8.盲点
炎とかあいまいなイメージを使ったからダメなんだ。万が一当たっても平気なやつをそーっと出すことにしよう。
少しずつ慣らしていって、威力のある攻撃魔法を使えるようになればいいのだ。いいのだよ。
カッコよくダミー人形をにらんでいてなんだけど……しばらくアレは狙わない。
行くぜ! ザ・ワールドおおお。
『石ころ、そーっと出てきて!』
俺の念に応じて、石ころが……。
「ま、待てえ。痛い、痛いってええ」
空から石礫が降ってきたあ!
魔法よ……そっちがそのつもりなら、俺も本気を出すしかないようだな。
――水鉄砲が俺の顔に襲い掛かる!
「つ、つううう。なんという嫌らしい攻撃だ……全て鼻にアタックしてくるとはなあ……」
俺は鼻から喉に流れてくる水に眉をしかめながらも、ニヒルな笑みを浮かべゆらりと立ち上がる。
うん、水鉄砲の勢いに尻餅をついちゃったんだ。
まだまだあああ。俺はまだ終わらんよ。
――つららが頭上から襲い掛かってくるうう。
なんという見事なつらら、キラキラと太陽の光に反射した薄青色の円錐には気泡の一つも見当たらない。
う、美しい。あの尖端……一点の曇りなく突き刺さりそうだ……
ってトリップしている場合じゃねえ。
刺さるうう。
「全く……何してるの?」
頭を抱えてしゃがみ込む俺へミオがあきれたように呟いた。
「あれ、つらら?」
「蒸発させたよ?」
「え? ま、魔法?」
「使い方を知っていたら誰だって使えるんだよ?」
な、何だってー!
よく見てみると、ミオの手のひらから蒸気が上がっているじゃあないか。
高熱か何かの魔法でつららを消し飛ばしたんだろうか……。
「ち、ちなみに、ミオ……練習したの?」
「練習? 何の練習かな?」
「魔法だよお。魔法に決まっているじゃないか!」
「さきほど初めて使いましたが?」
急に素の口調に戻って、冷たい視線を向けられてしまった。
そ、その蔑むような視線は癖になりそうで怖いが、今はそんなことを考えている場合じゃねえ。
ミオは逝った……「さきほど初めて(魔法を)使った」と。
つまり、普通は魔法の使い方を知っていればこれくらいなら容易いこと? ええええ。
「ミオ……もう帰るよ……」
「かしこまりました」
ミオが右手を左右に振るうと、服がメイド服に切り替わる。
彼女は両手でスカートの裾をつまみ上げると優雅に礼を行った。
◆◆◆
「ああああああああ……」
「コーヒーをお持ちしました」
自分の余りの才能の無さにへこみきった俺は、テーブルの上に突っ伏していた。
そこへミオが暖かいコーヒーを机の上に置いてくれる。
「どうされました?」
ミオはきょとんとぶしつけに聞いてくた。
見たら分かるだろお。魔法がまるで使えなくて倒れ伏しているのだ。
「はああ……」
「良一様、どなたにも得手不得手はございます」
「そ、そうだな……」
うん、誰にだってできることとできないことがある。
仕事だってそうだ。出来ないことはすっぱりとあきらめて、貢献できる部分で補っていけばいいんだよ!
何も得るものがないと思っていた魔法練習だけど、案外実社会の教訓になりそうだ。
「次は別の手を考えるよ。ありがとう、ミオ」
「またのご来店をお待ちしております。次は再来週ですか?」
「ん、来週また来るよ」
ミオの視線がメニューに向かっているけど……何だろう。
俺はメニューを手に取り、彼女の目を見るとコクリと頷きを返すのでメニューを開いてみる。
いつもと同じに見えるけどなあ。
「裏です。良一様」
ほう。
え、えええ。
百ポイントも減っているんだけど! どういうこと?
「私と良一様の二人分です」
「さ、先に言ってくれよおお」
ミオの言っていることはもっともなんだけど、ポイントを消費するのは俺だけだと思っていた……ひゃ、百時間か……。
くうう、これではおいそれとミオを同行させることはできないな……次はラッキースケベを暴発する設定にしてやろうとか思っていたのにい。
縋るようにミオを見やるが、彼女は口元だけに笑みを浮かべて佇むばかり。
ぐうう、何かやり返してやらないと気が済まないぞ。我ながら小さい男だと思いつつも、俺は一計を案じる。
ふふふ。これで行くか。
「ミオ、あっちの世界では演技をしていたの?」
「……設定です。良一様がそうされたんじゃないですか」
おお、表情が少し動いた。ミオは拗ねたように少し頬を膨らませた。
普段無表情だから、こういう仕草を見るととんでもなく可愛いと思える。もう少し見たいなあと思った俺はさらに切り込むことに……。
「たまにいつもの口調に戻っていたけど?」
「そ、それは……良一様が危うくなったからです」
「ふううん」
「……何か?」
「いや、何も……」
何か言いたそうな顔で俺をじーっと見つめてくるミオは、肩が僅かに震えていて良い! 良いぞ。
「でも、ミオ、いつもと違って快活な感じも可愛かったよ」
「良一様……あまり調子に乗りますと……つららが落ちますよ?」
「え? ここは魔法の世界じゃないよね? ちょ、待って、行かないで……」
ミオはプイっと踵を返すと、俺の声に答えようともせずカウンターへと引っ込んで行く。
「またのご来店、お待ちしております」
ミオはカウンターの前で立ち止まりと、クルリと振り返り凍てつくような視線を向けてそう言ったのだった……。
怖いって……。