トモダチのままで
「彼氏と別れた」
そんな電話が入ったのは、深夜2時。
こんな時間に電話をかけてくる馬鹿はあいつしかいない。
気持ちよく寝ているところを起こされて、多少イラついたが、その言葉を聞いて冷静になった。
「そっか」
私はそれだけ言って黙った。
後は、あいつが好きにしゃべるのを聞いていた。
あいつも混乱しているようで言っていることは支離滅裂で、あまり理解出来なかった。
ただ「遊んでただけ」「ガキは騙しやすい」そう言われた、と。
「ユキ、今日はもう寝な」
一通り話を終えたあたりで私はそう言った。
電話の相手、ユキは静かにうん、と鼻を啜りながら答えて、どちらともなく電話を切った。
後、二時間は寝れる。
スマホの目覚ましの動作を確認してから私は毛布を頭から被った。
朝学校に行くと、白い顔したユキがいた。
ユキは自分の席で誰としゃべるわけでもなく、窓の外を眺めていた。
「来たんだ、学校」
私がそう純粋な感想を述べると、ユキはすぐ顔を私の方に向け、少し口を尖らせて、
「家に居たら溶けちゃいそうで。それに春花に会いたかったし」
と、弱々しく笑った。
本当にいなくなってしまいそうな危うさをユキから感じた。
私はユキの目線に合わせるようにしゃがみこんで、ユキと目を合わせた。
それから、
「今日、泊まりに行っていい?」
と言った。
ユキはにっこり笑っていいよ、と言った。
今日は金曜日だからゆったり出来るだろうな。
すぐに担任が教室に入って来て、私も自分の席に座った。
それからいつも通り昼ごはんを食べて、女の子同士のイケメンがどうなのこうなのな話をして、くだらない話で笑って、時折ユキに目を向けると、他の友達と話していた。
きっと向こうもくだらない話。
放課後、私とユキは一緒にユキの家に向かっていた。
ユキの家は私達が通う高校から電車で20分の所にある。
家の最寄り駅に着くと、ユキは私の手を優しく握った。
私はユキの手が冷たい気がして、握り返した。
夕ご飯の材料を買うために寄ったスーパーでも私達は手を繋いだままだった。
駅からそれほど歩くことなく着く場所にユキの家はある。
おしゃれなマンションだ、と来るたびに思う。
部屋は相変わらず綺麗で、でも人の気配がない。
私達はお腹が減っていたので早速ご飯を二人で作ることにした。
定番のカレーだ。
多分明日の朝もカレー。
楽だし、美味しいから、私が泊まる時はいつもそうだ。
私達は黙々と作業した。
お互い料理はし慣れているので手際は良い。
作り終えたカレーを再び黙々と食べる。
ユキとの沈黙はつらくない。
心地よいとさえ思う。
「あのさ、」
食後、私が食器洗いを終える、水道の水を止めたと同時に、ユキはそう呟いた。
私は手をふき、先にソファーで寛いでいたユキの隣に座った。
「あのさ、多分…、あの人のことそんなに好きじゃなかった気がする」
昨日の続きの言葉。
強がりのように言ったユキ。
でも、私は強がりの嘘だとは思わなかった。
「多分じゃない。絶対、…愛してたわけじゃない」
ユキはポロポロと涙を零した。
本心が涙とともに溢れ出したように見えた。
私も悲しかった。
一緒に泣いた。
ユキは、寂しいのだ。
また依存する相手がいなくなったから、寂しいから泣いているのだ、と思った。
「大丈夫だよ」
私はそう何度も繰り返しながら、ユキを抱きしめることしか出来なかった。
しばらく私達は抱き合ったままでじっとしていた。
ユキがもぞもぞと動き出し、突然立ち上がった。
「トイレ!」
何故か走るようにリビングから消えた。
帰ってきたユキは少し気まずそうな顔をしたが、顔を洗ってきたようでさっきよりすっきりしたような顔をしていた。
「もうしばらくは恋人とかいらないや」
ユキはそうつぶやいた。
恋人が途切れたことがないようなやつのセリフとは思えない。
今回の別れは相当堪えたようだ。
だから思わず聞いてしまった。
「ユキは彼氏さんと一緒に居て、幸せだった?」
すぐに失敗したな、と思った。
「幸せだったよ。優しかったし、言えばそばに居てくれた」
予想に反してユキははっきりとそう言った。
少し安心したが、ユキの瞳が切なげに揺れて、なんだか胸が痛かった。
だからふと思った言葉を口にした。
「私、ユキに幸せでいて欲しいな」
と。
思わず日ごろから思っていることがポロリと出てしまった。
ユキはなにも言わない。
少しの沈黙の後、ユキは小さく息を吸って、低い声で
「なにそれ」
と呟いた。
今度こそ、失敗したな、と思った。
ユキの動く気配がしたが、なんだか怖くてユキを見ることができなかった。
私は慌てて次の言葉を探しながら気配だけでユキを探る。
「春花、こっちむいて」
さっきとは真逆の優しい声でユキが私を呼ぶ。
誘われるがままに振り向いて、ユキと目が合う。
ユキは嬉しそうな笑みを浮かべていた。
突然の変化に驚き身体を引いてしまうが、すぐにユキは慣れた手つきで私の頭に手を添え、そっと自分の方へと引き寄せた。
唇が合わさって、私は目を閉じることができなかった。
ユキの瞳を見ていかったから。
一瞬でも見逃したくなくて、ただユキの何かが見えるような気がして、私はユキに引き込まれていた。
離れた途端、心臓が痛いくらいに早くなって、それと同時に不安になった。
「私達変わらないよね?」
「変わらないよ」
私の不安にユキはすぐにそう答えた。
「じゃあなんでキス、したの?私達、友達だよね?」
「友達だよ。変わらないって言ったじゃん」
ユキはあきれたように私の問いかけを笑った。
私も笑おうと思ったけど笑えなかった。
ユキがすぐに笑みを消したから。
-でもね春花、分かってる?俺、男だよ。
多分、ユキはそう言った。