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6話

 あれは確か、俺が小学生の高学年に上がった頃。じいちゃが語る魔法の世界がクラス中の人達に嘘だと馬鹿にされて、それでも食ってかかったら先生に言われたことがあった。


「社君がそういう世界に憧れるのはわかる。勇者とか魔法は男の夢だもんな。でも、残念だけどそういう世界は無くて、そういうものが無いのを理解して、ここでどんな夢を追うかを考えて行くのがちょうど君らの年代なんだ。俺は馬鹿になんてしない。でもね、そんな世界は無いんだ。本気で信じているのだけはダメだ。絶対に、君の将来のためにならないから」


 と、冗談でもなく真面目な顔をして言われた。その先生は、よく俺の話に付き合ってくれた先生で俺がその時に最も信頼していたともいえる人だった。だから、そんな人に真剣な表情で言われて、悟られて。俺は知ったんだ。薄々気づいていたことだけど、そんな世界が存在しないことを――でも。


「そうか、そんなことがあったのかぁ。今まで悪かったなぁ、社。じいちゃの話に付き合わせてしまって。でもなぁ」


 そうじいちゃに報告しても、じいちゃから返ってくる答えは答えなどではなかった。今でも、あの時から何年も経った今でもはっきりと覚えている。じいちゃはこう話したのだ。


「他人を言い訳にするな、嘘をつかない誠実な男であれ。他人から口を出されたくらいで納得なんてするな。いつだって答えを出すのは、他人じゃなく社。お前なんだ」


 あの時の俺には、その言葉が胸にささり、そして通り抜けて行った。なぜなら、その時の俺はじいちゃを悪者にして言い訳をしていたからだ。

 山奥で一人暮らしているばぁばや父さん母さんに見捨てられてしまった、頭のおかしい祖父に親身になって付き合っていたせいだと。そのせいでクラス中から糾弾されることになったと。

 だから、俺は素直に首を縦に振ることはできず、下を向いていた。


「もう来なくてもいいんだぞ。じいちゃは頭のおかしいキチガイだからなぁ。ただ、これだけは覚えていてほしい」


 下を向いていながらも、じいちゃが悲しそうな声をしたのは覚えている。きっと、俺はあの時……


「人を貶めることのない、救う側の人間であってほしい。だれよりも優しくて、見捨てない救う勇者であり続けてほしい」


 じいちゃを見捨てた。それ以降、俺がじいちゃに会ったのは死ぬ直前だったのだ。






「藤堂疾風は、幸せだった」


 口から出るのは、俺が嫌う嘘だった。


「最後の最後まで、みんなに愛されていたんだ。家族だけじゃなく、世界中の関わってきた人たちに」


 実際は、愛されてなどいなかった。家族からは厭われ、自分が築きあげてきた財産を失って、一人山小屋で寂しく過ごした老後。頭のおかしい虚言癖だと嘲笑られ、まともに相手なんてされなかった。

 ただそれだけ終わるならば、本当に頭のおかしい人間なんだろう。しかし、籐堂疾風という男は数えきれないほどの人間を救ってきたらしい。どれだけ割に合わないことだろうが、どれだけ相手が得体の知れない相手だろうが。ひたすらに人を救って生きてきたとか。父さんが、それだけは誇りなのかもしれないと語っていたのを覚えている。

 それでも結局は一人。皮肉に過ぎないのだ。


「残念だったな。あんたの思う結末をじいちゃは――え?」


 重ねて言う。俺は嘘が嫌いだ。嫌いだけれども、平気な顔で嘘をつくことができるようになったはずだった。


「これは、違う――ちがッ、じいちゃ、は!」

「ふっ」

「幸せだったんだッ!!」

「もう充分ですよ。よーくわかりましたから」


 目頭が熱くなり、涙がとめどなく溢れる。大事なところで嘘をつけないのか、俺は。どこかで俺は、じいちゃのことを同情して可哀そうなんて思っていたのか!

 そのことにひどく腹が立つ。この男の満足する結果を与えてしまったことにも腹が立つ。涙を拭けないことにも腹が立つ。目の前の男を思いっきり殴れないことにも腹が立つ。


「ええ、私には貴方のその表情だけで充分なのです。ようやくあの男から解放される。貴方を殺して、あの男との因縁を断つことにしましょう」


 俺を羽交い絞めしているミーナさんの喉が鳴る。何を待っているのかはわかる。だが、こう首元にナイフを当てられてしまえば嫌でも緊張が走るのだろう。逆に俺は、ナイフを当てられているのにも関わらず体が熱くなっている。これは怒りだ。

 だからこそ、気づかなかった。俺の首の皮が裂かれて血が流れていることに。


「やらせるかぁッ!!」


 だがそれだけでは無かった。俺には見えていた。というよりも、感じていた。セリンさんがとてつもない早さでこちらに向かっていることを。目の前の男に一矢報いてやることだけを考えていた。


「残念ですね。正直、今の不意打ちには驚きました」


 セリンさんの斬撃は男の右手によって防がれる。どういうことなのか理解する前に、俺の体は解放されて動く。


「いまにゃ!」

「精霊よ、我が望むは誓いの書」


 教えられた通りに唱えて行く。特段意識することもなくすらすらと口からは出てくれる。


「――はっ!?」


 これまで見せなっか表情で男は俺を見つめる。何かしようと思っているのかもしれないが、もはや遅い。俺は右手で男の体を掴む。


「彼の者から奪いたまえ――スティール!」


 すると、男の手から赤い書は消え去り、代わりに俺の左手に赤い書が現れた。その刹那、俺の体はミーナさんによって後方へと引きずられる。さらに間髪入れずに、セリンさんが剣を上段に構えて振り下す。


「これはこれは……やりますね」


 男はそれを普通にかわすだけではなく。


「精霊よ、我に風の足を与えたまえ――アクセラレーター」


 呪文を唱えて、大きく飛び上がる。アクセラレーターという呪文を付与しているはずのセリンさんもその後を追う訳だが、早さが違っていた。俺の目にかすかに見える。おそらく魔法の質が違うんだ。同じ魔法を唱えていても、魔法には威力の差がある、そういうことなんだ。

 それなら俺は――


「急にどうしたにゃ!」

「この本。聖剣を調べてるんだ! この本さえ使えれば加勢できるはず」

「それは無理にゃ。他人の聖剣を使えるなんて話、聞いたことないにゃ。盗んだのは、あくまでも相手に聖剣という切り札を使わせないためなのにゃ」

「なん、だと」


 なら、どうすればいい。どう見ても、相手の方が聖剣抜きにしても一枚上手。しかも、この誓いの書が無い分、今度はセリンさんに手加減だってしないだろう。そうなれば、セリンさんはきっと死んでしまう。俺だって、ミーナさんだって――え?


「おいぃッ! てめぇ、どこに行こうとしてるんだよ!」

「にゃ!?」

「それは無しだろ! せめて、お願いだから加勢してくれよ。頼むから。俺よりは、どいつもこいつもましだろ……」

「……それは無理な話にゃ。ミーナではあいつは倒せないのにゃ。あまりにも相性が悪いのにゃ。だから、ミーナは戦略的撤退にゃ!」


 と言って去っていった。


「まじかよ」


 救いがあるとすれば、去り際に親分を引きずってくると言ってくれたことか。と、視線を二人へと戻すと、セリンさんがこちらへと向かって跳んできた。避ける暇があるはずもなく、咄嗟に赤い書を手放して両手を広げて彼女を受け止めようとする。

 だが、そう上手くはいかずに彼女もろとも後方へと吹き飛ばされてしまった。


「いつっ」


 痛いで済んだのが不思議なほど吹き飛ばされた。だが、不思議と立ち上がることもできるし、目に見えて大きな怪我もない。


「うっ……」


 と、呻く声に目を向けると、その謎がすべて解消された。セリンさんは傷だらけだった。いつのまにか、庇っていたはずの俺を庇って、どうしようもないほどのダメージを負ってしまっている。右腕と左足は折れて、鎧には穴が空いてしまっていて、その隙間からはとめどなく血が溢れ出ている。


「セリンさん!」


 はっとして、彼女の首に手を当てる。脈はあるし、呼吸もある。だが、出血はひどいばかりか、場合によっては臓器をやられている可能性もあるので、下手に動かすことができない。どうすればいいのか慌てていると、声が聞こえてきた。


「私はもうだめだ、早く逃げろ」

「そんなわけにはいかない! セリンさんを見捨てるなんて、俺は!」

「はは……会ったばかりの奴に何を言ってるんだお前は。いいから行け。姫様がお前を待ってるんだ」


 見捨てることなんてできるはずが無い。俺はあの時、じいちゃが死んだ時誓ったんだ。じいちゃが俺のことをじいちゃが生きた証になると言ってくれたように、俺もじいちゃの想いを少しでも受け継ぎたいから。だから俺は、できるだけ誠実な男で、間違ったことは間違っているといえる人間で。そして何よりも、助けを求める相手を見捨てない、そんな男になりたいと思ったんだ。


「せめてお前だけでも逃げてくれ。逃げぬいてエルフの里へ、姫様の元へ。きっと、お前の力が助けになるはずだ。聖剣が無いかもしれないが、私は信じている。お前なら姫様の勇者になれると。そして、それが私の生きた証になるんだ」


 生きた証。彼女の口からもそんなことを――そういえば、じいちゃが俺に証だと言って、いつも言っていた言葉があった。あれはまさか――?


「セリンさんこそ、会ったばかりの人間に何を期待してるんだよ」

「私はいいんだ、私は……それよりも早く行け。本当は喋る度に傷口が広がって苦しいんだ。もういいんだ、もう……」


 そう言ってセリンさんは目を閉じた。脈がどんどんと弱まっていった。


「おやおや。醜いダークエルフは死にましたか」


 振り返るとそこには、カイ=オルフェンスが立っていた。右手には赤い書を持って。


「まだ死んでなんかいない」

「直に死にますよ。もちろん、貴方もご一緒に」

「……その前に一つだけ聞かせてください。藤堂疾風は、どんな人でしたか?」

「死にゆく貴方に答える必要なんてありませんが、いいでしょう」


 立ち上がり、俺は真正面から向かい合う。その時、初めて男は真顔になった。


「反吐が出るほどのお人好し。この世界でビジネスをするのには邪魔なほどに」

「そうですか。それを聞いて安心しました」

「……ん? 貴方は何を――」


 そうであるなら、安心だ。色々な意味で。


「精霊よ」


 俺は右手を持ちあげて、相手へと向かってかざした。


「我は勝利を掴む光の勇者」


 この呪文は、よくじいちゃが語っていたただ一つの呪文。本来であるならば、不安要素があるならば呪文を唱える前に止めない。


「精霊よ」


 いや、止められないんだ。この呪文に見覚えがあるのだから。


「光の盟約により、聖剣の封印を解き放て」


 子供の頃から、幾度も叶えてきた呪文。よく馬鹿にされてきたっけ。


「出でよ」


 想像もしてきた。手に宿る剣は、数多の魔物たちを懲らしめる光の剣。考えを改めさせて、魔物すら助ける救いの剣。そして、じいちゃが扱う世界で一番優しい剣。

 

「勝利の剣」


 その瞬間、俺の手は光に包まれていく。その光は、俺の体全体を包み込んで、目の前が見えなくなっていく。

 だが、不思議と不安は無い。なぜなら、この光はどこか懐かしく俺を包んでくれたから。

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