サンドロ動く
ベルッチファミリーの屋敷の地下に作られていたセキュリティルーム。あすかがこの地下を襲撃した時、セキュリティルームの設備には手を出さなかったが、部屋中ガラス片まみれとなってしまっていた。それも今では片付けも済み、周囲の監視に常時使用されている。
ここのシステム管理は全て俺が行い始めたので、ベルッチが設置した屋敷周辺の監視カメラだけでなく、街中の至る場所にある、つまり警察が設置したものもコントロールできるようにした。
とは言え、基本はロベルト教会周辺にベルッチの者たちが近寄って来るのを察知するために使われていて、今は俺がその監視役だ。
照明も無く、真っ暗なヒューマノイド開発室の破壊の跡を、セキュリティルームの明りが照らし出す中、椅子に座りモニター画面を時折チェックする。
時折と言うのは、何か異変が起きると、システムが自動で検知し、教えてくれるからだ。
そして、隣にさくらがいて、色々と話しかけてくるから、監視に集中できないのだ。まあ、どちらが大きな要因かと言うと、さくらの方だ。
「私が言ってるの聞いてくれてた?」
なんて、俺がモニタを見ていると言って来るのだ。そう言う本人は、片耳にヘッドフォンをしていて、きっとどこかを盗聴していて、俺の話を真剣に聞いているのか怪しいとしか言えないのだが。
「聞いてたよ。
それより、何聞いているんだ?
盗聴か?」
ずばり聞いてみる。すると、いつも決まって同じ返事をするのだ。
「えぇぇーっ。
そう思うの?」
はっきり返事をしないのだ。そして、無理やりヘッドフォンを奪ってでも、聞いてみようとした事があるのだが、その時は素早く身をかわされて失敗したのだった。
だが、今回はチャンスだ。
俺との会話のため外された右耳用のヘッドフォンは、さくらの胸辺りで時折揺れている。
プラプラしているその右耳用のヘッドフォンに、素早く手を伸ばす。
それほど膨らんではいないさくらの胸に、極限まで接近する俺の右手。
そのヘッドフォンに指先が届こうかと言う時、俺の右腕はさくらの両手で掴まれてしまった。
えっ?
予想外の出来事に、驚きの表情でさくらを見た。
さくらは意外な事に少し悲し気な顔だった。
「そんなに私の事が欲しいの?」
「えっ?」
これまた予想外の事を言った。
「結婚までだめって言ったじゃない?」
「いや、単にヘッドフォンを取ろうかなって」
「いやらしい指先だったけど」
「揉みそうだった?
鷲掴みしそうだった?」
さくらは静かに頷いた。
確かにヘッドフォンに指先が届こうとした時、俺の視線は本能的にさくらの胸に向かった訳で、その時そう言う衝動が湧き起こらなかったと言う訳でもないのは事実だった。それが自然と、指先の動きとなって?
「悪かった」
なぜだか俺が悪者になって、さくらに謝るはめになってしまった。また失敗だ。
再び視線をモニタ画面に戻した時、ベルッチの屋敷の前に一台の車が停車した。
ピローン。
監視システムが電子音を発した。停車した車から、人が降りて来た事を検知したのだ。
操作盤のスイッチに右手を置き、カメラを操作して、降りて来た人物にズームする。
その人物の顔を俺が識別するのとほぼ同時に、モニタ上にその人物の名が表示された。
サンドロ。
彼に寄り添うように立っている女性は、きっとヒューマノイドのモニカだ。
マイクをオンすると、サンドロの声がスピーカーから流れて来た。
「早くボスの座を決めなければ、ここの再建も進まない」
サンドロは屋敷を取り囲む壁に視線を向け、感慨深げだ。
「あれって、自分が早くボスになりたいって事だよね」
「そうだろうな」
さくらにそれだけ返して、サンドロに注意を戻す。彼がロレンツォ教会にやって来るなら、俺たちは身を隠さなければならない。
「チェーザレの真似をするようで癪だが、ここは一つ、我々も力をつけて行く。
それが一番だな」
サンドロが言った。
オッタビア、サンドロ、チェーザレの三人の中、チェーザレの動きだけが活発で勢力拡大にいそしんでいる。その抗争の相手は、ベルッチが生存していた時より抗争を始めていたカタラーニファミリー。
それよりも勢力が大きいガンビーナファミリーとも、ベルッチが生存していた時より抗争状態となっていたが、ベルッチの屋敷が消失した際のレオーネの襲撃以降、今のところ三人の誰も抗争を続けてはいない。
「サンドロが仕掛けるとしたら?」
「ガンビーナだね」
さくらが事も無げに言った。
「盗聴か?」
俺の問いかけに、うん? 的な表情で小首を傾げる仕草だけを見せたかと思うと、モニタ画面を指さした。
「あっ、歩き出したよ!」
俺が目を向けた時、モニタ画面にはもう誰も映っていなかった。
ズームを解除して、サンドロたちの姿を探すと、ロレンツォ教会の方向に向かう後ろ姿が映し出された。
教会につながるマイクのスイッチを入れた。
「サンドロたちが、そちらに向かっています。
ヒューマノイドを連れているようですが、やりますか?」
あすかとサングラスの神父の目的は、ヒューマノイドを破壊する事。それには一体ずつ潰すしかないと聞いていただけに、千載一遇のチャンスだ。
「いや、ここでやってしまっては、残り二体にここを急襲されて終わってしまう。
今は隠れておく」
サングラスの神父は迷いも見せず、そう言い切ると、聖堂の中を映しているカメラの視界から姿を消した。
「これはこれは、サンドロ様」
サングラスの神父が姿を消してすぐ、聖堂内のカメラに取り付けられているマイクが、番人の声を拾った。カメラの中で、その番人は神父姿と言う重い姿には似つかわしくない軽い態度で、聖堂の中に入って来たサンドロにいそいそと駆け寄った。
「変わりはないか?」
「はい」
「屋敷の地下はまだあのままか?」
「はい。早く、ボスの跡を継いでくださいまし」
サンドロは番人の言葉に、少しにんまりとだけして、返事をしなかった。オッタビアと言う存在を気にしているに違いない。
サンドロはそのまま聖堂の奥に向かい始めた。
その先にある階段を下りれば、ここにつながるトンネルがある。
そこまでくれば、ここの明りに気づかれてしまう。俺は立ち上がると、照明のスイッチのところに駆けより、モニターに注意を払う。
教会の中に設置された監視カメラが階段に向かうサンドロの姿を捉えたのを確認すると、照明のスイッチを消し、監視カメラシステムの電源もオフした。
外光も届かない地下室に真の闇が訪れた。
「私を襲うの?」
どう言う発想をしたらそうなるのか分からないが、さくらが言った。
「シッ!
サンドロたちがやって来たら、まずいだろ」
そう言ってさくらを黙らせると、サンドロたちの気配に気を配る。
暗闇の中、耳を澄ましていると、あのトンネルの中を歩いてくる人の気配が感じられる。
「照明は点かないのか?」
「はい。襲撃の時に、全て破壊されてしまいましたので」
サンドロの問いかけに、嘘を答えたのはここの番人だ。
「ここも復旧させたいが、復旧させたところで、技術者が全員死んでしまっているのだから、もうヒューマノイドは造れないか」
「ところで、今後はいかがされるのですか?
ぜひとも、次のボスはサンドロ様に」
「そのつもりだ。
まずはガンビーナを潰す」
サンドロを唆す番人の言葉に、サンドロはそう言い終えると、立ち去って行った。
そして、その言葉通り、サンドロはガンビーナファミリーとの抗争に入ると、沈黙を守っていたオッタビアもバッサーニファミリーに抗争をしかけ、ベルッチファミリーの三人は協調する事もなく、お互いが異なるファミリーとの抗争に突入していった。




