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22話

 ミーナさんの強さは、戦ったからわかる。単なる肉体のみの力勝負であるならば、例えセリンさんだとしても手も足も出ないだろう。おそらく、あのスピードについていくためには、アクセラレーターという魔法を使わなければ厳しいだろう。

 それほどに、肉体面に特化したスキルポイントの配分をしているということなのか。となると、ミーナさんが他人のスキルボードを取りだしたり、スキルの割り振りを出来てしまう以外のスキルポイントはほとんど肉体面に割り当てられていると考えていいのか。これまで魔法の類を使う気配を見せ無かったことを考えると、この考えの現実性は一気に増してくる。己の肉体で戦う、今回もそうだろう。

 反対に、ラティさん。実際にまだ戦った姿は見たことなんて無いけど、今までのことから組み立てて考えていくと、彼女は肉体面に特化しているわけではなく、どちらかというと魔法もしくは特殊なものにスキルポイントを割り当てているのだと考えて間違いないだろう。

 俺を支える力は持っている。逆に考えて、俺を支えるほどの力しか持っていない。そう考えてもおかしくは無いだろう。

 と、考えていくと、この勝負はミーナさんが有利なのか? 魔法には絶対的に詠唱の時間が必要になる。その詠唱時間の間に攻撃を叩きこむことは十分に可能だ。

 だが、一概にそうとはいえない。以前、カイ=オルフェンスのように器用に自らを強化しながら戦えば、あるいは――


「……ごくり」


 どちらにせよ、激しい戦いになるのはもはや目に見えている。そうなれば、こうして間に挟まれる俺はどうなってしまうのだろうか。


「はっ!」


 この位置取り、もしや――ッ!?


「行く――にゃぁ!!」

「精霊よ――」

「あっ!」

「にゃ!?」


 勢いよく飛びかかったミーナさんは、まさか強引に俺が押し出されると思っていなかったのか、俺へと正面衝突してしまう。


「我に風の足を与えたまへ――アクセラレーター」


 そうなってしまったのは、ミーナさんが全力の突撃であったこと、事前に逆上させられて俺のことがほぼ目に入っていなかったこと。

 幸いなことといえば、俺が未だに生きていることだろう。ミーナさんが直前で急減速してくれなかったら、こうして生きていることも。胸をもんでいることも――


「にゃんっ、お、お前――何するにゃ!」

「こ、これは不可抗力で! す、す……ありがとうございます!」

「そこはすいませんにゃ!」


 などと、ちょっとしたじゃれあいをしている間にも、いつのまにか距離を取っていたラティさんは詠唱を始めていた。


「エアリアルブロークン」


 構えた右手から何か空気上の塊が辺りの空気を振動させながら迫ってくる。ひりひりと伝わる振動。

 これ、やべーやつだな。と、思う。ていうか、これ。俺も完全に殺すつもりじゃ――


「また一つ貸しにゃ」

「ミーナさん、それはちょっと無理が」

「そこで見てるにゃ! 親分だけじゃにゃい。ミーナの力見せてやるにゃ!」


 そんな危ないものへと、ミーナさんは勇敢に立ち向かっていく。笑みを浮かべて。


「にゃぁぁ――」


 そして、走りながら右手を開く。その右手を地面へと突き刺しながら、走り続ける。衣服は風の振動によって徐々に破け、皮膚も傷ついていく。それでも、ミーナさんは歩みを止めない。

 何をするかわからないけど、ギリギリまで距離を詰めるつもりだ。どうしてそこまで傷ついて、この魔法を避けるつもりは無いのか。

 いつの間にか、空へと羽ばたいているラティさんが見える。それほどの威力なんだろう。

 ということは、そういうことなんだろうか――俺を助ける、ため?

 突然、頭を抱えた俺が避けられないと仮定して……?


「にゃッ」


 ミーナさんは地面から渾身の力を使って右手を天へと突き上げる。その瞬間、風が巻き起こり空気の塊が浮かび上がった。

 嘘だろ。そんな展開はさらに続く。あろうことか、ミーナさんはそのわずかに浮かび上がった風の塊を。


「正義の一発にゃ!!」


 拳を握った左手で下からアッパーを繰り出した。今度は浮かび上がるのではなく、天へと向かって飛び上がった。数秒にも満たない時間の後、風の塊が大きな振動と共に爆発した。

 避けるとか避けないとかそんな話じゃねぇ。ミーナさんが助けてくれなければ、絶対死んでた。しかも、粉々に。

 しかし、ミーナさんは本当にすごい。あんなものを生身の体、で?


「その手……ミーナさん! 大丈夫ですか!」


 左手だけではなく、左腕はズタボロ。どんな怪我をすればそんな風になるのか、皮が剥がれ肉は削がれていた。


「大丈夫にゃ!」


 その腕はかすかに痙攣して、大丈夫と言うミーナさんの眩しい笑顔が嘘じゃないことを逆に語ってしまっていた。

 もしかして、と思う。あの時、カイ=オルフェンスから逃げた姿は、偽りの姿じゃなかったのかと。それほどに、ミーナさんの見せつけるその姿は、俺が思い描く勇者像の一つの形に見えて仕方ない。

 目頭が熱くなり、心臓がドクドクと鳴って。その姿から目を離すことなんてできやしなかった。


「ジェットストーム」


 着地していたラティさんは、またも魔法を繰り出してくる。かざした右手から今度は竜巻のような渦を巻いた風が俺に向かって飛んでくる。

 ちょっと待て。これは、どういうことだ。俺に向かって? まさか。


「そうはさせないにゃぁ!!」


 再び、俺を守る様にミーナさんは右手の拳を渦巻く風へと向かって叩きつける。風は二手へと別れ、唖然とする俺を避けていく。じわりと伝わってくる風の力は、その威力を存分に伺わせる。

 こんな力をミーナさんは拳で受けている。それはきっと想像を絶するような。


「舐めるにゃ! これが正義の鉄拳にゃぁ!!」


 やがて、風は止まりミーナさんは振り返る。


「お前には貸しばっかりだにゃ」

「……ミーナさん、その手」

「へっちゃらにゃ」


 脂汗を額に浮かべ、右拳から骨がはみ出て。それでもミーナさんは笑顔を崩さない。

 俺は確信した。やっぱりこの人は悪い人じゃない。多分、信じても良い人。セリンさんがいない今の状況なら、俺がどうするべきか、それが見えてきた。立ち上がり、俺はラティさんへ向かって話しかけた。


「ラティさん、これはどういうつもりですか!」

「ん?」

「俺を狙ってるのはわざとですよね」

「んー……」


 そして、歩き出してミーナさんの前へと立つ。


「ミーナさんが俺を庇うのをわかっていて。それが一番手っ取り早い手段だとわかっていて。どうしてこんな汚いやり方を!」

「汚いも何も。敵だから。ヤシロンを奪おうとする者。この先、私達の行く手を阻む障害なるから」

「ミーナさんが、敵?」


 俺は振り返る。既に立っていられなかったミーナさんがこちらを見上げていた。


「お前たちは、敵にゃ。この世界の理を、もう一度引っ繰り返そうとする悪い奴らにゃ」


 世界の理。そう言われても何をいいたいのか全然わからない。それでも、わかることはあった。


「それならどうして、こんなになるまで俺を庇ったんだ!」

「そんなのわからんにゃ。ミーナもここまでしろと命令されてたわけじゃにゃいしにゃ。それでも、お前が見せてくれた勇姿は、ミーナの心に、響いたんにゃ……」

「ミーナさん」

「くそったれな奴ばっかりじゃにゃいって、わかったのにゃ」


 もう一度、俺はラティさんと対峙する。もう決まった。ここでするべき行動が何かを。


「そこをどけて。鉄拳のミーナはここで始末しておくべき。彼女が生きていることで、私達がするべきことの障害に、数パーセントでも成りえるなら」

「それはできない」

「……ん? ヤシロンは私達の味方じゃないの?」

「味方だよ」

「ならどけて」

「それはできない」


 有無を言わせない視線。ほんの少しだけ俺は迷う。それでも俺はそうするべきじゃないことを知っている。

 俺がするべきことは、救うこと。セリンさんたちの、ラティさんの味方でもあるけど。その前に俺は、誰かを救うべき勇者だから。

 だから、俺は――


「精霊よ――我は勝利を掴む光の勇者」


 誰の意思でも無い、自分の意思に従って聖剣を呼び寄せたのだった。






「……はぁ」

「……」

「はぁ」


 あの後、俺とラティさんはセリンさんと合流して、こっそりと水上都市アスバラムを後にした。といっても、あれほどの騒ぎの後で、当然俺が屋根に上っていると気づかないわけもなく、日が沈むまで追われ続けた。

 何度捕まると思ったことか、それでもこうして五体満足で逃れられたことは僥倖以外の何物でもないといえる。


「俺は、悪いことをしたと思ってないから」


 それでも、後遺症のようなものはあるわけで。元からあまり良くない関係だったといえた、ラティさんとの関係はお互いを知ることもなく最悪な形へと変化してしまった。


「そう、それは私も。私の方が正しいことをしたって知ってるから」

「まぁ。俺はそれよりももっと正しいことをしたけどね」


 当然といえば当然。自業自得といえば自業自得。俺は、ラティさんの魔法からミーナさんを庇い、敵である彼女の傷を癒しただけではなく、ミーナさんが逃げられるように、誓いの書も呼び出して援護をした。

 つまり、やりたい放題しちゃったわけだ。そりゃそうだ、ラティさんからしたら怒って当然だろう。それでも、俺もラティさんのやり方を許すわけにはいかなかった。あんな弱点を突くような姑息なやり方。良心を付け込んだやり方。勇者に背くようなやり方だ。

 あんなやり方を許したら、俺は勇者失格だ。もっとも、あんなやり方じゃなくとも、絶対にミーナさんを殺させたりしなかったけどな。


「平和ボケしたアホ。いずれ、後悔する」

「俺は、後悔なんてしない。救うことが悪だなんて、絶対にそんなことはあり得ない」

「そうだろうな、ヤシロは後悔なんてしない」


 それまで黙っていたセリンさんが口を開く。横目で顔を見るとちょっと笑っているように見えた。


「そういう男だ、ヤシロは。基本的に、馬鹿の考えなしで、お人好しで。馬鹿なんだ。誰かを救うことばかり考えてる勇者バカだ」

「……セリンさん」

「昨日は本当に悪かった。許してくれとは言わない、でも私は」

「許すも許さないも。俺は、セリンさんのことを信用してるよ。だから、気にしないでほしい」

「ヤシロ……」


 ちょっとだけウルッとくるがよくよく考える。


「でも、馬鹿バカって言いすぎだから……」

「それはしょうがない。ヤシロンはバカだから。あのネコ並みにバカだから」

「それは言いすぎっすからね!?」

「バカ、馬鹿、ばーか、はげ、ばーか」

「語呂乏しすぎぃ! つーか、ハゲてもないし! 言っとくけどそれ、悪口だからね!」

「ん?」

「そんな可愛く言っても誤魔化されないから!」

「ちっ、死ねばいいのに」

「わかってはいたけど、ラティさん口悪いよね」


 そんな言い合いをしながら、俺達は歩みを進める。次なる目的地は、エルフの里の近くにあるという村。そこに辿りつけさえすれば、あと一日ほど歩くことでエルフの里へと到着するらしい。


「……まぁ、思ったよりもデータは集められた。それは良かった」


 ラティさんの独り言を俺は聞こえないふりをした。それはセリンさんも同じで。


「でも良かった。姉様とヤシロが仲良くなれたみたいで――」

「「仲良く無いッ!」」

「す、すまない」


 セリンさんと二人だけじゃない、ラティさんも含めたパーティでの新たな旅が始まろうとしていたのだった。



聖剣を持たぬ者編END

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