助けを求める母
「困った事になりましたねぇ」
明るい日差しが差し込む聖堂の中、新聞を広げていたレイさんが言った。
その言葉に、聖堂の中にいた俺やサングラスの神父が、レイさんに視線を向けた。
「これですよ」
自分に視線が集まっている事に気づいたレイさんが、俺たちに見えるよう新聞の一面を向けた。
そこには、黒煙を上げている車と、ひび割れ、一部が砕け、真っ赤な血に染まったフロントガラスの車を背景にピストルを構えるあすかの姿の写真が大きく載っていた。
あの時の戦闘の様子をセルジオがおさめた写真に間違いない。
ご丁寧に大々的に書かれているタイトルは、「ベルッチファミリーを狩る謎の少女」となっている。彼女の敵、俺達の敵は確かにベルッチファミリーだが、彼女は別にベルッチファミリーだけを狩っている訳じゃない。
「どうして、ベルッチと強調してるんでしょうか?」
「だって、ガンビーナはベルッチに手を焼いているんでしょ?」
俺の問いをどこかで聞いていたらしい、さくらが出て来てしごく真っ当な事を言った。
「つまり、ベルッチとあすかを戦わせたいと言う事か」
「それは望むところだが、三体のヒューマノイドが連携して襲い掛かってこられては、手の打ちようが無くなってしまう」
サングラスの神父が苦々し気に行った時、聖堂のスピーカーから音声が流れた。
「女性が一人、向かって来ています」
セキュリティルームからの警告だ。
教会と言う形態を装いつつも、ここがベルッチファミリーと関りが深い場所であると言う事は公然となっている。それだけに、ここを訪れる一般人は滅多にいない。
「身を隠すぞ」
そう言うと、番人の男を残し、俺たちは聖堂から奥の部屋につながる廊下に姿を隠し、聖堂内の様子をうかがった。
間もなくして、扉が突然開いた。
「すみません。すみません。誰かいますか?」
その中年と見受けられる女性は、ここが普通の教会ではないと知ってはいるらしく、中に踏み込むだけの勇気がないのか、開いたドアから顔だけを入れて、呼びかけた。
「どうしました?」
番人の男が答えた。
白い顎鬚に神父服、胸の辺りで金色に輝くクロス。しかも穏やかな口調。
マフィアのファミリーの者には見えないその風体に、その女性は安心したのか、扉を全開し、聖堂の中に入って来た。
「娘を、娘のルチアーナを助けてください」
「はて? どう言うことですか?
娘さんに何かあったのですか?」
「借金のかたに、マフィアに連れて行かれたのです。このままでは売りものになって、客を取らされてしまいます」
俺の国でも、ドラマなんかでよく聞く話だ。もっとも、そんな事が実際に起きているのかどうかは知らないが。
「マフィアですか? それはここではなく、警察に行かれるべきでは?」
「警察はマフィアと関わりたくないんです」
そうなのだ。この国では、警察はマフィアとは関わらないのだ。
「なので、警察にここを紹介されたんです」
そう言うと、その女性はさっき俺達が見ていた新聞を差し出して、これまでの経緯を話し始めた。
彼女の名はカテリーナと言い、娘の名はルチアーナ。借金のかたに彼女の娘を連れ去ったのは、ガンビーナファミリーだった。
娘を取り返してもらおうと、警察署に乗り込んだカテリーナに、対応に当たったテオと言う警官に、この新聞記事と共に、この教会の場所を教えられたらしい。
そのテオと言う名前には聞き覚えがあった。ベルッチの屋敷が焼け落ちたあの日、この教会周辺に出張って来ていて、あすかに声をかけた警官だ。その警官は、カテリーナを厄介払いするために、ここに彼女を送り込んできたに違いない。しかも、こう言ったらしい。
「ここで、警察にいくら言っても対応する可能性は0%だ。理由も目的も分からないが、その女はベルッチファミリーだけでなく、あちこちでマフィアを狩っている。その女なら、0.1%、いや1%はあるかも知れない。どっちを選ぶかな?」
「なるほど。そう言うことですか。
これは困りましたですねぇ」
番人は少し困惑した顔をカテリーナに向けた後、俺達が身を隠している聖堂の奥に顔を向けて言った。
「聞こえていましたか? いかがいたします?」
番人の言葉に、反応したのはサングラスの神父だった。
「聞こえていましたよ」
俺の横を通り過ぎ、聖堂に姿を現わすと、後を追うようにあすかも俺の横を通り過ぎて、聖堂に向かった。
「あすか、やってくれるか?」
サングラスの神父が、自分の後を追って現れたあすかに言った。
「はい。問題ありません」
あすかの答えを確認すると、サングラスの神父がカテリーナに向き直り、質問を始めた。
「その娘さん、ルチアーナさんでしたかな。その子の写真か何かはありますか?
そして、連れ去った相手と、連れ去られた場所は分かりますか?」
サングラスの神父の質問に、カテリーナはおもむろにスマホを取り出し、画像データを検索し始めた。
「これです。これが娘のルチアーナです。
早くしないと、娘はガンビーナファミリーのクラブで男の相手をさせられてしまいます」
サングラスの神父は、涙目で訴えるカテリーナからスマホを受け取ると、あすかに手渡した。
「この娘さんがルチアーナさんだそうだ。
この子を救いだすんだ」
サングラスの神父の言葉に、静かにあすかが頷いた。
また今日も何人かのマフィアの命が失われる事になりそうだった。




