天然? さくらって、何者?
闇社会の支配者を失ったエルカーンファミリーの縄張りに進出して来たのは、エルカーンを滅ぼしたベルッチファミリーと、やはりこの地域と隣接した縄張りを持つガンビーナファミリーだった。
圧倒的な力を持つヒューマノイド。
その存在をまだ隠したいベルッチはガンビーナとの戦いは生身のソルジャーに任せていた。
ヒューマノイドの戦いでは、一気にエルカーンファミリーを滅ぼしたが、生身の人間同士では、すぐに決着がつく訳もなく、ガンビーナとの抗争に、エルカーンの時と同じように、コミッションが乗り出して来た。
我らのボスは、前回コミッションの提案を受け入れた手前、その前に姿を現わしにくいと言って、ロベルトさんに代理で向かうよう指示した。
と言う訳で、今、コミッションの中でコルレオーネファミリーに次ぐ力を持つコッポラファミリーの屋敷の一部屋の中に、ロベルトさんと俺は立っている。さくらもだ。
その部屋の片側には窓があるのだが、黒っぽい木で壁ができている事と、部屋が広く、窓から差し込む光が十分奥まで届かないため、薄暗い雰囲気の部屋。そこに配置されているテーブルや本棚などの重厚感が、コミッションたちのオーラと相まって、俺たちに最初から無言の圧力をかけていると言っていいだろう。
「さて、エルカーンを襲撃したのは、君たちファミリーに相違ないな。
我らの仲裁に従わぬと言う事でいいかな」
向こうは最初から確信を突いて来た。
前回はその圧力に屈したボスだったが、ヒューマノイドを手に入れた今、屈する気は無いらしく、ロベルトさんに出した指示は、場合によっては決裂していいと言うものだった。コミッションとの決裂とは、このマフィアの世界で全面戦争を意味するが、ボスはそれだけの覚悟があると言う事だ。
「ひけらかすつもりはありませんが、ばれているなら仕方ありませんね。
その通りです」
ロベルトさんが言った。
「目の前を邪魔する者は、力で処分すると言ったはずだが」
初老だが眼光鋭い男が言った。
「力で決するとおっしゃられるのなら、こちらも力で応えてみせるしかありませんな」
険悪な雰囲気に、この部屋の中にいるコミッション側のソルジャーたちも殺気立ち、いきなり銃を抜いてかまえた。
この世界に来て、今まではそれなりにワルの世界の経験だったが、ここのところ完全に凶悪犯罪の世界に漬かってしまった。しかも、今回は自分たちがリアルに命を狙われる側だ。
「まぁ、まぁ」
初老の男の右側に座るロベルトさんくらいの年の男の言葉に、一気に殺気立っていたソルジャーたちの殺気が削がれ、銃口も少し下を向いた。
「聞いた話では、エルカーンを滅ぼしたのは女のソルジャーだったとか。
ここに三人だけで乗り込んできて、我々に喧嘩を売るような発言をすると言う事は、それでも命は失わないと言う自信があっての事と見たがどうかね?」
その男は、そう言うとさくらに目を向けた。
「当たり前でしょ!」
目を向けられたからと言って、喋らなくていいものを、なぜだかさくらは威勢よく答えたかと思うと、コミッションのリーダーたちが居並ぶテーブルをドンと叩いた。
銃口を向けられていると言うのに、怯む様子もない。なぜだ!
そう思った時、一つの不安が脳裏をよぎった。
眼鏡してねぇぇぇ。もしかして、銃を向けられているのを気づいていないんじゃないのか?
「その女のソルジャーは君かね?」
今度は何も答えずににんまりとしたほほえみだけを返したさくらに、コミッションのリーダーたちが少し動揺している風だ。
向こうの立場に立って見れば、今のさくらの行動の不気味さが分かる気がする。銃を向けられているにも関わらず、生きて帰る自信ありと微笑んでいるのだ。しかも、エルカーンファミリーを女のソルジャーが滅ぼしたと知っている相手にとってみれば、それがさくらと考えてもおかしくはない。
「コルレオーネ。ここはとりあえず、帰ってもらおうじゃないか。
ベルッチファミリーの考えは分かった訳だし、後の事は我々で話し合おうじゃないか」
どうやら、最初に俺たちを恫喝したのが、コルレオーネファミリーのボスらしい。コルレオーネは態度を明確にしていないが、その男の言葉に、他のボスたちは頷き賛同の意を示している。
誤解だが、エルカーンファミリーを壊滅するほど力を持つ者を相手に、この部屋にいるソルジャーだけで勝てると言う確信を持っていないのだろう。
「今日のところは下がりなさい。
決定は後日伝える事にする」
コルレオーネ以外のボスの賛意を確認した男はそう言いながら、手で下がれと俺たちに合図をした。
とりあえず、命は確保された訳だ。相手の気が変わらない内に、その場を離れたい俺だが、ロベルトさんはゆったりと構えて、その場を後にし始めた。余裕を見せる事で、自分たちに力があると思わせたいのだろう。
コッポラファミリーの屋敷を出て、待たせていたロベルトさんの配下が運転する車に乗り込んた俺は、大きくため息をついた。
「助かったな」
ロベルトさんのその言葉からも、俺と近い思いらしいと言うのに、さくらは普段と変わりなく、いきなりヘッドフォンを耳につけた。
「おいおい、何を考えているんだよ!」
「何が?」
「銃口を向けられている相手に、よくあんな事言えたよな!」
「銃口? いつ」
「さっきだよ、さっき」
「えぇぇぇぇ!」
大きな驚きの声が、車内に轟いた。
「お前、眼鏡なしで見えてなかったとか言うんじゃないだろうな」
「見えてなかった!」
迷いなく、きっぱりと言い切った。
「なんで眼鏡してないんだよ」
「だって、コミッションのボスとかと会うんでしょ。
だったら、少しでもかわいく見られた方がいいかなって」
そう言って、少し小首を傾げる眼鏡を外したさくらは、いつもと雰囲気が少し違っていて、きゅんとなりそうだ。
「でも、銃口向けられてたの?
怖いよぅぅぅ」
そう言って、狭い車内で、突然さくらが抱き着いて来た。
「今更怖がってどうするんだよ!
それになんで、あそこで口を挟んだんだよ!」
「だって、生きて帰る自信あるのかって言うから、二人がきっと私を守ってくれる訳でしょ?」
「はぁ?」
「でもまあ、そのおかげで助かった訳だし」
ちょっとお怒り気味の俺に対し、ロベルトさんは冷静だ。
「ところで、ヘッドフォンで何を聞いているんだ?」
ロベルトさんが言った。確かにさくらはよくヘッドフォンで音楽か何かを聴いているみたいだが、何も今、ここで聞かなくてもいいだろ!
「盗聴器の音声だよ」
さくらは俺から離れると、にこりとした顔でとんでもない事を言った。
「どこに仕掛けた盗聴器なんだ?」
「さっきの部屋」
「いつ?」
「いつ?」
さくらの予想外の答えに、俺とロベルトさんの言葉が重なった。
「テーブルをドン! と叩いた時にテーブルの裏側に」
さくらって、何者?
そんな思いで、ロベルトさんと俺は目を点にしながら、見つめ合っていると、ヘッドフォンの片側を差し出してきた。
「聞かないの?」
「聞かせてくれ!」
そう言うと、ロベルトさんはさくらが差し出したヘッドフォンの片側を受け取り、自分の耳に差し込んだ。




