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4話

 突然の猫女の襲来に、セリンさんは後手になりながらも剣を抜いて構える。といっても、相手は絶賛土下座中。こうして俺が見る分には、完全に彼女の方が悪者だ。武器の力で土下座させるエルフ。あまり印象がよくないのは確かだ。


「貴様は、ブルドック一味の一人。鉄拳のミーナだな。これは一体何の真似だ」


 何かよくわからないけど、ちょっと恥ずかしい気分だ。これを元の世界で大真面目に語っていれば冷めた目で見られるんだろう、と俺は秘かに思っていた。


「話せば長くなるんにゃが、全部を話しているわけにはいかないにゃ。まず一つ。ここにカイ=オルフェンスが向かっているにゃ」

「!?」


 わかっていたことではあるが、追撃が来る気配が無かったのであきらめたのかと期待していたが、そうはいかないということか。しかも、明らかに厄介な方の追手。俺を迎えに来た、なんて言いながら容赦なく殺しにきたいけすかない男だ。


「ならば、長居はできないな。ヤシロ。準備はいいな?」

「うん、俺はいつでも行けるよ」

「ま、待つにゃ! もう一つ大事な話があるのにゃ!」

「……手短に話せ。あの男がここへ向かって来ているのであれば、早々に行かなければいけない」

「まずはこれを返すにゃ」


 猫女は、自らの豊満な胸へと手を入れた。当然、俺の視界も彼女の胸へと向かう。ふむ、バスト100の?カップ。ん、?カップ。

 俺は少しだけ身を乗り出して彼女の胸を上から見下ろす。


「――なっ!?」


 着けてない。衝撃的な光景であった。思わず驚いた声を出してしまったが、ほぼ同時に俺へと向かって一つの石板が投げられていた。


「これは、俺のスキルボード、なのか?」

「そうなのにゃ」


 と、上手く誤魔化すことができたのは僥倖であった。俺はスキルボードを軽く眺めるが、読めない字のために解読は不可能だ。そんなに上手くはいかないってことか。


「読めないんだな。私が代わりに見よう」


 首を傾げる俺に代わって、セリンさんは俺の手からスキルボードを奪いその内容を見る。冷たい視線が売りの彼女ではあるが、その売りはそのままに、しかし、体、特に剣を持っている右手がプルプルと動いている。どう判断すればいいのか。俺にはわからない。だが、その反応を猫女は分かっているようで、ひたすらに申し訳なさそうな顔をしている。


「……なるほど、そういうことか。私は確認しなければいけないことがある。まず、お前は他者のスキルボードを取り出し確認するどころか、スキルボードを本人の代わりに触れるということだな」

「そうなのにゃ。ミーナは、スキルの割り振りをそっちに全振りしているのにゃ」

「わかった。ならば、それを前提にもう一つ聞かなければいけない。こいつの膨大なスキルポイントを割り振りしたのはお前だな」

「……そうにゃ」

「はぁ」


 何かすごく深刻な雰囲気になってる。俺にとっては猫女も命の恩人なわけなので、助け舟を出すことにした。


「まぁまぁ。セリンさん、取り返しのつかないことになるわけじゃないんだし、この人を責めるのはこの変にしときましょうや。それよりも追手が迫っているんですよ。早く逃げ――」

「取り返しがつかないんだ」

「へ?」

「お前が聖剣を手に入れるための術が失われた、ということだ」

「は?」


 ちょっと言っていることがよくわからない。どういうことなんだ。


「すまない。ヤシロ、お前は勇者になれないんだ」

「いや、ちょっと待って。意味がよくわからないよ。33人目の勇者、それが俺なんじゃないの?」

「正確に言えば、候補だ。異世界から来る人間で聖剣を手に入れる境地まで達した人間を、私達の世界では勇者と呼ぶ」

「なるほど、その定義はわかったよ。でも、聖剣を手に入れられないなんて、流石に時期尚早過ぎないか? だって、俺はまだこの世界に来たばかりで」

「――どうして、異世界から来た人間が重宝されるか。その理由が知りたいか?」


 俺は頷く。ここで呑気にそんな話をしていていいのか迷ったが、それよりも好奇心が勝ったのだ。というよりも、この話は早めに聞いておかなければならない。そうも思えたのだ。


「前提として、聖剣を手にするためには、己に眠る聖剣の特性を理解してスキルポイントを割り振りする必要がある。異世界から現れし者たちは、このスキルポイントの所有値がそもそも高く、己に眠る聖剣さえわかってしまえば、ほぼ聖剣を手にすることができるのだ」

「でもそれなら、俺に必要なスキルはまだわかんないわけだよね?」

「そうだ。それはもっともな意見だ。が、一つだけ崩れない法則がある。1対1。あくまでスキルの割り振りは、身体スキル、特殊スキル、魔法スキル、三つをほぼ平等に割り振りしなければならない。ヤシロの現在の割り振りは、特殊スキルに9割使われているのだ」

「……ちょっと待ってくれ。でもそのスキルポイントは、今あるもので全てじゃないよな? それなら、今後その比率が――」

「それはないにゃ」


 被せるように口を開いたのは猫女であった。見下ろす形でそちらに視線を向ける。


「スキルポイントが増えるのは20歳までにゃ」

「えっと、つまり……?」

「スキルボードにはヤシロは16歳だと書いてある。仮にヤシロが限界値までスキルポイントを手に入れたとしても、20歳までは後4年弱。つまり、最大でも20ポイント。既に40ポイント近く特殊スキルに注ぎ込まれている以上、あり得ないんだ」

「確かに理屈ではそうなる、ってことか」


 などと言ってはみたが、この世界に住んでいる者たちがそう言うのだ。間違いないんだろう。俺は勇者になることはできないし、聖剣を手に入れることもできない。つまり、彼女達が本来期待していた役割を果たすことが難しくなった、ということなんだろう。お役目御免。傍から見ればそうなんだろうな。


「なんだ、そんなことか」


 だが、不思議と落ち込むことは無かった。だって、俺が目指す勇者の形はそうではないから。俺が俺なりの意思を貫き通して、自分を褒めたたえることができたならば、その時きっと俺は勇者になっている。誰が認めるわけでもない、自己満足の勇者に。


「そんなこととは何だ! 姫様は、お前をこの世界に呼ぶためにどれほどの力を使ったと思っている。どれほど勇者の再来を待ち望んでいたのかお前は知っているのか!」

「それに関しては、ごめんなさいとしか言えないな。俺は期待に添えなかった。本当に悪い」

「……すまない。思いがけない事態に動揺してしまった。お前が悪いわけでもないのに」

「ごめんなさいにゃ。ミーナも悪気があってしたわけじゃないのにゃ。そんな条件があるって知らにゃくて、割り振りをしてしまったのにゃ……反省するにゃ」


 結果として、全員が謝るものとなった。猫女にしても、セリンさんにしても。責任の押し付けをしようとしなかった。素直にそれは嬉しかった。


「まぁ、俺は別に勇者になれなくたっていいんだ。だって、勇者じゃなくても、君たちを救う力が無いにしても……君たちの手助けはできるんだろ? 無駄にスキルポイントを消費したわけじゃない。そうだろ?」

「いいえ、残念ながら貴方は無駄にスキルポイントを消費しただけですよ」


 突然の頭上からの声に、俺達は一斉に顔をそちらへと向ける。そこには、木の上に立つ追手がいた。左手には、あの赤い書を持っていた。俺の目に解析不能の文字が映っていた。

 セリンさんは剣を構えなおして俺の前へと出る。猫女は眼にも止まらない早さで俺の後ろへと。一瞬、突っ込みそうになったが、考えてみると女の子に違いなので特に何も言わなかった。


「聖剣は、いわばその者の極限の証。相性こそあれど、聖剣を持っている者に対しては聖剣を使用しない限り勝負にならないとまで言われているのですよ?」

「そうなんですか。それなら、俺のことを追いかけてきた理由は何ですか? もはや、俺のことなんて不要じゃないですか」

「そうはいかないのですよ。これも、クライアントの依頼ですから。例え勇者の資格が失われようとも、クライアントは安心しないでしょう。危険な芽は摘んでおけ。それがあの方の口癖ですから。それに個人的にも、貴方はいささか危険な匂いがします。ここで処分することが一番でしょう」

「なるほど」


 なんてちょっと余裕を見せたふりをしながら、俺は現状を打開する策を探す。


「何か俺にできることはある?」


 小さな声でセリンさんに尋ねてみる。セリンさんの代わりに、後ろから声が聞こえてくる。


「弱点を探るのにゃ。お前の眼は何でも見透かす眼にゃ」


 言われた通りに、キザな男を力強く見る。弱点を探る。弱点だ。弱点を見せろ。

 と、思っていると見えてくる、奴の弱点が。


「見ての通りの魔道士。物理耐性、接近戦に関してはほぼ最低ラインのスキルしか振られてはいない。が、魔法により身体能力は既に向上させている。ほぼ現在の弱点は見られない。あえていうならば、治癒魔法を扱えない、ただ一点のみ」


 なるほど、と思った。つまり、弱点は既に補助を施しているということか。


「で、猫――ミーナさん、どうすればいい? 弱点が無いらしいけど」

「心配するにゃ。これでもミーナは、色々と考えてお前のスキルを振り切ったのにゃ。聖剣使いに対しての策があるにゃ」

「は、はぁ……?」

「ごにょごにょごにょ」


 色々と突っ込みどころの作戦に思えたが、よくよく考えてみるとそれしかないようにも思えた。二人が聖剣を使えるのであれば、力押しで攻めることは可能であるかもしれないが、この窮地で聖剣を出さないということは、双方ともに使えないということだ。

 逃げるという選択肢も難しい以上、この作戦にかける価値があるかもしれないと思えた。


「この場を切り抜けるには悪くない作戦だ」

「聞こえてたんだ」

「あぁ、私は耳がいいからな」


 セリンさんも同意してくれた。それならば、この作戦にさらに現実味が帯びてくるというものだ。あえて一ついうなら、俺の体が持つかどうか。ただその一点だけ。


「申し訳ありませんが、そろそろよろしいでしょうか?」


 ただそれを除けば、成功率は高い。この男が余裕綽々に俺達に時間を与えてくれたのもプラス材料だ。これが、セリンさんのような堅実タイプが相手であれば作戦は絶対に成功しないだろうが、この男であれば……


「……」


 俺はその問いには答えず、ただ男を見上げる。威圧を感じさせないにこやかな表情だ。おそらくこいつは、こんな表情をしながら特に何も感じずに殺し続けてきたのだろう。

 野放しにしておくことはできないと思った。今はまだ倒せなくても、いつか必ず。そのためにここをしのがなければいけない。


「行くにゃ!」


 俺の背後から小さな衝撃音が鳴る。

 一度きりの一か八かの作戦が始まろうとしていたのだった。

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