暗いトンネルの先
ベルッチファミリーの壊滅、ヒューマノイドの壊滅。
レイさんや俺、そして原の目的が達せられた場に現れたさくらは、いつもの雰囲気とは違っていた。
背後に従える男たちの圧力と言うより、いつもの天然かと思わせる言動からは想像できない堂々とした態度と表情に、気圧されていまう。
「さて、本題に入りましょうか」
俺たちのいる場所まで降りて来たさくらが言った。
背後にいた男たちはさくらの周囲に展開し、手にした銃口を俺たちに向けている。
「原さん。
私たちと一緒に来てもらいますよ」
さくらの目的は原らしい。
「お前、何者なんだ?」
「本当に同級生だと思っていたの?
まあ、確かにさくらって子は同級生にいたんだけどね」
「偽名?」
「そうよ。
ヒューマノイド技術の第一人者が行方不明になるって事は、世界的にも影響があることなの。で、探ってみたら、この国のマフィアに拉致されてるじゃない。
救出するために、あなたの同級生と偽って近づいたって訳。
ちなみに、私の本当の名前は教えてあげない」
「だったら、どうしてすぐに助けなかった」
「思った以上に開発が進みそうだったから、完成した後でその技術も奪えばいいと思ったまでよ。
でも、想像以上にできあがったヒューマノイドは手ごわくてね。力技は一先ずやめて、まずは残骸回収しようかと思ったんだけど、これも失敗続き」
「ロレンツォ教会にやって来た不法移民を出せとか言う警察や、お前を人質にしてセレンの残骸を奪おうとしたのは、全てお前たちの仕業だったのか?」
「そうよ。
でも、私の素性、気づいていたんでしょ?
原さん」
「ああ。
君があすかの正体に気づいていたようにね。
で、断ると言ったら、どうする?」
「あら。断れるのかしら。
ベルッチに人質としてとられたあなたの娘さん、美紀さんの身柄、どうなってもいいのかしら?」
ついさっきまで、この男の正体が原だとは知らなかったため、美紀の事はすっかり忘れていたが、どうやら娘も生きているらしい。と言うか、死んでいたなら、この男がレイさんに協力する訳もないだろう。
「何か忘れていないか?」
原はさくらの言葉にたじろいだ様子もない。
「何?」
原の言葉の意味が分からないらしく、さくらは怪訝な表情を浮かべているが、俺もその意味が分からない。
「もうそろそろいい頃だろう。
私も同じ手は食わないよ。ばかじゃないからね」
どんな手を使ったのかは分からないが、意味は分かった。娘の美紀を人質にはさらせないと言う事だ。同じく意味が分かったさくらが、スマホを手にどこかに電話をかけ始めた。
緊張した顔つきが緩まないところから言って、その相手が電話に出ないらしい。
「何をしたの?」
まだ電話がつながる事を諦めていないのか、さくらは耳にスマホを当てたまま、原にたずねた。
「いやあ、一人いないだろ?」
原の言葉に俺も気づいた。あすかの事だ。さっき、トンネルで奥に向かうあすかとすれ違っている。
トンネルの奥、セキュリティルーム側の地上部分はベルッチの屋敷の残骸に覆われていて、出口は無いと思っていたが、どうやら出口があって、そこからあすかは外に出て、美紀を救ったと言うことだろう。
あすかは今までに見せた事はなかったが、あのヒューマノイドの移動力をもってすれば、ある程度離れた場所に美紀が匿われていたとしても、救出に時間は要さないだろう。
「まさか」
そうさくらか言い終えた時、あすかがトンネルの中から姿を現わした。
「変装、解かれたんですね。
美紀ちゃんは奥に連れてきました」
トンネルから現れるなり、あすかはそう言った。
「と言う事だ。
力で私にヒューマノイドを開発させようなんて、マフィアとやる事が同じじゃないですか。まあ、この世界、力が正義なんでしょうけど」
原が言い終えた時、あすかはさくらの周辺の男たちをなぎ倒し、さくらのこめかみに銃口を向けていた。
「銃を捨てなさい!
あなたたちの上官の命が無いわよ」
「私にかまわないで」
さくらは銃口を向けられながらも、気丈だった。自分のこめかみに銃を向けているのが、敵を殺す事に躊躇しないヒューマノイドだと言うのに。
「早くっ!」
しかし、あすかの凄味に負けたのか、男たちは銃を床に置くと、原がトンネルに向かって、ゆっくりと下がり始めた。
それに気づいたレイさんも後退し始めた。
さくらを人質にとったまま、あすかもトンネルを目指す。
俺たちがじりじりと下がっていく様子を男たちは、何もできず見送っている。
俺たちがトンネルに入ると、トンネル内の照明が点いた。セキュリティルームで誰かが操作しているらしい。
それに続いて、トンネルの入り口をふさぐドアがスライドし始めた。
不法移民を探すと言う口実で、以前にモニカの残骸を探しに来た警官たちの侵入を防ぐために使われたあれだ。
あの時、さくらは警官たちを奥に誘うかのような素振りを見せていたが、今となってはそれも納得だ。あの時、こちら側に来ることを妨げたドアが、今度は仲間たちとの間を引き裂いていく。一瞬駆け寄るかのような素振りを見せた男たちだったが、すぐに立ち止まった。
ドアが閉じられると、俺達はセキュリティルームを目指した。
トンネルの出口。そこに近づいた時、あすかがトンネルの奥にさくらを突き飛ばした。
「じゃあね」
トンネルの中のさくらを残して、こちら側も閉じられた。
「どうするんだ?」
「すぐに地上から、あの子の仲間がやって来るでしょ。
そうすればすぐに助かるわよ」
「君はどうするんだ?」
「原さんたちは?」
「私は美紀とあすかを連れて、ここを出る。
誰も知らない出口がある」
「その後は?」
「しばらくはこの国で身を潜めるしかないだろうな。
日本に帰ろうとすれば、居場所を明かしてしまうことになる」
マフィアに憧れ、ここにやって来た。
非日常な生活は緊迫感があり、特にここのところは生死を賭けるような事も経験し、生きると言う事を感じた気がする。
だけど、ここは犯罪者の集団でしかなかった。
今が引き際だ。
レイさんと行動を共にするのではなく、原と共にして、世界を変えるほどの何かをしたい。今はそう思っている。
「一緒に行きます。
連れて行ってください。
そして、原さんの技術を教えてください。
あすかのようなヒューマノイドを作りたいんだ」
「そう言えば、最初に会った時、私の胸を見てたよね?
自分で私のコピー作って、胸触るの?」
「だ、だ、誰が!
この世の中をいい方に変えたいんだよ。俺の力で」
あすかに向かってそう言い終えると、原に視線を移した。
「ちょっと人工知能、おかしくないですかっ!」
「私はこう言うキャラが好きなんだけどね」
真面目そうな男の裏には、こんな趣味が隠されていたのか!
「急ぎましょう」
生産性の無い会話を交わしている俺たちに、レイさんが言った。
普段開いたままだったロレンツォ教会とつながるトンネルと違い、壁を模倣した扉で常時閉じられていたドアが開くと、その先に細いトンネルが姿を現わした。
ドアを閉じるスイッチはトンネルの中にもあった。
それをトンネル側で原が操作すると、ヒューマノイド開発室とつながるドアがゆっくりと閉じられた。
薄暗くて狭い、ストレスを感じる空間が、長く続く。
その先には明るい空間があるようだが、その全容は見えやしない。
それはまるで人生のような気がした。
自分自身を押し殺す長い雌伏の時期、そして見えないがその先に広がる明るい世界。
さて、俺のその世界ってどんななんだろう?
平穏な日常を捨てた以上、必ず輝いてやる。
原の背を見ながら、俺はそう決意した。
--完--
まずはじめに。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。
そして、評価にブックマークを入れてくださった方々、ありがとうございました。
完結できましたのも、皆様のおかげです。
実は私、この前作、結構好きなんです(検索対象外にしてましたけど、復活させました)。
なので、グロ好きですか? と言われた前作をマイルドにしてみたんですけど、いかがでしたでしょうか?
感想などいただければうれしいです。
どうも、最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。




