遭遇 モニカ!
俺達がその店に到着したのは陽もすでに傾き始めていた頃だった。夜に賑わう店が多いようで、オレンジ色に染まった通りを行きかう人はまばらにしかいなかった。
レイさんが車を目的の店を少し通り過ぎた所で止めた。
「ちょっと待ってくれ」
停車と同時に、出て行こうとするあすかを止めた。
「どうして?
私と一緒に並んでいたいの?」
確かに俺は、後部座席で横に並んで座っているが、なんでそう言う発言になるのだ?
そんな不満はとりあえず、顔に出さないで、理由を説明する。
「すでにこの辺りの監視カメラは、制御可能だ。
そして、この店にもネットにつながる監視カメラが設置されている」
「それを使ってルチアーナがいるかどうか確かめるって事ね?」
「ああ」
そう答えながらも、もう俺の視線は手元のタブレットの画面に移っている。
この店のカメラの多くは通路に設けられていて、部屋の中を見る事はできない。
通りに面した地下へ下りる階段から店の入り口を映しているカメラ。
その内部の女性たちで溢れるホールを映し出しているカメラ。
開店前のホールは、華麗なドレスを身に纏った女性達で溢れている。
ルチアーナをその中に探すが、見当たらない。
さらに奥にある細い通路。
通路に沿って並ぶいくつもの部屋のドアを映し出しているが、その部屋の中を確かめる事はできない。
「そんなに遅いんなら、直接行った方が早いじゃない」
監視カメラの画像を俺が確認している時間が、待てないらしい。あすかはそう言い終えると、制止する間もなく、ドアを開けて車外に出て行った。
あすかかが地下の店につながる階段に姿を消した。
店の入り口の監視カメラに映し出されていた異国の夜の店に似つかないセーラー服姿の少女の姿が、ドアの中に消えると、店の中に入った彼女に男二人が、近寄って来た。
監視カメラのマイクを入れると、タブレットのスピーカーからホールの喧騒が聞こえて来た。
多くの人々が活動するざわめき、女性達の声。
それ混じって、野太い男の声がした。
「おい! お前は何だ?」
男の脅すような声にも、当然だがあすかは全くたじろいだ風も無く、プリントアウトしてきたルチアーナの写真を男に見せた。
「この人を探しています。
名はルチアーナで、ここに連れてこられたはずです」
「ああ? 知らんな。こんな女」
「そうですか。では、私が中を探してみます」
あすかはそう言い終えると、ホールから続く細い通路を目指し始めた。
「待て」
男が怒声をあげ、あすかの肩を掴みかけたが、隣にいた別の男がその男の肩を持って、引き留めた。
「待て」
男はあすかを引き留めるのを諦め、自分を制止した男に顔を向けた。
「こいつは上玉だ。奥に入って行ったところで、引っぺがせばいいんだよ。
これも、商品にするんだ。奥に行けば、逃げられない。
そうなればこっちのもんだ」
その言葉に、あすかを引き留めようとした男も納得顔で頷いた。おそらく、彼女がこの店を後にする時、この二人はもうこの世にはいなくなっているだろう。
元々相手は悪人だと言う事と、こんな事もかなり慣れて来たからだろうか、二人が間もなく殺されるであろうと言う未来予測に、俺の心は何も感じなくなり始めていた。
さっき車内で最後に見た細い通路を映し出す監視カメラに、あすかの姿が映った。
この通路に沿って設けられている部屋は、かなりプライベートなのか、それとも映し出せない用途に使われているのか分からないが、部屋の中を映し出す監視カメラは確認できていない。ただ、通路に設けられた監視カメラのマイクが拾っている音の中には、女性たちの声が聞こえているところから言って、この通路の部屋にも何人かの女性がいる事は確かだ。
そんな部屋のドアを開けては、一部屋ずつ中を確認しているあすかの姿が映っている。
開けては閉めて、次の部屋に移っているところから言って、まだルチアーナを見つけ出せていないのだろう。
いくつめかの部屋を開けたあすかが、部屋の中に姿を消した。
どうやら、ルチアーナを発見したに違いない。
「な、な、何だ、お前は?」
スピーカーから周囲のノイズに紛れ、男の怒声が聞こえて来た。
中の男とあすかがもめているのだろう。と言っても、彼女の戦闘能力から言って、心配は不要だ。それを改めて確認できるような醜い男の悲鳴が続いた。
「ぎゃーっ」
部屋の中の様子はうかがい知ることはできないが、きっと彼女の攻撃を受けたに違いない。
そして、続いたのは女性の悲鳴。
「きゃあー」
一人で逃げようとしているのか、部屋からルチアーナが飛び出して来た。
が、通路にはあすかの後を少し離れて追って来ていたあの二人の男が立っていた。
ルチアーナが、その男たちにつかまり、羽交い絞めにされた。
「きゃあー、いやぁー」
ルチアーナが上げた悲鳴に、部屋の中からあすかが飛び出して来た時、男たちの一人がルチアーナの服を引き裂いていた。
「お譲ちゃん、あんたも引っぺがしてあげるよ。
そして、可愛がってあげるよ。ここから逃げられなくなるようにね」
男たちはそう言って、いやらしい笑い声を上げ、男の一人がゆっくりといやらしい笑みと手つきで彼女に迫って行った。
この男の命もあと数秒か。そう思った時、バックミラーに目を向けながら、レイさんが叫んだ。
「こんなタイミングで、サンドロの者たちがやって来た」
リアウインドウ越しに、あの店の前に停車した車から、マシンガンを構えて飛び出して行く男たちの姿を見た。
男たちが次々と地下に続く階段に姿を消していく。
店の中の様子を知ろうと、タブレットに映し出されている監視カメラの映像に目を向けた。
さっきあすかに近づいていた男の姿はない。いや、正確には通路に突っ伏している人が映し出されているところから言って、それがさっきの男であって、すでに彼女に倒されたんだろう。そして、ルチアーナを捕えている男の顔面目掛け、彼女の拳が飛んだ。
その男はルチアーナをしっかりと捕まえていたらしく、あすかの攻撃でルチアーナは男と共に後方に吹き飛んで行った。
あすかの攻撃を直接受けた男が立ち上がらないのは予想通りだが、自分を捕まえていた男が動かないと言うのに、ルチアーナも動く気配が無い。
どうやら、気を失っているらしい。
ちょっと心配になった時、店内に響く警報音が、タブレットのスピーカーから流れて来た。サンドロたちの襲撃が始まったんだろう。
「モニカだ」
今まさに、店内で銃撃戦が始まろうかと言う時、運転席のレイさんがふり返り、男たちの車の方を指さしながら叫んだ。
視線を向けると、車から降りたモニカが地下に続く階段に姿を消して行った。




