決戦のとき
コルレオーネの動きは素早かった。すでにオッタビアとクラウディアを除き、ベルッチファミリーの構成員を壊滅させた中、クラウディア暗殺に失敗した以上、クラウディアによる反撃がすぐに始まる事を恐れたと言える。
俺たちがロレンツォ教会にたどり着いた時、その周辺はすでに警察車両に包囲されていた。
「また、警察を使っているのか?」
レイさんがクラクションを鳴らしながら、警官たちの背後から突っ込んで行くと、警官たちは二つに割れて進路を開けた。
警官たちの壁を抜け、レイさんが教会の前に車を止めると、警官たちが駆け寄って来た。
「お前たち、何者だ」
「車から、降りろ」
最初は威勢が良かったが、レイさんがドアを開けて降りると、警官たちは顔を引き攣らせて、一歩下がった。
「レイさんでしたか」
「裏で糸を引いているのは誰だ?」
「それは……」
「それは私だよ。何か問題があるのかね?」
レイさんへの答えに戸惑う警官に代わって、背後から別の声がした。
そこにいたのは、オッタビアとホテルの前で別れたばかりのはずのコルレオーネのボスだった。
「君たちにも答えてもらおうか。
レーザー銃は他にもあるんだろう?」
「そんな話なら、警察を使わずに、中に入りましょう」
レイさんはそう言うと教会の扉を目指し始めた。
教会の扉の前に立つ警官たちも、俺達を引き留めようと言う素振りを見せない。その一番の理由はきっと、俺達の後についてきているコルレオーネのボスに違いない。誰が、この国でこの男に逆らう勇気を持っているだろうか。
ギッ、ギッ、ギー。
開いた扉の向こう。聖堂の中は、十人ほどの警官があすかとサングラスの神父を取り囲んでいた。
「いいか。もう一度言うぞ。
あの危険な武器はまだあるのか?
どこから入手した?」
「うるさいなぁ。
しつこいと、あんたたち死ぬよ」
あすかが取り囲んでいる警官たちに向かって言った。今日のあすかは凄味がある。理由は簡単だ。どうやら、オッタビアの屋敷を襲撃して返って来たばかりらしく、身につけているセーラー服には血がこびりついたままで、その顔にも返り血が……。
いかにも、人を殺して来た。それも多くの。と言う状態だが、だれも彼女を連行しようとはしていない。きっと、誰もが自分の命の方が大切なんだろう。
「まあまあ。
私の話を聞いてくださいよ」
コルレオーネのボスが穏やかな口調で、そう言いながらあすかたちに近寄って行った。
「コルレオーネファミリーのボス自ら、お出ましですか」
サングラスの神父が言った。
「私はオッタビアの女ソルジャーを葬りたいのだ。
そのためには、あのレーザー銃が必要なんだよ。
君たちはこれまでにも、ベルッチの女ソルジャーを倒してきている。
それを我々の手でもやりたい。それだけだ」
「なぜ、それをあなたたちの手でやりたいのですか?」
「君たちだけを危ない目にあわせるわけにはいかない。
そう言う事だ」
「いや、我々だけがその力を持つことを恐れているんだろ?」
レイさんの言葉に、コルレオーネのボスは不機嫌そうな表情を浮かべ、黙り込んだ。
一瞬静かになった聖堂の中に、扉が開く音が響いた。
「オッタビアがやって来ました」
開いた扉の向こうからは、銃撃音が聞こえてくる。
扉を開けて現れた警官の言葉に、聖堂の中は一気に緊張感が走った。
すでに教会の外では、コルレオーネのソルジャーたちとクラウディアの戦いが始まっているのかも知れない。ここにコルレオーネが連れて来たソルジャーの数などたかが知れているに違いない。とすれば、クラウディアが瞬殺して終わってしまうだろう。
その予想は的中した。
「ここで何をしている!」
外にいる警官たちが制止したのか、しなかったのかは分からないが、オッタビアがクラウディアを連れて、聖堂の中に現れた。
「ほぉ。警察だけではなく、珍しい顔が見えるな」
コルレオーネのボスを見逃さなかったオッタビアが言った。
「つい先日とは打って変わって、聖堂内が荒れているじゃないか」
セレンの残骸を奪取しに来た者たちと争った痕が、壁に刻み込まれているが、その争いはオッタビアに報告していない。
「俺たちが目を離している間に、勝手な事をしていたようだな。
コルレオーネ、あんたもこれをここで手に入れたそうじゃないか」
オッタビアはそう言うと、さっき奪ったばかりのレーザー銃を構えて、コルレオーネの足元に向けてレーザーを放った。
薄っすらとした軌跡の先、コルレオーネから1mほど離れた床から白い煙が立ち上った。
「ま、ま、待て」
さすがのコルレオーネも恐怖からか声が上ずっている。
押され気味のコルレオーネに巻き込まれるのを恐れたのか、警官たちは我先に聖堂の出口を目指し始めた。
ふと気づくと、警官たちだけじゃない。あすかやサングラスの神父ばかりか、レイさんの姿も見えなくなっていた。
あまりのヤバさに地下かどこかに隠れたに違いない。
出遅れ感を抱きながら、じりじり後ずさりして、聖堂から続く廊下の入り口を目指す。
「一緒にそれを手に入れようではないか」
「コルレオーネ、知っているんだろ?
それではこのクラウディアを倒せなかった事を。
だったら、こんなもの私が欲しがる訳ないじゃないか」
そう言うと、オッタビアは手にしていたレーザー銃をコルレオーネの足元に投げ捨てた。
このままでは死を迎える可能性が高い。それより、目の前のレーザー銃でオッタビアたちを先に倒す事を考えたらしいコルレオーネは、そのレーザー銃を急いで拾い上げようとした。
俺が見たのは、そこまでだった。
聖堂から廊下に飛び込むと、一気に地下を目指した。
懸念はあった。
ベルッチの屋敷の地下とつながるトンネルが、封鎖されているのではないか?
たが、他に選択肢は無かった。
まだ十分な清掃が進んでいなかった地下は、腐臭と血の腐ったような臭いが満ちていて、壁や床には血痕と飛び散った肉片がまだこびりついていた。
時々足の裏に伝わって来るぐにゅっとした感触は、そんな肉片であり、固い感触は骨片である。
幸い封鎖されていなかったトンネルの向こうを目指すと、セキュリティルームにレイさんたちの姿があった。
モニタでオッタビアたちの動向を確認するレイさんとサングラスの神父に対し、ピストルを手にトンネルの入り口に向かうあすか。
「来るぞ!」
レイさんが言った。
モニタには、地下に続く階段を降りようとするクラウディアの姿が映し出されていた。
「切るぞ!」
サングラスの神父がそう言った次の瞬間、辺りはモニタの光を残し、真っ暗となった。
「なんで、照明を切ったんです?」
「ヒューマノイドの情報処理能力は高い。それがために速く動く事ができる。
が、その元となる視覚情報の更新が遅ければ、情報処理速度も、それに足を引っ張られる。
暗い環境では、ヒューマノイドの撮像デバイスはその更新速度が格段に遅くなるんだ」
サングラスの神父が言った。
これがヒューマノイドを倒すための条件の一つらしい。
確かにあすかはいつも暗い場所でヒューマノイドを倒して来た。
「そんな事を知っているあんたって、何者?」
俺の問いかけに、サングラスの神父は答えず、ずっと暗視カメラに切り替えたモニタ画面に目を向けていた。




