少女の今後
少女爆死犯となることをギリギリのところで回避した俺。
「うっぎゅ~」
少女は目を回して倒れていた。
さすがに剣を盗んだとはいえ、子供をこのまま放っておいて何かあったら寝ざめが悪い。
俺は女の子を背負って宿へと戻る。
朝食と昼食の間の時間なので、食堂に食事客は誰もいない。
食堂のテーブルに女の子を座らせると、水差しからちょろっと水を頭にかける。
「ひやっ!」
水を掛けられた少女は飛び跳ねて意識を取り戻した。
「目を覚ましたか?」
「ここはどこです? 天国ですか? 私は怖いおじさんに追われて死んでしまったのですね」
「ちょっとまて!」
「ひゃっ!」
「おじさん違うわ! これでもお兄さんだわ!」
そろそろ年齢的にお兄さんと言うのが厳しい歳なのはわかっている。
でも、そこはこだわる!
あえてお兄さんだ!
少女は辺りを見回すが、状況がつかめないようで落ち着きない。
「衛兵所の牢屋ですか?」
「どこにも鉄格子はないだろ」
「そうですね」
「こんないい宿屋の食堂を牢屋と間違うのは失礼だろ」
「ごめんなさい」
衛兵所じゃないことでほっとした少女。
すぐに俺に謝った。
「ですね……。ごめんなさい……。限界までおなかが空いて……。ご飯食べたさに剣を盗んでしまいました」
気が落ち着いたのか、自分がしでかしたことの大きさに気が付きしょぼんと下を向く少女。
たしか、五日もご飯を食べてないって言ってたな。
俺の子供の頃なら一日どころか一食でも抜かしたら気が狂ってたかもしれない。
腹が減ってるなら、盗みをしてでも何か食べたくなる気持ちもわかる。
俺はママリアに頼んだ。
「すまない、この子に好きなだけ食わしてやってくれ」
「あいよ。そういうと思ってもう作っておいたよ!」
次々運ばれてくる料理。
女の子は目を丸くしていた。
パンにシチューにパスタに肉料理。
この店の人気メニューたちだ。
どれの味も俺が保証する。
「こ、これ、食べていいのですか?」
「おう、お腹が張り裂けるまで食べていいぞ」
「ありがとうなのです!」
女の子はものすごい勢いで、お皿を平らげ始める。
「なんですかこれ! すごくおいしいです!」
「腐ってるみたいな臭いにおいがしません!」
「めちゃめちゃ温かいです!」
「まるで天国です!」
かなりのハイテンションで大声で叫びながら食べまくってる。
五日間食べてないって言ってたのは本当みたいだ。
食べっぷりが普通の子供の勢いじゃなかった。
「空きっ腹にそんなに慌てて食うとお腹が痛くなるぞ」
「でも、おいしくて……手が止まりません!」
「料理は逃げないから、もっと落ち着くんだ。のどに詰まらせて吐いたらそこで食事は終わりだからな」
「えーっ! ゆ、ゆっくり食べます」
食事が食べられなくなるのが嫌なのか、やっと落ち着いて食べてくれた。
俺は馬車乗り場に荷物を置きっぱなしにしていたことを思い出して、おかみさんに女の子を頼む。
「おかみさん、ちょっとこの子を見ててくれ」
「衛兵に連絡かい?」
「えっ? 衛兵に突き出すのですか?」
おかみさんの言葉に少女が怯える。
ちなみに怯えたのは顔だけで、料理を食べる手と口は止まってない。
「そんな事はしねーよ。馬車ターミナルに置きっぱなしなってる箱を回収してくる」
「じゃあ、この子にはとってもおいしいデザートを食べさせておくよ」
「う、噂に聞く、デ、デザートですか?」
「好きなだけ食べるといいさね」
女の子は目をキラキラ輝かせていた。
これなら、俺が出払っている間に逃げることも無いだろう。
俺は大急ぎで箱の回収に向かった。
*
箱を回収して宿に戻ってみると、女の子が口にクリームを付けまくって机に突っ伏し寝ていた。
ちなみに箱は誰かが通りの隅に纏めておいてくれた。
「疲れてたのか、満腹になったら寝ちゃったね」
「いきなり、面倒ごとを持ち込んですまなかった」
「あんたと私の仲なんだから気にしなくていいさね」
おかみさんは食べたお皿を片付け、テーブルを拭きながら真顔なる。
「でも、この子、本当に面倒ごとになるかもね」
「なにかあったのか?」
「食べてる間にそれとなく探りを入れてみたんだけど、ストリートチルドレンらしいのよ」
そういって眉根を下げるおかみさん。
俺も肩をすくめる。
「五日もまともに飯を食ってないと言ってたから薄々予想はしてたんだが、たしかに面倒なことになったな」
「この子をどうするつもりだい? 入管局に渡すのかい?」
「さすがにそれは出来ないだろう」
ストリートチルドレン。
身寄りがなく、許可を得ずに街に入り込み、勝手に住んでいる子供だ。
当然、違法入街は犯罪行為。
見つかれば当然入管局に捕まる。
そして捕まった後に待ち受ける運命は悲惨の一言である。
犯罪奴隷として労働奴隷か性奴隷になり使い潰される。
暗黒の未来しかない。
「どうするさね? 孤児院に入れるかい?」
「孤児院も地獄と聞いたぞ」
孤児院もいい噂を聞かない。
入ったとしても、満足な食事が与えられず殆どが餓死すると聞いている。
運よく成人するまで生き残れたとしてももともと身寄りのない彼らだ。
学が無いのでまともな就職先も無く、鉱山労働や傭兵として生死をさまよう悲惨な未来しか待っていない。
「そうさね。あと残る選択肢は三つだね」
「奴隷か、養子か、婚姻だね」
「それしかないさね」
俺は決断を迫られることになった。