新たな訪問者
夜だと言うのに、突然ロレンツォ教会にやって来たスーツ姿の男。
警官たちを率いたスーツ姿の男に地下まで踏み込まれた直後だけに、警戒感を抱かずにはいられないが、番人の男はそんな気配を微塵も見せず、いつも通りの表情と口調でスーツ姿の男に言った。
「どうしました? 何かお困りですか?」
そう言いながらも、番人はやって来た男の素性を確かめようと、その顔を凝視しているはずだ。
「本日、こちらにお世話になったカテリーナの親戚の者です。お礼に伺いました」
意外な人物の登場だった。そんな律儀な者がこの国にいたなんて。
「お礼ですか? そのような事は主に申し上げてください」
番人は本物の神父かと思うような事を返した。きっと、この男もここがただの教会でない事くらい知っているはずなのに。だとしたら、もしかすると、後で礼を吹っ掛けられるのではと言う懸念から、その礼を探りに来ているのかもしれない。
「では、ルチアーナを助けてくださった娘さんにお会いする事はできますか?」
男がそう言い終えた時、俺の横を通り過ぎ、セーラー服姿のさくらが聖堂に出て行った。
今、ここでそんな姿で現れたら、話がややこしくなるだろ!
そんな思いも知らず、さくらは聖堂の中を平然と進んで行く。
「おお、あなたがそうですね?」
きっと、アジア人のセーラー服を着た少女と言う点で、そう思ったに違いない。新聞の写真にあすかの容姿が写ってはいても、同じに見えているに違いない。
「いや」
俺がそう言ってさくらの後を追った時には、すでにさくらは男の目の前に立っていて、にこりと微笑みながら、右手を差し出していた。
「ありがとうございました」
「いや、その子は違う」
完全に誤解して、にこやかに握手を交わしている男の前まで進み出て、俺は言った。
「では、その子は?」
「会えない」
「なぜですか?」
「直接お礼を申し上げたいからですが、いけませんか?」
「それには及びませんよ。そのお気持ちだけで十分です」
男の言葉に返したのは、これまた奥から現れたサングラスの神父だった。
「そうですか」
男はサングラスの神父をじっと見つめながら、残念そうに言った。
「私の顔に何か?」
凝視されている事に気づいたサングラスの神父が言った。
「いえ。夜にもサングラスと言うのが、気になりましたもので」
男の言葉に、俺も心の中で頷いていまった。そうなのだ。この神父、ずっと濃いサングラスをしている。昼間の直射日光下なら、神父と言えど、理解できるが、室内や夜でもしているのだ。
「目を患い、明るさに弱いものでね」
サングラスの神父が答えたのは、俺も初めて知る話だった。
「そうでしたか。
ところで、失礼ですが、少しおうかがいしても、よろしいでしょうか?
なぜ、見も知らぬ私たちを助けてくださったのですか?
あのような危険を冒してまで。
成功したからいいようなものの、女の子一人で乗りこませるとは、あまりにも危険、いや無謀ではなかったのでしょうか?
もしも結果が悪い方向に行っていたらと考えると、私は胸が痛みます」
「神に救いを請いに来た方々をお救いするは、我々の務め。気になさらなくて、結構です。
しかも、あの子は強い。そう簡単に負けはしませんよ」
「それでは逆に、その娘さんに多くのマフィアを殺させてしまった。
そのような事までさせてしまった事を悔やんでもおります」
「それは必要な事だったんでしょう。
相手は何ら罪のない人ではありません。
神の意志を妨げる者は排除も致し方ありますまい」
サングラスの神父の口調は、自信に満ちていて、悪人を殺すのは問題ないと言っているかのようで、神父服の姿には似つかない。
薄暗い聖堂の中、サングラスの神父が男の方に歩き始めた。
「そう思いませんか?」
男の目の前まで近づくと、男を見つめながらそう言った。
聖堂の薄暗い空間に響く、低いトーンの声。そんなサングラスの神父に気圧されたのか、それほど暑くもないと言うのに、額から噴き出した汗を手で拭いながら、サングラスの神父から一歩引き下がって、少し震え気味の口調で言った。
「わ、分かりました。
最後にもう一つ、教えてください。
ルチアーナを救いだして下さった時、その娘さんがもう一人の女性を伴っていたとうかがいました。
その女性も救出されたのですか?」
「知りませんな。そんな女性は」
モニカの事だと知っていながら、サングラスの神父は即否定した。
男は少し不満気な表情だったが、ここで厄介事を起こしても分が無いと理解したのか、一礼するとそそくさと逃げるように引き揚げて行った。
「今の男、ガンビーナファミリーの関係者のようだ」
男がドアの向こうに消えてすぐ、そう言ったのは奥から現れたレイさんだった。
「何のために?」
「だとすると、あすかがここに本当にいるのかどうか確かめたかったのだろうな」
俺の疑問に答えたのは、サングラスの神父だった。
「確かめて、どうするんだ?」
「そこまでは分からんな」
「あすかちゃんがここにいる事が信じられなかったみたい。
だって、ベルッチファミリーと戦っている女の子が、ロレンツォ教会にいるなんて変でしょ。
それと、完全に敵に回ったのかどうかを探りたかったみたいなんだけど」
「やけに詳しいな」
そう言い終えた時、彼女が相変わらずヘッドフォンをしている事に気づいた。
「どこを盗聴している?」
「さっきの男の人の会話」
これまたとんでもない事を平然と言った。
「いつ仕掛けた?」
レイさんがさくらに言ったが、そう思ったのはみんなだ。
「さっき、近寄った時に」
マジで、この盗聴器マニアはヤバ過ぎるじゃないか。
人知れず、仕掛けられた盗聴器で、何を聞かれているやら。




