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プロローグ

――お願いします、どうか私達を救ってください。


 その声に導かれるままに手を伸ばし、異世界へと連れていかれてしまった俺――藤堂社。まだまだ、この世界に馴染めているわけではないが、色々と分かってきたことも多かった。ちょうど三日前、新たに魔獣との遭遇も果たし、俺はまた一つ、この世界の掟を知ることになったのだった。

 そして、今まさに新たなことを知ることとなる。


「ふ、ふぇぇ……」


 なんて、実に間抜けな声を出しながら目の前の光景に見とれてしまう。水上都市アスバラム。こんな異世界でこんなにも近代的な街といわれるものがあるとは思わなかった。


「こ、これが水上都市、かぁ」


 見晴らしの良い広大な湖の上に建てられている街。まるでどこぞの映画に出てきそうな綺麗な街並みと透き通るような水の色。幻想的でありながらも、かなり現実世界を思い出させるような建物の数々。一瞬、ここは元いた世界で、どこかの名所にたどり着いたのかのような既視感を感じさせたのだった。


「間抜けな声を出してどうした? そんなに珍しいのか?」


 俺の横で少しだけ馬鹿にしているのは、同行者のセリンさんだった。いつ見ても変わらない色っぽい体つきは、青少年の俺には刺激が強いのは言うまでも無かった。


「珍しいというか、なんというか。綺麗というか……」

「それはそうだろう。この水上都市アスバラムは、先の戦争後に作られた最も新しい都市だ。人間が作った建物はどれも外観に気を配られていると聞くが、他の都市に比べても最新の技術を使いこまれているせいか、この都市ほどに立派な街は無いとも言われている。もっとも、私は今回里から出るのが初めてだから、こういった街を見るのは初めてだけどな」

「へぇ、セリンさんもそうなんだ」


 セリンさんの横顔を見る。声だけではまるで興味の無い言い方に聞こえたが、彼女の横顔見れば一目瞭然だった。

 初めて見るものに興味を隠せない子供のような顔。里を出るのが初めて。エルフという種族は、外界との接触を避けている種族なのか。それとも、外界に出れない理由があるのだろうか。今の俺にはわからない。わからないけれど、わかったこともあった。

 例えばの話。こんなことを俺は聞いたことがある。嫌いにはいくつもの段階があるらしい。第一段階は、その嫌いなものの一部が嫌い。第二段階は、その全てが嫌い。第三段階は、そのものだけではなくその周辺に携わるもの全てが嫌い。最終段階は、その嫌いなものに全く興味がわかない、いわゆる無関心だ。あくまでもこれは聞いた話だから、最終段階の無関心に関しては俺の頭にはハテナマークが浮かんでしまう訳だけど、第一から第二にかけての変化についてはわかる。嫌いの度合いが大きく進行しているからだ。

 そして、この段階にかけてセリンさんの状況を踏まえるならば、彼女はまだ第一段階にいるのではないかと予想できるということだ。人間が嫌い。だけど、人間が作ったものが嫌いというわけではない。人間という種族を恨んでいるけど、人間が作ったものを美しいとは感じる。

 で、あるならばまだまだ救いようはあるように思える。あんたなんて大っ嫌い! でも、好き! なんて感じだろう。え……? ちょっと違う?


「まぁ、それは置いておいて」

「何の話だ?」

「セリンさんは気にしなくていいよ、こっちのちょっとした戯れごとだからね」


 目下、俺が気になって仕方が無いのがここで待っていると言われている噂のセリンさんの仲間だ。セリンさんが言うには、セリンさんよりも大人の女性で口数が少ない淑女らしい。そして何といっても。


――こんな私にも優しくしてくれたんだ。


 優しい、とのことだ。聖母のような優しい女性なのだろう。はっきり言って、俺は期待している! 新キャラ! 新ヒロイン!(?) 巨乳!(??)

 既に準備はできている。ここ数日でさらに鍛え上げられた俺の見破るを使う機会が。セリンさん相手でももはや、気づかれないほど巧妙に見破るを使うことができるほどに成長した。全ては今日この日のために。


「それよりも早く合流しよう。えぇと……何さんだっけ?」

「ラティーシュ。ラティと呼ばれている」

「へぇ、ラティさんね。さぁ、それなら早く行こう! さぁ、早く!」

「あ、あぁ。なんだか今日はやけに張り切っているんだな」

「そんなことはないよ! 俺はいつも張り切っているさ!」


 なんてことを考えている時期も俺にはありました。数10分後、何とも言えない気持ちになるのを。詐欺にあったと叫びたくなったのは言うまでも無かった。







「外から見た時からすごいとは思ってたけど、やっぱりこれはどう見ても」


 水上都市アスバラム。やはりと言っていいのだろうか、どう見てもこの街は俺がいた世界に似た技術で街が作られているのに違いなかった。以前訪れたアンバーは、例えるなら江戸時代なんかよりももっと前の時代の技術で作られた簡素な街だった。しかしながら、この街は違う。文明を数千年越えたのではないかと錯覚させられるような。

 そんな錯覚を払拭してくれるのは、街を歩く大勢の人々。獣人、人間。細かくジャンル分けをすると、かなりの数の種族がこの街にはいるんだろう。その事実は、俺には違和感しか与えなかった。


「どう見ても……なんだ?」

「えっ、あっいや。そういえば、何かこの街の雰囲気、少しアンバーとは違うような気がするんだけど。アンバーでは、動物園のゴリラにでもなった気分だったのに」

「動物園? なんだそれは。ヤシロはよくわからない例えをするな」

「物珍しい視線に晒される職業みたいなもんだよ」

「それはとても大変だな。私には耐えられない」


 セリンさんに相槌を打ちつつ、俺は違和感の原因を追究することにした。


「さっきこの都市は戦争後に作られたと言ったよね?」

「そうだ」


 何の戦争かはわからないけど。そこは話の流れで理解しよう。おそらく、この世界の人達にとって知っていて当然、知らない方がおかしい。そんなレベルの話なのだから。おおっぴらにここで追及するのもこの人通りの多さだと不用意になりかねない。

 だけど、それに近いことを聞かなければいつまでも真実にたどり着けないわけで。俺は大変仕方なく、セリンさんの耳元へと近づくことにした。


「あの――」

「近いぞ」

「……すいません」


 ですよねー。と心の中で納得する。決して仲が悪いわけじゃないけど、間違いなく仲が良いわけでもない。俺としては、誰でもウェルカムなんて聖人君子のような域にまで達しているためそうではないけど、セリンさんにとっては俺は所詮人間というカテゴリーに過ぎない。というわけで、話すことはオッケーでも近づくことに関しては嫌悪感が発生してしまう、そんなところなんだろう。うん、きっと俺、個人のことを嫌っているわけじゃない。そうじゃない、そうじゃない。

 と、ちょっと言い訳がましい落とし所をつけて今度は小さな声で尋ねてみる。


「戦争後に作られたなら、どうしてこの街は、色んな――」

「種族がいる?」

「そうそう。この間までいたアンバーだって……ん?」

「ん?」

「ん……?」


 声がした方向、視線を下すとそこには子供らしき紫色の髪をした子供が俺とセリンさんの間に立っていた。目が合う。無機質な目が俺を品定めするように向けられていた。


「誰?」

「俺が聞きたいわ!」

「……ん?」


 女の子が首を傾げる。可愛い。じゃなくて、むしろ俺がそうしたいぐらいなんだが。なんて不満をいいながらも、その仕草がやはりかわいらしく見えてしまうのも事実。子供は可愛い。この世界でも通用する常識だったのだろう。セリンさんの目もそう語っているような気がした。


「セリンさん、行こう」


 しかし、時間は有限なもので、俺達は早く待ち人と合流しなくてはならない。俺は一歩歩き出すが、セリンさんが動き出す様子は無く、再度話しかけようとした時だった。セリンさんは女の子に向かって膝をついて見せた。


「お久しぶりです、ラティ姉様」

「ん」


 そして、その儀式がごく自然なものだといった様子だ。俺は信じられず二人を見比べて、もう一度見比べた。つまるところ、二度見だ。


「……この人?」

「はい。姫様が呼びだした男になります」

「そう」


 女の子、ラティさんと思われる人も値踏みすかのように下から上に向かって眺める。続いて、先ほどと同じように首を傾げた。その何度目かの態度に俺はようやく気付いた。彼女の二つの目が捕えているのは、出会ってからセリンさんへと一度も向けられることは無く、ただひたすらに俺を注視していたということ。その推測が俺を不安へとさせた。

 さらにその不安は的中することになる。


「でもこの人、聖剣が無いよ?」

「実はヤシロは――」

「そうじゃない」


 確信を持ったようにセリンさんの話を遮り、俺へと指を向けた。こらこら、人に指を向けるんじゃありません。なんて言える間も無く。


「この人、そもそも聖剣が無い」


 その事実だけが胸の奥へと突き刺さった。


「え?」

「は?」


 同時に同じようなリアクションを俺とセリンさんはしていた。


「俺には聖剣が無い?」


 それがどういったことを意味するのか、まだ真相を聞いていないからわからないけれど。きっと、そういうことなんだろう。

 ミーナさん、良かったな。もしかすると、ミーナさんが俺にしたことは取り返しのつかないことではないかもしれない。

 既に取り返しのつかない状況だったのかもしれない、と。俺は静かに自嘲したのだった。

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