2話
「33人目の勇者……? それって一体どういうことなんですか?」
子供の頃、俺は勇者になるッ! なんて、海賊王も真っ青な痛々しい発言を度々してきた。大体小学3年生ぐらいまでなんだろうか。冗談でもなく真面目に、そんな馬鹿げたことを本心から言っていたのだ。じいちゃが話すメルヘンな話が魅力的すぎて、かつてじいちゃが勇者として世界を救ったなんて話を信じてしまっていて。
普通なら、こいつ頭おかしいな、と俺は思い、苦笑いを浮かべながらそっと離れて、そんなことを言った奴には二度と話しかけないだろう。でも、そんな狂言を少しでも信じてしまうのは、この異様な空間のせいなんだろう。
「それはな――いや、ちょっと黙っていろ。客がきたようだぜ」
「え?」
「そこにいるのはわかっている。出てきな」
親分が目を向けている方向に俺も視線を動かしてみる。そこには確かに誰もいなかった。洞窟の出口なのだろうか、光が漏れる場所には誰もいない。いや、それはおかしな話だ。確かあそこにはちょうど3人。いかつい獣男どもが陣を作ってあそこを塞いでいた。
なんてことを思いついたと同時に、何もないはずの空間から一人の男が現れる。
「なっ!?」
男はスーツに似た服に身を包み、お洒落なハットを被っていた。溢れ出るイケメンのオーラ。壁によりかかり腕を組んでいるのもまた、キザっぽいなと思った。同時に、俺と同じ人間に見えた。というか、人間だ。久しぶりに見る人間の男だよ。
「お久しぶりですね。ヴォルテックス=ブルドック=オーメン。再びお会いできて光栄です」
名前やたら長いんだ。それにブルドックって。まぁ、あまり気にしないでおこう。
「こっちはてめぇなんぞに会いたくなかったがな」
「そうですか。では、まずは手土産をどうぞ」
すると、男は後方から三つほど何か丸い物体をこちらに向けて投げてきた。それが何かであるか気付いたのは、それらが止まってから。
最初は、ちょっと大きめの石か何かだと思った。しかし、どこか黒く焦げた物体に赤い液体が混ざっているが見えていた。それでも、まさかと思い信じたくはなかった。
が、それらが止まるとどうしても認めなければいけない。
「こ、これは……!?」
さっきまでそこにいたはずの獣男たちの首。黒焦げになり原型を留めていないが、目だけは焼かれておらず識別ができてしまうのだ。だけど、それらに対して特に感情が湧かないのは、俺が人間であるからなのだろう。同時に、関わりのある者というわけでもなく。さらに言えば、心のどこかで信じていないから。
俺はおそらく、危機感を持てていない。などと考え状況を整理すると、残る感情は恐怖だけだった。右を見ても左を見ても、誰も信用できるものすらおらず、両手の自由は確保できたものの四面楚歌。五里霧中。単なる付け焼刃。この自由すらも枷にしかならず、下手に動くことの方が危険ではないかとも思う。
「てめぇ……! これで何度目だ。何度俺の仲間を殺す」
そんな俺の心境を知らぬ言わんばかりに、二人の会話がヒートアップしていく。
「さぁ。貴方が人間に――聖都の勇者様に逆らう限り、でしょうか」
「ふざけるな。なら、最初から俺を狙えってんだ!」
「貴方の相手は私でも少々骨が折れますからね。それならば、順当に弱い者から片付けていく。ごく自然の流れではないですか?」
「くそがっ。ただ殺したいだけの殺人鬼が」
「ふっ。それはお互いさまでしょう。先の戦争でさんざん人間を殺してきた貴方が言えるセリフではありません」
人間を殺してきた。不意にそんな言葉が耳に入ってきて、思わず親分の方へと顔を向けてしまう。目が合う。目はすぐに逸らされて、男の方へと向いた。
この反応。どう捉えればいいのだろうか、俺は。
「この世界に来たばかりの貴方も気をつけた方がいいですよ。その男は、かつて味方になった勇者を背中から一振り。無残なだまし討ちをしましたからね」
「てめぇ――カイ=オルフェンス! あれはてめぇが」
「私は事実を言ったまでですよ? それとも、事実に過ちがあるのでしょうか……? いや、無いですよね。勇者を殺した。間違いないはずです」
親分の顔色が明らかに変化していく。何かやましいことでもあるのだろうか。もちろん、後ろの男も信用できるわけじゃないが、こんな反応されてしまうと縋ることはできなくなる。
「まぁ、この話はここまでに致しましょう。それよりも私は、異世界より現れし33人目の勇者。貴方に用があるのです」
「……えっと、俺。ですよね?」
「えぇ、そうなりますね」
今度はキザな男の方へと視線を戻す。とてもにこやかで友好的に見えた。
「私は本物の勇者になれませんでしたが、貴方と同じ異世界の住人です。私と共に聖都に来れば、私達のように異世界から召喚された人間がたくさんいますよ?」
「えっと……ということは、日本から来たということですか?」
「違います。ですが、日本という国が存在していたという歴史は知っていますよ」
「……?」
思わず首を傾げてしまうが、こういう意味なんだろうか。この人は、日本という国が存在しない世界から来た、だが、日本が存在していたという歴史を知っている、と言う。となれば、時代が違う世界からやってきた、ということで間違いないのだろうか。
であるならば、あえてここの一味を頼る理由が無くなっていく。が、この男はたった今、三人の獣人を殺した。それも無残な殺し方で。果たして、そんな男を信じていいのだろうか。それに俺には、気になることもある。それは……
「それよりも、聞きたいことがあります。俺をこの世界に引きずりこんだのは誰なんですか? 声が聞こえたんだ。救って、って。だから俺は……」
どうしてそんなことを気にするかはわからない。あえていうなら、俺は困っている人を放っておけない男なのだからだろうか。はたまた、ずっとじいちゃに言われていたからだろうか。
例え、99%の人間が見捨てても、社は助けを求められたら1%の救う側の男になれ、と。別に意識したことなんてない。でも、俺はずっとなりたいと思っていたし、今でもなりたいと思っている。1%側の人間に。
だから俺は、あの声に答えたんだ。
「救いたい」
じいちゃの話を聞いたときから、用意されていた答えなのかもしれない。不純物の入り混じった、100%未満の気持ちからもしれない。でもあの瞬間。答えたあの瞬間だけは、間違いなく俺は――
「精霊よ、我は闇を生きる道化師」
「くそっ――精霊よ、我は雷を纏う狂戦士」
誰も俺の問いに答えることもなく、二人の声が耳に入ってくる。
「我に宿りし聖剣は、世界をも騙す偽りの書。精霊よ。闇の盟約により、聖剣の封印を解き放て。出でよ、誓いの書」
キザな男の声に導かれるように、男の体中に黒い光がまとわりつき、やがて何も持っていないはずの右手に、一冊の赤い本が現れた。
「我に宿りし聖剣は、あらゆるものを破壊する力の斧。精霊よ! 雷の盟約により、聖剣の封印を解き放て! 出でよ、リサナウトッ!」
一方、親分の方も同様に、体中が光輝いたと思ったら、今度は馬鹿でかい斧が宙へと現れる。親分はそれを両手で掴む。
すると、斧を中心に体中が電気を帯びていた。とても強そうに見える。そんな陳腐な感想しか出てこなかった。同時に、ここまで来ると特に驚くことは無かった。もう既に確信していたからだ。この世界はじいちゃが俺にいつも語っていた魔法の国。一人一人がその身に、十人十色の聖剣を秘めているファンタジーな世界。
もう疑えない。聖剣というワードと、じいちゃがよく口にしていた馬鹿げた詠唱に似たものが二人の口から出てきて。
「ファイアボール」
「ちっ、間に合わん。気合で避けろ! 小僧!」
俺の体を縛っていた鎖はどこかへ消えて、恐怖の代わりに小さな勇気が生まれた。動く。火の玉が俺を狙おうと向かってるけど、動く。
あらかじめ解いておいた手錠のようなものを解き、俺は両手をついて後ろに転がり、そのまま腕の力を用いて素早く後方転回をする。
「あいついつの間に! 手錠が解けてるにゃ!」
との感想をもらえるがこの緊迫した状況の中で特に思えることは無く、今まさに俺が寝転んでいた場所へ一つの火の玉が着地しようとしている。やはり、この男は信用してはいけない。とにかく今は、なんとか親分の後方へ回って、猫女に助けを求めるのが得策なんだろうか。
「残念ながら、ただのファイアボールではございません。砕けろ」
「――え?」
「ブラスト」
すると、火の球体は地面へとぶつかると同時に破裂し、信じられないほどの突風を辺り一面へと襲った。当然俺も、為す術も無く突風に巻き込まれて、地面から足が離れて文字通り体ごと飛ばされる。
「あっ」
素直にやばい、と思った。この速度で飛ばされて、後ろの堅そうな洞窟の壁にぶつかった俺は、死ななくても重傷は免れない。これが地面に落ちる過程であれば受け身でワンチャンスある。が、こう飛ばされているんじゃ、体も動かすことはできず、ただ風に身を任せるだけ。
なぜか、世界がどんどんとスローモーションになっていく。確か、友達が言ってったっけ。タキサイア現象。脳が危険を察知して、あらゆる機能を鈍足化してしまい、身を守ることを最優先にするとかって。その結果、目からの視覚情報も遅れてしまってコマ送りのようにスローモーションに見える、とか。
なんてことを冷静に思っている。だけど、その内冷えていた俺の体は急激に熱くなり、得体のしれない熱さが体を支配していく。
「死ぬもんか! まだ俺は、何も救えていないっ!」
どうやってやったのかわからないが、俺は体を反転させて壁へと向く。迫りくる壁にどうにかすることはできないかと思い、肩からぶつかり何とか受け身を取れないか、と考えていたその時だった。
「間に合った!」
刹那、俺の体は横から攫われて無傷という奇跡を成し遂げる。俺を救ってくれたのは、褐色肌で銀色の髪を束ねた美しい女性。尖っている耳が人間ではないことを確認させられるが、その横顔は目を奪われるほどの美人に違い無かった。
地面へと着地をして、抱きかかえられていた俺は地面へと戻される。正面から見てもやはり絶世の美女に違い無かった。その女性が俺の前に膝をつく。
「勇者様」
「えっと、俺。ですよね?」
「御意」
俺を見つめる視線は鋭く、どこか冷たさを俺は感じていた。だけど。
「お願いします。どうか、私達を救ってください」
「……その言葉は」
言葉には緊迫するほどの熱が込められていて、彼女の確かな意思を感じた。間違いない。あの時俺を呼んだのは、彼女ではないが、彼女の仲間である、と。
そうなれば、もはや俺に拒む選択があるわけでもなく。
「俺に出来ることなら、何でもするよ」
そう返事をした。彼女は立ち上がる。目線は同じで男としては少し悔しかった。
「それならば、私も誓おう。お前を守るための聖剣になると」
この選択が後に、俺に大きな試練を与えることになるとは、この時の俺は知る由も無かったのだ。