オッタビア登場
ベルッチファミリーの屋敷と秘密のトンネルでつながるロレンツォ教会。そこに不法移民の女性を探していると言って押し寄せて来た警官たち。
マフィアとつながりのある教会とあって、遠慮気味の警官たちとは違い、彼らを率いるスーツ姿の男は臆した様子もなく、ずかずかとまるでここの間取りを知っているかのように地下室まで進んできた。
が、普段はベルッチファミリーの屋敷の下に設けられた旧ヒューマノイド開発室につながるトンネルは、壁に塞がれてしまっていた。
地下にある閉ざされた空間にひしめく警官たちのざわつきを目にしながら、俺はトンネルがあるであろう部分の壁に目を向けていた。
他の壁と同じ、少し古めかしいレンガで造られた壁。どうやら、ここにはこう言うトンネルを塞ぐ仕掛けがあったらしい。
さくらの挙動不審な態度からの推測なのか、その壁の先に空間があると元々知っているのか分からないが、行くに行けずその壁の前で戸惑う仕草をしているさくらを押しのけ、スーツ姿の男がその壁の前まで進み出たかと思うと、その壁をどんどんと叩き始めた。
「厚いな。
だが、この先に空間があるはずだ」
やはり、この男はこの先にトンネルがあると知っているとしか思えない。
「ここを崩すぞ。
道具を借りてこい!」
マフィアと関係のある建物の中に踏み込んだだけでも、大したものだが、そこを壊すとまで言っているのだから、スーツ姿の男はかなり本気らしい。
彼はその先に不法移民がわんさかと潜んでいるとでも思っているのだろうか?
「しかし、これ以上の事は」
一方の警官たちは怖気づいている。そんな事をして、後で報復を受ける事を心配しているのだろう。
それこそが、この国の警官たちの正しい姿だ。
「俺の命令が聞けないのか!」
スーツ姿の男が一喝すると、警官たちに緊張が走った。彼の命令を聞くべきか、聞かざるべきかお互い顔を見合わせて、迷っている。
「早くしろ!」
さらなる一喝が警官たちの心を決めさせたらしい。目の前には無いマフィアの恐ろしさより、目の前の力に屈した警官たちが、地上を目指し始めた。
「いい加減にしろ!」
階段を駆け上って来る警官たちに一喝してみたが、顔が売れていない俺では何の効力も無かった。駆け上がる警官たちは、俺を押しのけ地上に駆けあがって行く。
「止めないか!」
もみくちゃにされながら叫んでみても、俺にお構いなしに階段を駆け上がって行く。
数人の警官と、スーツ姿の男。そして、さくらを残して、みんなが地上に姿を消した。
「さくら、こっちに来い」
「はぁい」
状況を理解しているのか、いないのか分からないが、恐怖感を抱いていなさそうな顔で、階段を駆け上がって来た。まあ、その方が幸せなんだが。
スーツ姿の男は、さくらにも俺にもマジで興味が無いらしく、さくらが俺の下に向かうのも、俺たちが二人で地下を離れるのも、止める素振りすら見せてはいない。
ロレンツォ教会の危機は去ってはいないが、とりあえず俺たち二人の身は安全らしい。
階段を駆け上がり出た一階の聖堂内に警官たちの姿は無かった。
警官たちの様子を確かめるためと、一旦教会から離れるため、聖堂を抜け、教会の扉を開けた。
その先の道に広がる警官たち。地下の壁を破壊する道具を取に向かったはずだと言うのに、彼らは道に広がったままで、何もしていない。
「我々も困っているんです」
「逆らう事なんてしません」
警官たちが口にしている言葉の意味は分かった。
警官たちの先にいたのは、クラウディアを従えたオッタビアだった。
「地下の壁を壊すなど、させわせぬわ。
そもそも勝手に我が教会に踏み込むなど、俺が許す訳などあるまい。
誰が命じた。
この手で裁きを加えてやるわ!」
「少なくとも署長は命令に従っていますので、さらに上の方かと」
「分かった。ともかく、ここで指揮をしておるその男、見せしめにしてやろうではないか」
当然と言えば、当然だが、オッタビアはかなりお怒り気味だ。
こんな感情が荒れている時に、見つかる訳にはいかない。
「行くぞ」
さくらの手を握り、教会の扉から外に出ると、近くの建物の壁の隙間に身を潜めた。
そして、すぐにクラウディアがスーツ姿の男を連れて、教会から出て来たかと思うと、その男を道に投げ捨てた。
「ぐぐっ」
どうやら、すでにかなりのダメージをクラウディアに与えられているらしく、道に横たわったまま、立ちあがる事すらできないでいる。
「どこの者だ」
オッタビアが見下ろしながら言った。
「お前たちも知らんのか?」
答えない男の代わりに、オッタビアがその答えを警官たちに求めた。
警官たちはお互い顔を見合わせているだけで、答えようとしない。
「知っているのか、知らんのか?」
「知りません。
我々の署の者ではありません」
警官の中の一人が答えると、警官たちは頷き合っている。
「警察のかなり上の者か?」
道に横たわる男はもちろん、警官たちも答えようとしていない。
「そもそも、お前たちが探している不法移民の女とは誰だ?」
オッタビアが質問を変えたが、男は答えようとしていない。
「それも知らんのか?」
警官たちを一喝したが、顔を横に振って知らない事を仕草で訴えている。
「もういい。
答えぬ者に用は無い。
見せしめに始末しろ」
オッタビアがクラウディアにそう命じると、横たわる男の首をクラウディアが踏みつけた。そもそも驚異的な力を持つヒューマノイドである。人間の細く、か弱い首なんかクラウディアの一踏みで圧壊した。
男は悲鳴を上げる事もなく、血しぶきが吹きだす音だけを出して、この世から消え去った。
男の血で真っ赤に染まるクラウディアの足。もう見慣れた光景だが、顔色一つ変え、男を見下ろしている。
「フリオ。中を確認して来い」
どうやら、オッタビアの力で解放させていたらしい、番人がオッタビアの命令で教会の中に消えて行くと、集まっていた警官たちは、自分たちに火の粉が飛んでくるのを避けようと、静かに撤退し始めた。
そして、フリオは地下に残っていたらしい警官たち数人を引き連れて、戻って来てた。
「もう中には、警官たちはいません。
後片付けは、やっておきます」
番人としては、レイさんやその部下が見つかるのを避けるため、オッタビアを中に入れたくはないのだろう。
「分かった。
何かあったら、すぐに連絡するんだ」
「はい」
「連絡は俺にだぞ」
オッタビアはそう付け加えると、クラウディアを連れて車の中に姿を消した。
マフィアを恐れる警官たちに、マフィアの拠点を捜索させるほどの権力を使った者は誰なのか、彼らが探す不法移民の女性とはだれなのかと言う謎と、スーツ姿の男の死体だけを残して、警官たちはロレンツォ教会周辺から消え去って行った。




