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20話

「くそっ!」


 二手(?)に別れた後、俺は孤軍奮闘の勢いで走り続けていた。俺を追いかけるのは、8人からいつのまにか膨れ上がった無数の人々。


「ごらーッ!!」

「待ちやがれ!」

「待たねぇところすぞッ!」


 などと、後ろからは罵声を浴びさせられながらひたすらに走る。まるでヤクザに追われているような心境だ。


「どうする、どうする?」


 まだまだ体力的には行ける。幸いなことに距離が離れることは少ないが、距離を大きく近づけられてもいない。

 しかし、こうして目立ちながら走り続けていることが問題だ。後ろから追いかけられているならまだいい。最悪なことは、行く方向に追手が潜み挟まれることと、逃げ場が無い角に追い詰められてしまうこと。そうなれば、ほぼゲームオーバーだ。

 それにしても、不思議な点もある。イーグル・アイを使って後方をわずかな時間観察する。様々な種族が入り乱れているのだ。と、なればだ。一人とは言わず、セリンさんが使ったアクセラレーターという魔法を使える人物がいてもおかしくはないはず。こうして、追いつかれずに逃げきれていることの方が不自然だ。


「でも、それは本当なのか?」


 自問自答をする。ラティさんがセリンさんに言ったことが確かであるならば、俺は少ないスキルポイントで大きく力を伸ばすことができるということだ。それならば、俺の体に割り当てられた数少ないスキルポイントが作用して、俺に力を与えているのか。

 そんな風に考えていると、突如この鬼ごっこともいえる追いかけっこが終焉を迎える。

 行き止まり。目の前には建物、左には建物、右には建物、後ろからは追っ手が。


「詰んだ、か……?」


 そう思った瞬間、頭の中にイメージが浮かぶ。すぐさまそのイメージを頭の中で否定してやる。


「そんなの、上手くいくはずないだろっ」


 でも。後ろからは追っ手が迫ってきている。もう時間はない。やるしかないのか? だめだ、迷っている時間は無い。


「やらないより、やって後悔だろ。失敗したってしなないことは、昨日体験済み、だ!!」


 勢いよく走りだし、今俺が持てる力を使って思いっきりジャンプをする。


「いちッ!」


 宙へと浮かびあがる力が最大になって弱まる前に、あらかじめ寄っていた右の建物の壁に右足をつけて力強く飛ぶ。


「にッ!」


 次に、前方向にあった建物に左足をつく。


「さんッ!」


 今回に限っては力を入れるのではなく、あくまでも繋ぎで。壁を走るかのように右足を壁へとつけて、今度は右足が釣りそうなほどに力を込めた。


「よ――」


 最後に、左の建物の壁にたどりついて、真正面から左足をついて、真上へと上昇を図る。

 もう既にあと少し。あと少しだが、真正面からの上昇のためか、角度的に厳しい。

 いけるか? 疑問が浮かぶ。いや、いく。行ける!


「んッ!?」


 天へと高々と、希望を掴みたくて手を伸ばした。手は宙を切るけど、あと少し、あと少しで届く。


「うっそだろッ!!」


 が、屋上へと手が届きそうな間際。俺の人の域を超えてしまった快進撃は終わりを迎える。

 うそだろ、うそだろ? うそ、だろ?

 嫌な感覚。ジェットコースターが一番頂上へと到達し、勢いよく下方へと降りるふわっとした頼りの無い恐怖。

 届かない。そんな絶望を込めた手は虚空を掴み――


「これで二度目」

「――えっ!?」


 掴むことは無く。俺の手首は意外な人物に掴まれる。

 二度目。その言葉に偽りなんて無くて、頼もしくないはずなのに、なぜか頼もしいと思ってしまう自分がいて、何とも複雑な気持ちになった。


「にゃ!」


 猫女じゃなくて、ミーナさん。俺がこの世界に来て初めて遭遇した人で、助けられたと思ったら、色々されて、その果てに重要な場面で逃げだすという裏切りをしてくれた。本当に何と言っていいからわからない人に助けられたのだった。





「それにしても、面白いことになってるにゃ」

「……面白い? 全くもって、面白くないですよ。昨日は街を歩いても追われなかったのに、今日は朝早くから歩いただけでこれですよ」

「にゃっはっはっ。人気者はつらいにゃー?」

「嫌味ですか? それよりも、そろそろ下してください。流石にこの年になって女性にお姫様抱っことか恥ずかしいことこの上ないですから」


 胸部へと当たる胸の感触は、やはり良いと言わざる負えないが、ちょっとこの状況でい続けるのはあまり良くないと思った。もし何かあったときに、身動きを取りづらいし。


「ほいっと、にゃ」

「……ふぅ」


 一息つく。安全な場所とは言えないが、あれからミーナさんは俺を抱っこしながら、俺なんかとは比べ物にならない速度で屋根から屋根へと飛び移った。

 俺はイーグルアイを使って後方を探索し、追手が離れていった瞬間に声をかけたという訳だ。おかげで今も、俺とミーナさんはどごぞの建物の屋根の上。まぁ、下よりは安全かもしれないからいいけど。


「にゃ」

「……はぁ?」

「にゃッ」


 やたらと胸を強調するポーズだ。顔はいわゆるドヤ顔で、その表情で俺に何を求めているのか分かってしまう。正直、体だけ見ていると欲情してもおかしくはないけど、この憎たらしい表情を見ているとそんなことが微塵も気にならないのはなぜだろうか。俺にはわからない。


「えっと、ありがとう、ございます?」

「返事が曖昧にゃ!」

「ありがとうございます」

「返事が棒読みにゃ!」

「ありがとうございます」

「返事が小さいにゃ!」

「ありがとうございます!!」

「ふふんにゃ」


 いや、助けてもらったけどさぁ。ちょっとだけ。ほんのちょっとだけむかつく。俺もまだまだ修行が甘いなぁ。


「どうにゃ。ミーナの相棒になる気ににゃったかにゃ?」

「いや、そういうわけじゃ……」

「親分も言ってたにゃ。ミーナとお前が組めば最強になれるにゃって、にゃ」


 今の最後のにゃ、はいらなかったよね。という突っ込みはしなかった。


「でも、ミーナさん逃げるでしょ」

「にゃ!?」

「あの時超逃げたじゃん」

「あれは、戦略的撤退にゃ! 別にカイ=オルフェンスが怖くて――」

「あっ! カイ=オルフェンス!?」

「にゃぁッ!?」


 俊敏な動きで俺の背後へと隠れる。もはやこの速度は伝統芸といって間違いないだろう。すごい。俺はそう思った。

 俺は首を後ろへと向けて、しばらくミーナさんを見ている。ビクビクと怯えて目を閉じている。やがて、何かおかしいことに気付くと目を開けた。

 目が合う。ちょっと笑顔を見せると、全てを察したのか顔を赤らめた。


「嘘つきは盗賊の始まりにゃ!」

「何か微妙に違うような……」

「だからミーナの下僕になるにゃ!」

「さっきよりランクダウンしてません?」

「細かいこと気にするにゃ! 盗賊の始まりにゃ!」


 もはや脈絡すらも無くなってきた。ていうか、この人なんでここにいるんだろう。えぇと。なんだっけ。

 ブルドック盗賊団だっけ? てことは、その人たちもここに来てるんだろうか。


「そんな話よりも」

「そんな話にゃと!」


 一々オーバーリアクションをかましてくれる。ちょっとめんどくさくなってきたのは内緒だ。


「ミーナさんは一人? 他の方たちは?」

「……あれから色々とあったのにゃ。お前のせいでミーナは、お前を捕まえるまで帰れなくなったのにゃ」

「へぇ……」

「でもそこは賢いミーナ様にゃ。親分は甘いからにゃぁ。ちょっと放浪して、泣きながら戻れば親分なんて一発なのにゃ。だからミーナは、ミーナの家があるここに戻ってきたのにゃ」


 ミーナさんには全く同情する要素なんて無いけど、ミーナさんの親分には少し同情をする。そもそも、彼はミーナさんを信じて送りだしたのだろうか。それとも、他の部下への体裁を気にして送りだしたのだろうか。どれもわからないが、頭が悪そうなイメージではない。

 何かしらの意図があってもおかしくない。もっとも……


「にゃ、にゃにゃ? ミーナを無視するにゃぁ!」


 対象が破天荒すぎて読めるわけがない。そこらへん、やっぱり策士なんだろうなぁ。


「で、これから俺はどうすればいいんだろうなぁ」


 そろそろ、ミーナさんに対する分析は止めにしておこう。俺は知らなければいけない。どうしてこんなことに巻き込まれているのかを。


「にゃっふっふっふ。お困りのようだにゃ」

「そりゃあ困ってますよ。俺がそもそも追われている原因が分からないし」

「あぁ、そんなことにゃ。これじゃにゃいかにゃ?」

「これは」


 渡されたのは一枚の紙切れのようなもの。


「俺……?」


 そこに書いてあるのは、中々繊細に書かれた俺の似顔絵だった。そして、日本語では無い文字で何かが書かれている。

 見破る。以前見えなかったはずの文字が理解できていく。そこにはこういった内容が書かれていた。


「お尋ね人。この者を見つけだし捕まえた者には金一封を贈呈する。尚、この者を捕まえるのに魔法やスキルなどの類を使用することは禁ずる。己の肉体のみで捕まえるのだ。さぁ、祭りの始まりだ」


 なんだこれ。声が出なかった。なにこれ。えっ、まじでなにこれ。なんなの。怖いんだけど。


「……ミーナさん。これなにっすか?」

「ちょっとしたお遊びにゃ」

「遊び? ちょっとした……?」


 そんなちょっとしたお遊びで俺は全力でムキムキの男どもに追い回されていたのか。しかもあいつら、どう考えたって本気だったぞ。


「ミーナ様の生まれた街アスバラムでは、こうした祭りが定期的に行われてるにゃ。宝探しにゃんかもやってるにゃ」

「なんでこんなことを?」

「さぁ、ミーナにはわからんにゃ。平和がどうだかこうだかって感じにゃ」


 しまった。完全に聞く相手を間違えたな。だけど、こうなってくると俺にはさっぱりわからない。

 そうなると、わからないならわからないなりに行動するべきだろう。ミーナさんが言うには、ちょっとしたお遊びっていうぐらいだから、捕まったぐらいでどうなるわけではなさそう。でも、捕まること=エルフの里につくことが遅くなってしまう可能性が高くなる。

 と、すれば。ここはとりあえず何とか捕まらずに切り抜けて、二人と合流するのがベストだろう。この街のお祭りであれば外にさえ出てしまえばそれで終わりだろう。


「下の奴らも気づき始めた頃にゃ。そろそろ安全な場所に移動するにゃ」

「……安全な場所?」

「そうにゃ。とーっても、安全な場所にゃ」

「なーんだ。そんな場所あるなら早く言ってくださいよ。で、ミーナさん。そこはどこ――」

「にゃぁ!!!」

「うぉ! あぶなッ!?」


 何を思ったか、突然殴りかかってきたミーナさんの拳を避けて、俺は一歩、二歩、三歩と距離を取る。正直な話、心のどこかで疑っていなければ今の一発は避けられなかっただろう。


「にゃ。食らっておけば痛い目に合わなかったのににゃ」

「食らっても痛いことには変わらないよ」

「どっち道変わらないにゃ。お前は親分の手土産、にゃ」


 今はまだ、ミーナさん達がいるところに行くわけにはいかない。例え、正解がそちら側だとしても。セリンさん達を救うのが最初だ。それを成し遂げなければいけない。


「ミーナさんに、一つ聞いておかなければいけないことがある」

「にゃ?」

「仮にここから落ちても、ミーナさんなら問題ないよね」

「にゃはっはっは。こいつ、ミーナに勝つ気でいるにゃ」

「勝ち負けは関係ないんだ」


 そう、勝ち負けは関係ない。その理由は一つ。おそらく、ラティさんは何かしらの方法で俺を見ているはずだから。それに時間稼ぎさえすれば、不審に思ったセリンさんが助けにきてもおかしくないだろう。


「力を試したい」


 ラティさんが考えていることが確かであれば、俺はそれなりに成長していることになる。5階から落下してもしなないほど。となれば俺は、かなりの成長を遂げていると見て間違いないだろう。

 今であれば、少し戦い方に工夫を加えられるはずだ。それに、どの方向に進むかの可能性を探ることも。


「……面白いにゃ。思いっきりくるにゃ。ペシャンコにするにゃ」


 じいちゃから教わってきたものがどの程度通用するか、知るべきだろう。

 

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