二体のヒューマノイド
セルジオを使い、あすかがレーザー銃と言う武器を有している事を世に知らしめた事に、自分たちは関与していないかの如く、コルレオーネはその話には触れず、ただカタラーニからベルッチのところに救援要請が出る日時だけを知らせて来た。その時、コルレオーネのソルジャーたちがカタラーニを攻めるふりをし、ベルッチの援軍をおびき寄せるので、そこを叩けと暗に言っているのだ。
連携する事を決めている以上、そこに向かうのは当然だが、俺的には釈然としない。
そんな事を考えながら、その目的のため、カタラーニの支配域に向かう車の中、俺は流れる景色をぼんやりと見つめている。
「ヒューマノイドは出てきますかね?」
ハンドルを握るレイさんが言った。
「きっと、カタラーニはオッタビアにあすかも現れたと付け加えるだろうね」
サングラスの神父が言ったが、俺も同じ考えだ。
コルレオーネはあすかとヒューマノイドを潰し合わせたいはずだ。
「クラウディアとセレン、二体同時に来たらどうするんだ?」
オッタビアなら、戦力を一気に投入し、損害を最小限に抑えるに違いない。その懸念を率直にぶつけてみた。
「その可能性もあるが、行ってみるしかないだろ」
サングラスの神父は平然と言った。それはあすかをかなり危険な目に遭わす可能性があると言うを考えていないかのようだ。
窓から見える行きかう車も少なくなり始めた。マフィアたちが時折暴れまわる地域をあえて通る車なんていないに決まっている。その光景が、カタラーニの支配域に近づいている事と、カタラーニが自らの支配域を守れていない事を物語っている。
さらに進むと町のいたる所に銃撃の痕が目立つようになってきた。
建物の中にも、もはや人は住んでいないかも知れない。窓の割れたガラスを放置している建物なんかは、絶対に人はいないはずだ。
力無きマフィアの下で暮らしていただけで、平和な生活が破壊されてしまったのだ。
「チェーザレだ」
道路わきに停車している一台の車を抜き去りながら、レイさんが言った。
後ろを振り向き、リアウインドウの向こうで小さくなっていく一台の車に目を向けた。
反射するガラスでその姿を確認できなかったが、そこにチェーザレがいるなら、セレンも来ている可能性が高い。
「見ろ!」
レイさんが指さす先では、すでにコルレオーネのソルジャーたちが暴れまわっている。
車から降り、銃を乱射するでもなく、棒のようなものを振り回してガラスを破壊して回っている。
チェーザレの視界にも入っているだろうが、何ら行動を起こしていないと言う事は、彼の標的はコルレオーネのソルジャーたちではないと言う事だ。
「あすか!」
サングラスの神父が言った。チェーザレたちの標的はそのあすかに違いない。
「行きます」
サングラスの神父もあすかもその事を理解しているはずだが、迷いはないらしい。
レイさんはすぐには車を止めず、交差点で左折したところで停車した。
無言でドアを開けると、あすかはマシンガンを手に車を降りた。
手にしたマシンガンを背に背負うあすかの姿を見届けると、レイさんは車をUターンさせ、さっきの通りに戻り始めた。
通りに戻ったあすかが、コルレオーネのソルジャーたちに近づいて行く。
今から始まるのは、所詮は三文芝居。
近づくあすかに気づいたソルジャーたちが、彼女にゆっくりと近づいて行く。
あすかもゆっくりと近づきながら、背に背負ったマシンガンを手に、その銃口をソルジャーたちに向けた。
お互い、近づきつつも、近づき過ぎない。
攻撃しつつも、傷つけない。
そんな三文芝居を、ベルッチのソルジャーたちが参戦してくるまで続ける。
そんなはずだったが、事態は急変した。
あすかに向かっていたソルジャーたちの姿が一気に消えた。
代わって、彼らが歩いていた歩道沿いの壁を真っ赤な鮮血と肉片が汚していた。
そして、彼らに代わって、あすかの前に立っていたのは、セレンだ。
冷酷無比な戦闘用ヒューマノイド。
たった今、ほんの一瞬で何人ものソルジャーたちを葬ったと言うのに、顔色一つ変えていない。そして、無表情であすかの前に立っている。
ヒューマノイドとあすかの実戦を目の前で見るのは初めてだ。
瞬きもせず、二人を見つめる。
戦いの火ぶたを切ったのはあすかだった。
マシンガンをセレンに向けて、ぶっ放した。
数多のソルジャーたちが放つマシンガンの銃弾の雨でさえ、かいくぐる能力を持つヒューマノイドだ。彼女一人の銃弾なんて、無いに等しい事は分かってはいた。
彼女がトリガを引いた次の瞬間には、瞬間移動とも言えるほどの驚異的な移動速度で、セレンはあすかの横に立っていた。
無表情のままセレンがあすかに殴りかかった。と言っても、殴る瞬間を人間の視力で捉える事はできやしない。殴り終えたセレンの伸びきった腕を捉えるのがやっとだ。
伸びきったセレンの腕の先にいたはずのあすかは間一髪でかわしたらしく、セレンに背を向け、駈け出していた。
自分の能力に対する自信なのか、ヒューマノイドがそう言うものなのかは分からないが、すぐにあすかを追わず、ゆっくりと顔を向け、あすかの後ろ姿を見つめたかと思うと、姿を消した。
「どうする気なんだ?」
「セレンを倒せる場所におびき寄せているんだ」
セレンと戦おうとせず、背を向けて逃げるかのようなあすかの動きに疑問を抱いた俺の言葉に、サングラスの神父が答えた。
「そんな場所があるのか?」
その質問にはサングラスの神父は答えなかった。
二人の速度にはやはり雲泥の差があった。
あすかの目の前に一瞬の内に移動したセレンが、あすかに蹴りを放っていた。
ゴン!
その蹴りはあすかではなく、道路標識に命中し、鈍い音と共に真っ二つに折れ、道路に飛んで行った。
一方のあすかはと言うと、後方に飛びのいて蹴りをかわしたのか、セレンとの距離を広げた位置で立っていた。
セレンはゆっくりとあすかに顔を向けたかと思うと、再び姿を消し、あすかの背後に姿を現わした。が、背後を取ろうとしたのなら、あすかの背に向いているはずだと言うのに、あすかに背を向けていた。
かわされたセレンが、立ち止まったかのようだ。
「クラウディアだ!」
さすがのセレンも容易にあすかを倒す事はできないらしい。そう感じた時、レイさんが言った。
あすかに背を向けていたセレンが、あすかに向き直り、彼女の背後を狙う。
そして、そのあすかの正面には、新たにクラウディアが姿を現わしていた。
二体のヒューマノイドに挟み撃ち状態のあすか。
「どうするんだっ!
俺が言ったとおりになったじゃないか!」
「引き揚げよう」
「彼女はどうするんだ!」
「大丈夫だ」
サングラスの神父が言った。
大丈夫な訳がない。そんな思いで、あすかに目を向けた時、殴り合ったと思われるセレンとクラウディアの腕が互いに交差するかのように伸びていた。
そこにいたに違いないあすかは、二人の攻撃をかわすためなんだろう、身を少しかがめていた。そして、彼女の動きは素早かった。二体のヒューマノイドに背を向け、再び駆け出していた。
彼女の足はそれなりに速い。が、瞬間移動的な能力を持つヒューマノイドとは雲泥の差だ。
「大丈夫な訳ないだろ。
放っておけないだろ」
俺の言葉は虚しく、レイさんは黙ったままアクセルを踏み込み、車をUターンさせると、あすかたちの戦いの場から、一気に遠ざかって行った。




