ヒューマノイド開発室襲撃!
その日、ロレンツォ教会に隣接するベルッチの屋敷の中は、閑散としていた。ベルッチ自身は残っていたが、オッタビアたちは、三体のヒューマノイドを率い、焼け落ちたロベルトの屋敷跡にいた。
盗聴器マニア? のさくらの話では、目標のロベルトを葬り、彼の屋敷を焼き落としたにも関わらず、アーシアが戻って来ないのは屋敷の崩落に巻き込まれたのではと考えたベルッチが、オッタビアたちに廃墟に積もる廃材の中にアーシアがいないか、アーシア捜索を命じたらしい。
つまり、今はベルッチの屋敷は手薄。
レイさんたちは、そう踏んで地下のヒューマノイド開発室破壊の作戦を実行に移す事にした。
主力メンバーはレーザー銃を隠し持つ謎の少女 あすか。そして、俺にはヒューマノイド開発室に隣接しているベルッチファミリーのセキュリティルーム奪取と言う任務が与えられた。
暗いトンネルを二人で進む。
先に見える光は、目的のベルッチ屋敷の地下にあるヒューマノイド開発室。
マシンガンを手にし、敵の戦力は手薄とは言え、乗り込む先は敵の本拠地である。数人の敵なんて訳はない。この任務に、恐怖を抱かずにいられない状況だと言えるのに、立ち止まる事もなく、俺の少し前を平然とあすかが歩いている。暗くて、その表情を確認する術は無いが、きっと平然としているのだろう。
床がコンクリートか何か固いものでできているからだろうか、暗闇にコッ、コッとあすかの足音が響いている。出口に近づくにつれ、その足音が向こう側に届くだろう。この地下通路は普段は使用されていないめ、足音が聞こえると、向こう側の者たちに不審がられる気がしてならなかったが、それは要らぬ心配だったらしい。
ヒューマノイド開発室では何かの装置が動いているらしく、近づくにつれ、向こう側の機械の作動音が大きく聞こえ始めてきた。
ヒューマノイド開発室の入り口にはドアはなく、立ち入りを禁止するためのロープが一本張られているだけである。その十mほど手前で、あすかは立ち止まった。
恐怖したのか?
なんて、期待したが、振り返った彼女の顔に、そんな気配は微塵も無かった。
「最初に私が一人で行くから、銃撃が収まったら、出て来なさい」
「分かった」
男の俺がそう答えていいのか、ちょっと迷ったが、きっとこれが正解のはずだ。
俺の返事を確認した彼女は、一人ヒューマノイド開発室に乗り込んで行った。
「なんだ?」
「誰だ?」
「どうして、そこにいる?」
向こう側の人々の言葉が聞こえて来た。マシンガンを持っていると言うのに、その人物がセーラー服を着た少女と言う事で、マジで襲撃をかけて来たとは思えていないらしい。
が、それはほんの一瞬だけの事だった。
彼女のマシンガンが火を噴き始めた。
「ぎゃぁぁ」
ボンッ!
向こう側の人々の悲鳴と、何かの機械が破裂するような音が交錯し始めた。
俺だって!
そんな想いがこみ上げてきた。
マシンガンを構えながら、出口を目指して駆け出した。
明るいヒューマノイド開発室に飛び出した俺が最初に目にしたのは、真っ赤な血しぶきに染め上げられた部屋の床や壁、そして装置や机だった。それはまるで、何かの紋様にようにも思えた。
すでに多くの者たちが、彼女の攻撃で命を落としていた。
警護、実態は見張りのソルジャーたちはもちろん、開発技術者から単なる作業者まで、彼女は容赦なく、マシンガンの餌食にしている。もっとも、この技術を葬るとなると、技術者も葬るターゲットなのは、当然なのだが。
銃撃音の方向に彼女の姿を探すと、ランディファミリーの屋敷を急襲した時のように、向かって来る銃弾の雨を軽やかにかわしつつ、ベルッチのソルジャーたちを倒していた。
物陰に隠れながら、そんな彼女の背後に回ろうとするソルジャーの存在に気づいた。
いくら彼女でも、背後から襲われれば、なす術がないはずだ。
俺は、背後に回ろうとするソルジャーにマシンガンの銃口を向け、引き鉄を引いた。
ドバッ、バッ、バッ!
俺のマシンガンの銃口が火を噴いた。
まだ狙いを的確に定めるスキルに欠けている俺が放った銃弾は、辺りの装置や設備を破壊しながらも、目的にソルジャーにも命中した。
「ぎゃあっ」
背後でした男に悲鳴に、彼女は振り向くことなく、俺の方に目を向け。にこりとだけ微笑んだ。俺が背後の敵を倒したことを察し、感謝しているのだろう。
なんて、考えている内に、敵に俺の存在が気づかれてしまった。
バ、バ、バ、バッ!
そんな音と共に、俺の横にあった壁が砕け散り、その破片が俺の腕を痛めつけた。
俺にマシンガンを向けたソルジャーに向け、マシンガンを放ち、反撃しながら後退する。彼女がすでに多くの者たちを倒したとは言え、まだ敵のソルジャーの方が俺達より多く、多勢に無勢。彼女ほどの戦闘力が無い俺としては、無念だが近くの柱に身を潜めるしかいない。
その考えが甘かった事は、柱に隠れてすぐに悟った。
無抵抗となった俺に目がけ、無数の銃弾が襲ってきた。
激しい音で、柱のコンクリートが砕け散って行く。コンクリートが無くなった時が俺の最期。辺りに移れるものがないかと、探し始めた時、銃撃が止んだ。
「セキュリティルームに向かって」
彼女の声がした。
どうやら、ここの敵は全て掃討し終えたらしい。
俺は元々の計画通り、この部屋に隣接するセキュリティルームのドアに向かった。そこはこの屋敷周辺に設置された監視カメラをコントロールし、その映像を監視する部屋で、ガラス張りとなっていたため、さっきの彼女とここのソルジャーたちとの銃撃戦で、そのガラスは粉々に砕け散り、部屋中に飛び散っていた。
椅子の上もガラス破片に覆われ、座る事などできそうにない。
とりあえず、操作盤上のガラス片を取り去り、操作できる環境だけは整えようとしていた時、屋敷の門に設置された監視カメラが、その前に停車しようとする一台の車を捉えた。
なんだ?
そんな思いで見つめていると、車のドアを開けて、出て来た男たちはマシンガンを手にしていた。
オッタビアたちが引き返して来た?
そんな不安も抱いたが、その顔に見覚えは無かった。
ここのセキュリティシステムには、顔の認証機能がある。識別させたい人物が映っているカメラを制御盤上のモニタに映し出せば、自動で識別が始まる。と言っても、全員を識別するほどのデータは無いが、敵対勢力や警察などの有力な人物は登録されている。
男たちを捉えているカメラを指定すると、すぐに一人の男の素性が割れた。
ガンビーナファミリーの大物 レオーネだった。
カメラが捉えた車以外にもあったらしく、レオーネの下にぞくぞくとマシンガンを手にした男たちが集まって来る。敵の突撃部隊で、これから襲撃してくるに違いない。
こんな時に!
そんな思いで、砕け散り、今は無いガラスの壁から身を乗り出して、あすかの姿を探す。
「あすかぁ」
敵の急襲を知らせようと、その名を呼んでも返事がない。
見渡すと、破壊するはずの保管されていたヒューマノイドは手つかずで、その近くにも姿が見えない。
今はどこに?
彼女の姿を探すため、監視カメラを操作し、ベルッチの屋敷内を映し出した俺は、愕然とした。
モニタに映し出されたのは、赤い血の海が広がる床に転がる多くの遺体。屋敷の中の惨劇の跡だった。




