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ヒューマノイド アーシア

 ベルッチの屋敷は少し小高い丘の上にあった。その広い敷地には木々と花が植えられており、空から降り注ぐ強い日差しが木々の緑を輝かせている。

 そして、吹き抜ける地中海気候らしい乾燥した風が木々の木の葉を揺らしていて、木の葉のざわめきは屋敷の部屋の中にまで、心地よい音を届けていた。


 屋敷の二階にあるその部屋の中には、窓から差し込む日差しが適度な明かりを提供していた。

 部屋の中を満たす豪華な調度品。大きな革張りのゆったりとした椅子に深く腰掛け、葉巻をくゆらせている立派な体格の初老の男こそ、ベルッチファミリーのボスである。


「ひゃあー、何あれ?」


 部屋の片隅に立つ俺の横でさくらが言ったが、ボスたちは気にも留めていない。ちなみに、この国は物騒なので、いや、俺もその物騒なマフィアに関わっているのだが、さくらを一人にする訳にも行かず、ほとんど俺と一緒にいさせているのだ。

 ちなみに、さくらが言った「何あれ」とは間違ってもボスの事じゃない。

 ボスの前に立っている女性の事だ。と言うか、"それ"は完成したヒューマノイドらしい。しかも、実戦を終えたばかりと思われ、長く本来は金色に輝き、風になびくであろうその髪には、べっとりと黒色に変色したものがこびりつき、その身を包む服も元のデザインが分からないほど、黒色に変色し、生地が持つ本来のしなやかさもなく、ごわごわに固まり、鉄臭さを放っている。

 すでに乾ききっているが、つまり全身血みどろなのだ。


 ちらりと横目で見たさくらの表情から言って、まだあれが血だとは気づいていなさげな所が、幸せ者と言ったところか。


 その女性型ヒューマノイドは顔にも返り血がこびりついていて、本来の白い肌を覆い隠してしまっているにもかかわらず、何の表情も浮かべていないところが、やはり不気味である。

 一方、そのヒューマノイドの横に立つスーツに身を包んだ中年男はやたら興奮気味で、はや口で何かをまくし立てている。どうやらこの男は、ヒューマノイドの戦いぶりを見ていたようで、その様子を報告しているらしいのだが、早口になってしまうと、俺では完全に聞き取れやしない。

 男の話には、時々大げさなジェスチャーも入るが、対照的にどっかりと構えたままのボスは風格があると思えてしまう。


 そんな男の話も終盤かと思われた時、ボスの背後の本棚が静かに動き始めた。

 移動した本棚の背後から現れたのは、ヒューマノイドの開発が行われている地下とつながるエレベータであり、そのエレベータの扉が開くと、ファミリーの男と白髪混じりの原が現れた。原はほとんど地下にいるため、滅多に会う事はなく、以前あった時より白髪が増えた気がして、今の髪の毛を見ると、六十代かと感じてしまうが、まだ五十代前半らしい。


 ボスは椅子から立ち上がると、背後に原に笑顔を見せた。


「原君、君には感謝するよ。

 アーシアは予定通り、エルカーンファミリーを壊滅させたようだ。

 その成果を一緒に見ようではないか」


 どうやら、血みどろのヒューマノイドはアーシアと名付けられているらしい。

 ボスは原を導くかのようにして、部屋の中央に置かれたソファに向かい始めたが、原は血みどろのアーシアの姿に衝撃を受けたらしく、ぎょっとした表情で、立ち止まったままだ。俺的には、マフィアとはこんなものと思い飛び込んだわけで、ぎょっとしつつも動揺を抑えられるが、研究開発と言うものに従事していた人には、衝撃が大きすぎるんだろう。


 ボスはソファの前にたどり着くと、リモコンでその前に置かれた100インチのモニタの電源を入れた。


「アーシア、記録したものを見せてくれ」

「はい。ボス」


 アーシアの声は透き通るような感じで、ぎごちない合成くささは無く、滑らかだった。

 三人はゆったりと座れる幅のソファだが、そこに座っているのはボスだけであり、ボスの弟や息子たちは後ろに手をまわし、ソファの後ろで直立している。これがボスの地位と言うものなんだろう。

 ちなみに、三人だが、ベルッチの弟はオッタビア、長男がサンドロ、次男はチェーザレと言った。


「原君、どうしたんだ」


 そう言って、ボスは原を自分のソファの横まで来るよう手で合図した。

 そのにんまりとして顔は、アーシアの戦果に満足しているからと言うより、動揺している原を嘲笑しているからのようにも思えてしまう。

 原がソファの横にたどり着いた時にちょうど、モニタに映像が映し出され始めた。

 それはアーシアの目がとらえた映像を記録したものらしいのだが、モニタには記録された映像だけでなく、画面の右端に何か別の情報のようなものも表示されている。


 モニタに映し出される屋敷の壁。

 壁に沿って、視点が移動していく。アーシアの移動に伴って、右端にあるいくつもの同心円の中で点滅していた点も、その位置を変えている。

 ボスもそれが気になったらしく、原に視線を向け、モニタのその部分を指さしながらたずねた。


「この右に表示されている丸い円とその中にある点は何か?」

「周囲に存在する人や車です」


 まだ動揺しているのか、少し上ずったような声で、原がボスに説明した時、円の外から新たな点が現れた。その点の上には64Km/hと言うテキストが表示されていて、円の中心に向かって他の点より早く動いてきていた。やがて、その点が中心に到達した時、映像の中に通り過ぎる一台の車が映し出された。


「あの点は、アーシアが捉えていた今の車と言う事だね」


 ボスが中心より遠ざかっていく点を差しながらたずねると、原は静かに頷いて見せた。

 

 やがてディスプレイに映し出されるアーシアの視界の先に屋敷の門が見えてきた。

 そこに立っている二人の男。

 レーダー状の中心近くに二つの点が表示されている。どうやら、この二つの点が、この男たちらしい。

 二人の男たちは、近づいてくるアーシアに気づき、ちらりと視線を向けたが、すぐに視線を外した。

 ドレスに身を包んだ若い女性でしかないアーシアに無警戒と言った感じだ。


「こんにちは」


 アーシアの声だ。

 普通の者なら、決して声をかけてくる訳がない。二人の男たちは怪訝な表情をアーシアに向けた。


「何だ、お前は?」


 男たちの一人がそう言った次の瞬間、映像が流れた。

 故障か? と一瞬思ったが、ただ単にアーシアの移動速度が速すぎただけだったらしく、映像が安定した時に映し出されたものは、さっきまで立っていた二人の男が頭を陥没させ、地面に伏している姿だった。

 男たちの頭部から広がる血。路上に血の海ができあがろうとしていた。


「もう二人を倒したのかね。

 アーシアの速度はどのくらいかね?」

「戦闘状態では人の10倍から5000倍の速度で動作する事が可能ですが、速ければ速いほど、ヒューマノイド自身の構造体に負担を強いることとなり、長時間は続けられず、今の攻撃は100倍程度の速度かと」


 視線をモニタから逸らしながら、原が答えた。マッドサイエンティストなら、狂喜しそうな成果なんだろうが、真っ当な開発者の原は、自分が作った兵器とも言えるヒューマノイドが人を殺した場面を見たくはないのだろう。

 悲惨な光景を目の当たりにしたさくらの精神状態が気になり、横に立つさくらに目を向けた俺に気づいた彼女は、俺の耳元で囁いた。


「すごいね。これ」


 怯えた様子もない。この言葉の意味は、アーシアの戦闘力に感心していると言うより、迫力ある映画に感心している風でもある。もしかすると、これが実際に起きた出来事だと言う実感が無いのかも知れない。まあ、その方が幸せなんだろうが。


 続いて、映し出された屋敷の門柱には監視カメラが取り付けられていた。

 この監視カメラにより、アーシアの行動は見られていたはずである。きっと、内部では迎撃の準備が始められているはずだ。

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