女の戦い
馬車の発着場となるターミナルにはメリッサさんと俺とミリモの他に二人の生徒がいた。
二人とも成人になったばかりで冒険者に成り立てといった感じの生徒。
一人が剣士の青年で、もう一人が僧侶の少女だ。
二人とも講習会に参加するは乗り気じゃないらしく不満を漏らしていた。
「私はタスバです。朝ギルドに行ったら、いきなりこの講習会に参加しなさいって言われたんです」
「僕はドルト。僕もそんな感じで、そこの女の人に言われて来ました」
実は、ミリモだけでは講習会とならないので、無理やり新人を参加させたメリッサであったのだ。
そんなことは知らない俺。
緊急度の高い講習なんだろうなと思っていた。
ミリモもそんな感じでいきなり参加を決められたしな。
でも、野営の講習だよな?
そんなもの、野営を二回か三回もやれば、嫌でも覚えられると思うんだけど?
野営で大きな事故でも起こったのかな?
それとも、野営とは別のところに真なる目的でもあるのか?
まあ、講習が始まってしまったので参加者でもない俺がとやかく言うことでもない。
俺も何か得られることがあるかもしれないし、メリッサさんの講義を静かに聞くことにしよう。
でも、その前に……。
馬車で移動する前にしないといけないことがあった。
食料の買い出しだ。
あまりに急な事だったので食材を全く買ってない。
たぶん、この二人の生徒も何も買ってないはずだ。
このままじゃ、野営をする時になにも食べ物が無くひもじい思いをすることは間違いない。
「すいません、ちょっと食料を仕入れてきます」
「あ、私もついて行きます」
「メリッサさんはミリモたちの面倒を見ていてください」
「あ、はい」
俺は大急ぎで食材の仕入れに向かった。
メリッサはガックリと落ち込む。
せっかくポータと二人だけで買い物に行けるチャンスと思ったのに。
もっと強引について行けば良かったのかな?
「次こそはポータさんの心をつかみ取って、彼女いや、お嫁さんにしてもらうわ!」
一人意思を固めるメリッサであったが……。
それを聞き逃さない者がいた。
ミリモだ。
ミリモはその言葉に眉をひそめた。
「もしかするとお父さんが気になってたりしてます?」
「うん、素敵な人だなと」
「それってどういう意味ですか?」
「出来れば結婚まで進めればなーと。えへへ」
「なっ! おばさんはお父さん狙いなんですね」
「うん。あと、おばさんじゃなく先生と呼んでね」
新たな恋のライバル登場に背筋が凍り付くミリモ。
そんな気持ちを知らぬメリッサはポータの娘に親しく接する。
その優しい眼差しはミリモには母親となる前提の圧倒的な優位としてしか見えなかった。
この人もお父さんのことを好きなの?
こんなスタイルがいい女と私。
どう考えても勝負にならない。
自分の大好きなお父さんが、このおばさんに奪い取られてしまう。
ミリモは目の前に恋のライバルが突如現れたことで、頭が真っ白になりそうだった。
なんとしてもこの邪魔者を阻止しないと!
そう考えたミリモ。
メリッサに正面から宣戦布告をした。
「私もお父さんが好きです」
「素敵な人だよね」
ミリモの好きを愛してるではなく、好意を持ってると理解したメリッサ。
メリッサの勘違いに感づいたミリモはすぐに言い直す。
「お父さんのことは結婚したいぐらい好きです。いや、結婚します!」
「なっ!」
突如現れた小さなライバルにメリッサは恐れ慄いた。
こんな小さい子がポータさんのことが好きなの?
しかも結婚したいと言ったよね?
聞き違いじゃないよね?
ポータさんとの恋愛に大きな障害が現れた?
今でこそスタイルは圧倒的に優位に立っているが、若さでは圧倒的に負けている。
モタモタしていたら、この子がすぐに大きくなってしまう。
そして私は歳を取り……。
女の子から少女になったら私に勝ち目は無い!
今すぐに決めないと!
「ポータさんのことは結婚したいぐらい好きです。いや、結婚します!」
「なっ!」
少女相手に戦いの火花を散らすメリッサであった。
*
馬車旅はとんでもない静寂に包まれていた。
メリッサさんも、ミリモも一言も話さない。
ミリモがいつものように俺の腕に抱き着いて座っていると、メリッサさんも俺の横に座り頭をもたれ掛けて来た。
馬車旅の中でするだろう講義はなにもない。
メリッサさん、馬車に酔ってしまったのかな?
痺れを切らしたドルトが文句を言い始めた。
「僕たちを泊まりで講習に参加させたのに、なんでなんにも教えてくれないんだよ?」
タスバも溜まっていた鬱憤を掃き出す。
「馬車の中で座ってるだけなら、依頼を受けてた方がずっといい経験になったわ!」
愛するポータと肩を合わせていられてたので、講義の事なんて綺麗さっぱり忘れていたメリッサ。
クンカクンカと、ポータの匂いを少しでも吸い込もうとしてたのは内緒だ。
慌てて雑な言い訳をする。
「【索敵】してるのよ」
「【索敵】?」
「目を閉じて心を落ち着けて野盗の気配を探していたのよ」
「その割には、ハァハァと息を荒くしてたんですが?」
「気のせいです!」
「でも、顔も赤いし、ヨダレも垂れてたし」
「気のせいです。ドルトとタスバは減点一〇点ね」
「えっ? 減点てなんだよ!?」
「講習の得点が五〇点を切ったら、冒険者資格を剥奪です」
「なによそれ!?」
「冗談だろ!?」
「本当です!」
メリッサさんはすごく厳しいな。
まあ、冒険者は遊びで出来る稼業じゃない。
常に死と隣り合わせの仕事だ。
結構長く冒険者をやっている俺だって、つい数日前にミミズやドリルラビットに殺されそうになった。
これぐらい厳しくしないとダメなんだろう。
馬車の中で大声を上げていると、馬車の外からも大声が聞こえた。
「野盗が現れたぞ!」
また野盗かよ!
最近、センタリア周辺に野盗が出まくりだろ。
騎士団、ちゃんと仕事しろ。
野盗が出たのを聞いて、メリッサさんが怒っている。
「ほら、あんたたちが騒ぐから、野盗の気配を見逃しちゃったじゃないの! これじゃ先手を打てないわ」
「ごめんなさい」
出て来た野盗は一〇人。
こちらは御者四人に、冒険者五人。
五人と言っても、戦闘力が有るのはメリッサさん一人。
あとは、ウサギにも負ける俺と、子どものミリモ、そして新人冒険者の二人。
多く見積もってもメリッサさん含めて二人分ぐらいの戦力だ。
まともに戦えば命はない。
ここは麻痺薬を投げつけて逃げるしかないかな?
【索敵】でこちらの人数が九人しかいないのに気が付いた野盗。
ボスらしい男がかなり強気に肩で風を切ってやって来た。
「命が欲しけりゃ、出すもん出しな!」
男は先頭の馬車の御者に剣を突き付ける。
御者は全員飛び降り、蜘蛛の子を散らすようにどこへともなく消えていった。
まあ、こうなるよね。
野盗は馬車の中を漁り始める。
テントやら馬車の留め具みたいなものを雑に次々路上に放り出し金目の物を漁る。
残されたのは最後尾の馬車に乗っていた俺たち五人だけ。
完全に逃げるタイミングを失ってしまった。
「お父さん、どうしよう?」
ミリモが泣きそうな顔をして俺の腕にしがみ付いて震えている。
どうしようと言われても、逃げるしかないんだけど。
でも、既に馬車を取り囲まれ、その逃げるタイミングは既に失っている。
どうすりゃいいんだよ?
俺が慌てふためいているのに、メリッサさんは落ち着き払っていた。
意外とこの人、肝が据わってる?
メリッサさんはドルトとタスバに質問をした。
「こういう場合はどうすればいいと思う?」
「逃げる!」
「私も逃げる!」
正解だな。
「不正解」
えっ違うの?
「こういう場合は先手を取って攻撃します。ただし、狙うのは襲って来た敵じゃないわ」
そうなの?
メリッサさんは弓を取り出すと、矢を番えた。
「後ろで構えている弓使い、僧侶からよ」
その瞬間矢を放つ。
連続で放たれた矢。
空気を切り裂いて、僧侶と弓使いを射抜いた。
喉に命中し、声も出さずに倒された二人の野盗。
あの距離を正確に射抜くとはすごいな。
「次はどうすればいい?」
「逃げる!」
「逃げるわ!」
「不正解」
相変わらずの二人。
俺もその答えしか思いつかなかった。
メリッサさんはミリモを試すように同じ質問をした。
「ミリモちゃんならどうする?」
「リーダーを倒します」
「正解ね」
それと同時に矢を射るメリッサさん。
突然、リーダーの胸から矢が生え倒れた。
それを見た野盗たちは大混乱だ。
「親父がやられた!」
「いったいどこから撃たれた?」
「やられるぞ、隠れろ!」
勝利を確信したメリッサさんの目が笑った。
「あとは簡単よ」
メリッサさんは馬車を飛び降りると、残りの野盗を始末。
逃げようとした二人も射抜いた。
一瞬で片が付いた。
誰一人生かさず、容赦がないな。
「相手は本気で殺しに来てるんだから、躊躇していたら逆に殺されるわ」
襲撃はあっという間に収まった。
さすが冒険者の経験のあるメリッサさん。
すごいな。
野盗が始末されたのを見て戻って来た御者さんたち。
馬車の荷物が道路にまき散らされたので、俺たちも手伝ったが積み込みに結構な時間が掛かる。
まあ荷物はぐちゃぐちゃになったけど、メリッサさんのお陰でみんな無事で良かった。
*
結局、野盗が襲って来たのはその一回だけだった。
さすがに何度も襲われたらたまらない。
日が傾き始めたので、既に野営の時間。
なんとか、予定のキャンプ場に着けたのが幸いだ。
「野営をする時、一番最初にすることはなにかわかる?」
「ご飯の仕込みかな?」
「不正解」
「また外れかよ」
地団太を踏んで悔しがるドルト。
「ミリモちゃんはわかる?」
「周囲の警戒かな?」
「正解です」
さすが賢いうちの娘。
かしこい、かわいい。
「優秀だわね。ポータさんに教えて貰ったの?」
メリッサさんは正解の手柄をミリモのものじゃなく、俺のものにしようとする。
だが、ミリモの方が一枚上手だった。
「はい!」
勝ち誇った表情をして、俺を持ち上げるミリモ。
え? 俺、なんにも教えてないけど?
「お父さんに、あんなことやこんなことも色々教えて貰いました」
「あんなことって?」
動揺しまくりのメリッサさん。
明らかに目が泳いでいる。
「ベッドの中で……。恥ずかしくて言えません!」
ちょっ!
待て!
俺、そんなこと教えてないから!
ちょっ!
ミリモ、なにを言ってるんだよ!
「ぐぬぬぬ!」
それを聞いたメリッサさん。
俺にまで聞こえるんじゃないかってぐらいの歯ぎしりをした。
なんか怖い。
話は戻るけど、野営地に着いたら安全の確保が必要。
勇者パーティーに入ってる頃はバッダスの担当だった。
でも、ここはキャンプ地なので管理人がいる。
当然、管理人が安全の確保をしているので、周囲の警戒は要らない。
一応、念のために俺は【索敵】を使う。
特に敵らしい敵はいなかった。
キャンプ場のおっちゃん、ちゃんと仕事してるな。
テントの設営を始めたけど、商隊の御者のテントが盗賊騒動で柱が折れ、壊されていた。
メリッサさんの持って来た訓練用のテントは御者さんたちに貸し出し。
代わりに俺のテントを出す。
俺のテントを見て、こんな大きなものがアイテムボックスから出てくるとは思っていなかったのかみんな驚いていた。
「これどう見ても小屋じゃない?」
メリッサさんは驚きのあまり目を丸くしている。
「お父さんはすごいのです」
「お兄さんすごい!」
「おっちゃんスゲー!」
おいドルト、俺をおっちゃんと呼ぶな。
これでもギリギリお兄さんで通用する歳なんだぞ。
「おい、少年。お兄さんをおっちゃんと呼んだ君は外で寝たいんだな」
「なんでだよ!」
その後、必死に謝ったので小屋の中で寝かせてやることにした。
俺が出した小屋は二つ。
一つはメリッサさんと、ドルトとタスバ用。
もう一つは俺とミリモで使うことにした。
したんだが。
なぜかメリッサさんがこっちの小屋に入って来た。
「私はこっちで寝るわ」
「こっちって?」
「ポータさんの小屋です」
「いや、こっちのベッドは一つしかないんですが?」
このベッドは勇者パーティーに在籍していた時、お偉いさんが査察で同行するときにだけ使っていた小屋だ。
だからキングサイズのベッドが一つだけ。
なので、同じベッドでメリッサさんに寝て貰うのはさすがにためらう。
ミリモはメリッサさんが入って来るのを立ちふさがった。
「おばさんはこっちじゃないです。あっちです。お帰り下さい」
でも、メリッサさんはミリモと恋のバトル中なので引かない。
なんとか今夜中に既成事実を作り決着をつけようと計画していた。
「向こうの二人はなんだかいい関係になってしまったみたいで……。今夜は二人だけの熱い夜にしてあげようかなと……」
「なっ!」
もちろん、メリッサさんの嘘である。
そこら辺の事情に疎い俺とミリモはなにも言えない。
俺とミリモは仕方なく、メリッサさんを小屋に泊めることにした。
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