エルカーンファミリー壊滅
数多のソルジャーたちを葬りながら、アーシアがたどり着いたボスの部屋の中は、もぬけの殻だった。
だが、アーシアは何の迷いもなく、ボスのものと思われる重厚な机の背後の棚の前に移動したかと思うと、その棚に手をかけた。映像に映る血にまみれたアーシアの腕。ソルジャーたちの真っ赤な血が、アーシアの手からツツーッと伝い流れ落ちていく生々しさに、俺は少し背筋に冷たいものを感じずにはいられない。
その血みどろの手で棚に手をかけ、ずらし始めると、その先には細く、暗い、下に向かう階段が現れた。
アーシアが暗く細い階段に足を踏み入れると、モニタに映し出される映像に変化があった。
鮮やかな色彩に溢れていた映像から、色彩が失われ、ノイズっぽく解像度の粗いものに変わった。
どうやら、あまりの暗さのため、可視光の撮像素子から、赤外の撮像素子に切り替わったらしい。
アーシアはどこかからか赤外光を発光しているのか、暗闇の階段の中の映像も取得できている。
しばらく、階段の映像だけが映し出されていたが、やがて、鋼鉄で造られた扉が現れた。
何か大切なものを守る扉。そんな風であり、その向こうにエルカーンのボスがいると予感させた。
ドゴォーン!
アーシアが鋼鉄の扉を殴りつけた音が響いた。
アーシアに殴られた部分に若干のへこみが映ってはいるが、大きなダメージを与えられていない。
アーシアの視点が、鋼鉄の扉の取っ手部分に移動したのか、モニタに扉の取っ手部分が表示され、そのまま鍵穴がズームアップされた。
次に表示されたのはアーシアの手だった。
左手で右の手首を掴んだかと思うと、右手首を引き抜いた。
その手首の無い右腕が鍵穴に向けられると同時に、モニタの右側に新たなメッセージが表示された。
レーザーシステム起動。
パワー100%接続。
その瞬間、映像が落ちた。
「なにかあったのか?」
「右腕のレーザー銃を起動するには、かなりのエネルギーが必要なため、急速にエネルギーを送り込むため、他の部分に供給しているアーシアのエネルギーの大半を遮断し、レーザー兵器に回します。
その間、大半の機能が停止するのです」
原がボスに答え終えた時、モニタには再び映像が表示された。そこには、暗闇の中に映える眩いばかりの光が映し出されていた。
レーザーのエネルギーに耐えきれず、鋼鉄の扉の鍵穴部分が火花を散らし、溶解してく。
レーザーの照射を終えると、アーシアは取り外していた腕を戻し、扉をゆっくりと引いた。
ギ、ギ、ギー。
引かれた扉がゆっくりと重い音をたてながら、開いて行く。
バリ、バリ、バリ。
扉の向こう側から銃撃が開始された。
銃撃の激しい火花が、暗闇の中の銃弾が音を立て、壁を破壊していく様が離散的に浮かび上がらせる。
飛び散る壁の構造物がアーシアにも激しくぶつかっていると思われるが、アーシアは行動を起こさないでいる。
やがて、扉の向こう側からの銃撃がおさまった。
赤外を使うアーシアには、光のある世界だが、生の人間にとって、ここは真の暗闇の世界。人間の目には何も映ることはない。
アーシアが懐から銃を取り出し、そっと扉の中に突き出してみせた。
何の反応も無い。
おそらく、扉の中の人間が暗視スコープを装着しているか試しているのだろう。
アーシアがその銃を部屋の中に向けて、トリガーを引いた。
バキューン!
暗闇に小さな火花が咲くと、それに応えるかのように、マシンガンが火を噴いた。
バリ、バリ、バリ。
どうやら中の者、あるいは者たちは何も見えていないらしい。
銃撃が止んだ隙を突き、アーシアが扉の中に飛び込んだ。
扉の中は狭く、和室風に言えば六畳ほどの広さで、その片隅でマシンガンを構えている男が一人。
モニタの右側に「エルカーン」と男の名が表示された。その男がエルカーンファミリーのボスらしい。
あっという間に、その男は数多の銃弾を体中に受け、死に絶えて行った。
至近距離での激しい銃撃だけに、その肉体の損壊は激しく、色彩豊かで解像度の高い映像だったなら、目を背けずにいられなかったに違いないが、解像度が粗く、色彩の無い赤外画像だったのが、幸いだった。
エルカーンファミリーの壊滅を世間に知らしめるため、アーシアはこの後、屋敷に火を放ってから、立ち去った。
「原君。
どうだね。素晴らしい成果だ」
映像が終わると、ボスが満面の笑みで原に言った。
「そうですね」
そう答えたものの、原の顔はやはり引きつっていた。
「凄かったね」
原と違い、さくらは平和そうな顔で言った。この映像の意味を理解していないとしか思えない。
「とにかくだ、アーシア一人で大きな規模ではないとは言え、マフィアのファミリーを一つ壊滅させた訳だ。これは大したものだ」
嬉しそうに語るボスのそれは子供が欲しかったおもちゃを貰った時のような喜び方だった。
「これなら、特に直すようなものは無さそうだな。
残りの三体も起動しようではないか」
ボスはそう言い、オッタビア、サンドロ、チェーザレの三人に、やれ!と顔で合図を送った。
三人が頷き、原が現れた地下に通じるエレベータの中に消えて行った。
こんな恐るべきヒューマノイドがまだ三体あるらしかった。