あすかを撮る男
ベルッチファミリーのボス後継候補の三人を反目させる策はある程度功を奏していていた。お互いが潰し合い、ヒューマノイド同士が戦うと言う状況は作り出せていないが、共同で何かを行うと言う状況にはない。
まず最初にボスを葬ると言うサングラスの神父が考えた策は、見事と言える。
とは言え、三人がそれぞれ好調を保っていれば、この状態が続くだろうが、ひとたび誰かが弱ってしまえば、結束してしまう可能性も出てくる。
彼らがばらばらの内に、ヒューマノイドを叩かなければならず、俺たちに時間的余裕はない。
今日、俺はサングラスの神父と共にあすかを伴い、ガンビーナの支配域に出張って来ていた。ここはまだサンドロとの抗争が始まったばかりの地であり、チェーザレが抗争を続けているカタラーニの支配域とは違い、まだサンドロが優勢な状況を確立できていない。
となれば、サンドロがヒューマノイドを投入する可能性が高いと言う事になる。
ドババババッ。
ガシャーン。
エンジン音を凌ぐ大きさで銃撃音が車内に届いている。
近くで抗争が起きているらしい。ハンドルを握るレイさんが、音の方向に車を走らせると、すぐ先の交差点歩曲がった先で、炎と黒煙に包まれた車が歩道に乗り上げて止まっていた。
それを取り囲む銃器を持った男たち。どちらのファミリーか分からないが、マシンガンを構えているところから言って、サンドロかガンビーナのソルジャーである事は間違いない。
「あすか」
少し離れた場所でレイさんが車を停車させると、サングラスの神父が言った。
あすかは静かに頷くと、車の後部座席のドアを開け降りて行った。背中にマシンガンを背負い、その手に持つのはピストルだ。銃器などより威力がある彼女がスカートの下に隠すレーザー銃は、ヒューマノイドとの決戦まで隠しておくつもりなのだろう、未だ使用していない。
もっとも、彼女の戦闘能力なら、黒煙を上げる車を取り囲んでいる数人の男たちなど、ピストルで瞬殺してしまうのも確かなのだが。
彼女が近づき始めた時、猛スピードで近づいてくる別の車の存在に気づいた。
視線を向け注視すると、一台かと思ったその車には、どうも後ろに数台の車が続いているらしい。
開いた車の窓からはマシンガンが覗いている。
新たな敵の登場に、固唾をのみながら、あすかの戦いを見守る。
最初に動いたのは黒煙を上げる車を取り巻いていたソルジャーたちだった。マシンガンのトリガーを引き、銃弾の雨を近づいてくる車に降らせる。
どうやら、近づいてきていたのは、黒煙を上げている車の側だったらしい。
近づく車の側もトリガーを引いた。
お互いに降り注ぐ、銃弾の雨の中、近づく車のエンジンが唸り声をあげ、スピードを上げた。
多勢に無勢。しかも生身をさらしていたソルジャーたちは、近づく車の男たちに瞬殺された。
殲滅した敵を確認しようとしたのか、近づいてきていた車は減速し始めた時、あすかが車道に飛び出し、先頭車両目がけて引き鉄を引いた。
バキューン!
彼女が放った一発の銃弾で、先頭車両のフロントガラスは、ひび割れ、運転していた男の頭部から噴き出す血で真っ赤に染まった。
運転手を失った車がコントロールを失い、建物の壁に激突した。後続の車は先頭の車を避けようと、急ハンドルと急ブレーキで、そのコントロールを失いながら車道に停車した。
敵の車の動きに目を奪われている内に、彼女はすでに敵の先頭車両に接近していて、車両の横から、車内の男たちを狙い撃ちしている。
ここから、車内の様子は見て取れないが、過去の彼女の戦闘能力から言って、車内の男たちはもうこの世にはいないに違いない。
彼女を敵と見定めた、他の車両の男たちが、彼女に向けてマシンガンをぶっ放しはじめた。
すでに何度も見た光景だ。敵が放つ銃弾の雨を、その弾道を見切ったかのように軽やかにかわしながら、敵に銃弾を放つ。敵の銃弾が一発も当たらないのに対し、彼女が放つ銃弾の精度は百発百中。
彼女の指が動くたびに、一人の命が失われる。まるで、死神の鎌のようじゃないか。
おそらく、彼女のピストルが放つ銃撃音は、敵殲滅までのカウントダウンだ。
彼女に戦いに意識を注視していた俺だったが、彼女の戦いの先に、怪しげな男がいる事に気づいた。
その男が手にして、彼女に向けているのは銃器ではなく、カメラだ。
そのカメラのレンズの軸線の先は、あすかに間違いない。
「レイさん、あの男」
俺はカメラを構える男を指さした。
「記者か何かか?
どうします?」
レイさんがサングラスの神父にたずねた。あすかの事は、サングラスの神父にと言う事だろう。そう思った時、俺はようやく気付いた。このサングラスの神父は西洋人ではなさげだったが、日本人なのでは? あすかの親とかなにかの関係者。
「ずっと教えてもらえていないが、あなたは彼女とどう言う関係なんです?」
「身許だけは確かめたいな」
サングラスの神父は、俺の質問を無視して、レイさんの問いかけだけに答えた。
「では」
そう言うと、レイさんは運転席から降りて、カメラの男に近づいて行った。
その頃には銃撃は収まっていた。
決着がついたのか?
そんな思いで、あすかに視線を向けた時、どこかに潜んでいたらしい敵のソルジャーが彼女の背後に飛び出した。
その手に握られたピストルの銃口は、確実に彼女の背を捉えている。
ヒューマノイド開発室でもあった光景が、俺の脳裏によみがえった。
あの時は、俺が背後の敵を片付けたが、今は彼女一人だ。
危険を知らせるため、車から飛び出そうとした時、一発の銃声が俺の耳に届いた。
遅かったか。
一瞬、車から降りるため逸らしていた視線を再びあすかに向けた時に見たのは、背後から彼女を銃撃した男の目の前に立ち、蹴りを入れる彼女の姿だった。
「ぐはっ!」
ソルジャーは口から血を吹き出さながら、吹っ飛んでいった。
「マジかよ?
銃の腕だけでなく、空手かなんも使えるのか?」
彼女は素手でも恐るべき攻撃力を持っていたらしい。いや、それ以上に背後の敵の気配も感じる事ができるのかも知れない。
車から半分だけ体を出した状態で、俺は今新たに知った彼女の恐るべき戦闘能力に固まってしまった。
そんな動揺する俺とは対照的にあすかは何事も無かったかのような表情で、辺りをゆっくりと見渡している。敵が残っていないか確認しているのだろう。これもいつもの事だが、その表情に後悔も迷いは見えない。
「見た目は天使だが、中身は冷徹な悪魔」
俺の口から、そんな言葉がこぼれてしまった。
辺りに敵がもういない事を確かめたあすかが、ゆっくりと戻って来る。その背後で新たなエンジン音がした。車と言うよりバイク。
目を向けると、カメラを構えていた男が、バイクにまたがり、遠ざかって行っていた。
その男の正体を確かめに向かったレイさんによると、その男はガンビーナとつながりのあるセルジオと言う男だったらしい。




