの頬にジョリジョリしてやった。
「きゃははは! くすぐ痛いです!」
ミリモは顔を反らして嫌がる素振りを見せながら大喜びだった。
俺は三等市民の証のタグを渡してないことを思い出した。
「あっそうだ。今日からこれを付けておいてくれ」
「これはなに?」
「これを付けていればこの街の住人になれるんだ。もう入管局に追われることも無いぞ」
「ありがとう」
首から丸いタグを掛けると、まるでネックレスのようだ。
ミリモはタグをまるで宝物のように大事そうに見つめながら触っている。
「似合う?」
「すごく似合うぞ」
「えへへ」
満面の笑み。
思わず俺の顔まで綻ぶ。
勇者パーティーを追い出されたのも、このミリモと出会うために起きた神様のいたずらによる必然なんではないかと思う程に。
俺はかわいらしさ全開のミリモに今まで感じたことのない癒しを感じていた。
なんだろう?
これが心が落ち着くということなんだろうか?
これが守る者を得たという感覚なんだろうか?
勇者パーティーを追い出され生きがいを失った俺の心をミリモが埋め始める。
この笑顔をいつまでも守ってやりたい。
そんな気にさせるミリモの笑顔だった。
俺はこの子を守ると心に決意した。
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