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14話

「社! じいちゃがどうやって魔法の国を救ったかわかるか?」


 この話をじいちゃから聞いたのはいつだったか。正直なところ覚えていない。覚えていないが、今の今でもしっかりと話を覚えていた。


「んと、敵を倒して救ったんじゃないの?」

「まぁ、一般的な物語はそうだろうなぁ。でもなぁ、社。そうではない」

「でも、敵を倒せば平和がくるって、聞いたことあるよ?」

「そうだなぁ、確かにそうだ。敵を全て倒して、世界そのものを味方だけにしてしまえば、平和は訪れる。そのやり方も間違ってはいないし、正統的なやり方であるとはいえるなぁ」

「じいちゃは何が言いたいの?」


 その時の俺がよく知っている勇者は、シンプルに敵を倒して世界の平和を勝ち取る勧善懲悪もののヒーローだった。正直言って、俺の中の最初のヒーロー像は正にそれであった。勇者は剣を取り、世界を脅かす魔物を斬り伏せて世界を救う。そんな単純明快な勇者に憧れていたのだった。


「でもなぁ、社。邪悪な敵を斬り伏せて平和を掴み取ろうとする行為は、いわば敵と同じことをしているのに過ぎないんだ」

「……んぅ??」

「はっはっは。社にはまだこの話は早かったなぁ」


 だからこそ、じいちゃの言葉が胸に突き刺さることは無くて。


「でも、いずれ分かる日が来る。そうだなぁ、社が大きくなって、人を救ってみて。失敗や成功を重ねてわかるんだろうなぁ」


 その時は、まるでじいちゃが言っていることがわからなかった。でも、いい年になった俺にはわかるんだ。誰かを表面的にではなくて、本当の意味で救うということは簡単なものではないということ。敵を倒して何かを掴みとることは、所詮一時的な感情に過ぎないということ。


「……だけど」


 それはわかっている。わかっているけれども、この状況でそんな綺麗ごとを叫んだとしても、この現状が変わるなどということは決してない。

 目の前で繰り広げられているのは、正に死闘。セリンさんは、俺を生かそうとするために戦い。ワイルドウルフの長は傷つけられた仲間のために戦う。どちらにも理由がある。もはや、引くことなどできない。

 ワイルドウルフの長はひたすらに突進を繰り返し、鋭利な爪や強固な牙でセリンさんへの有効打を狙う。セリンさんは、両手に持つ剣でひたすらに相手の攻撃を捌いていた。これだけの体格差なのにも関わらず、平静を装いながら捌き続ける。


「精霊よ、我に風の足を与えたまえ――アクセラレーター!」


 相手の隙をついて、セリンさんは自身に魔法の力を付与した。その理由は、明らかであろう。相手のワイルドウルフの長の素早さといえば、それまでのワイルドウルフと比較にならないものであったから。

 防戦一方であった戦局を動かすためにも、セリンさんが自身の素早さを上げることは必須であった。


「貴様が高貴なエルフであったのならば、我は手も足も出なかったであろう」

「……何が言いたい」

「ふん。そんなものは小細工に過ぎないと言いたいのだ」


 不敵な笑みを浮かべて、相手は後退して距離を取った。どう動いてくるのか、横で見守っている俺には予想することは難しく。それは対峙しているセリンさんも同様であるように見えた。額から落ちる汗。魔法を付与したとはいえ、まったく余裕が無いことを感じさせる。加えて目に浮かぶのは迷いなんだろう。仕掛けるべきか、それとも受けにまわるべきなのか。迷っている。時折向けられる俺への牽制の目線も、セリンさんを迷わせる要因となっているのだ。

 対してワイルドウルフの長は、その様子をニヤニヤとしながら観察しているように見えた。その瞬間、俺はこのままでは駄目だと思った。手玉に取られているような感覚。セリンさん一人では勝ち目が無いのは目に見えていた。

 倒す、倒される。殺す、生きる。そんな戦いは御免だが、彼女が痛められる姿を指を加えて見ているなど、それこそ本末転倒だ。全てを救いたい。だけど俺は、彼女を、彼女たちを救うために呼ばれてそれに応じたんだ。忘れるな。まずはセリンさんの命だ。


「……見える」


 目を閉じて、ワイルドウルフとセリンさん付近の空間を見破る。見えてくる。この空間を上空から見下ろした平面図となっている。その平面図上で相手がどんな経路を辿って、どんな攻撃をセリンさんに仕掛けようとしているのかが手に取るように予測できる。

 その結果、理解できていく。ここで俺がするべきはどんな行動か。戦局を優位に進められる最適な行動が。


「精霊よ、我は闇を生きる道化師。我に宿りし聖剣は、世界をも騙す偽りの書。精霊よ。闇の盟約により、聖剣の封印を解き放て。出でよ、誓いの書」


 俺の手に、幻想術式で生み出された誓いの書が現れる。ご都合主義は起きるわけも無く、ページ数は変わらないし、使える魔法が増えたわけではなかった。精霊石だって手元には無い。俺が使えるのはちっぽけな数種類の魔法。それを知りながらも、俺はそれだけを頼りにするしかなかった。幸いなことだったのは距離があったこと。ばれることは無かった。

 俺が誓いの書を手にした数秒後、相手は後ろ足に力を入れて地面を蹴りあげた。


「――ッ!?」


 相手は真っ直ぐ向かってはこなかった。セリンさんの頭上を飛び越えて、セリンさんの背後に着地した。


「精霊よ、風を起こしたまえ――ウィンドカッター」


 振り返ったセリンさんを襲うのは、無数のつむじ風。大した威力があるようには見えない。だが、このままダメージを受けて悪戯に疲弊するわけにもいかず、セリンさんは自らの剣を防御の代わりに利用しようとする。そんな中でワイルドウルフの長はウィンドカッターよりも素早く、これまで見たことのない早さで瞬時に移動するのだ。


「アイスニードル」


 ここから相手は、斜め方向に駆けて、ウィンドカッターを受け止めるセリンさんの真横から攻撃を仕掛けて――彼女の首元に被りつき、その首を裂く。それは明らかなゲームオーバー。俺にはそこまでのビジョンが見えていた。

 だから俺は、一度着地をし真横から攻撃を仕掛けようとする一瞬を狙い定める。相手が勝ちを確信した瞬間を、もっとも外部からの攻撃への注意を薄れる瞬間を。神の時間ともいえる至福の時間に水を差すために。


「ライトニング、アイスニードル、ライトニング、アイスニードル!」


 ページを切り替えながら、アイスニードルとライトニングの呪文を唱える。計5発。相手へと向かって氷の柱と指定した場所の頭上からいかづちが降り注ぐ。

 予想通り、相手が着地した瞬間に無防備な後ろ足へとアイスニードルが突き刺さる。


「何!?」


 大したダメージは無いようであったが、完全な不意打ちであったために、相手の目線はこちらへと向く。


「貴様ッ!」


 俺を見つけるや否や、強烈な殺気を向けられる。殺人的で凶悪な目線。正直足がすくみそうになったわけだが、そんな相手へと向かって頭上から雷が落ちる。ダメージはまるで見られないが、明らかに動きが鈍っていた。


「セリンさん! 今だ!」


 状況を掴めず動けぬままだったのは、セリンさんも同じであった。しかし、それでは困る。俺の攻撃など本当に足止めに過ぎないのだ。せいぜい止められる時間は、あと三つの魔法が相手へぶつかるまでのほんのわずかな時間。それが終わってしまえば、相手は真っ先に俺へと向かってくるだろう。そして、それをセリンさんが防ごうとして、きっと俺達の旅はここで終わる。そうはさせるか。

 そんな俺の思惑を察してか、セリンさんは力強く頷いてくれた。


「承知した!」


 続いて、剣を持つ両手を振り上げる。すぐ振り下しはせずに、両手に握る力を強めていく。呼応するように刀身は光輝いていったのだった。煌めき輝く剣を握るその姿は、俺がかつて思い描いた勇者のワンシーンであるように思えた。


「はぁぁぁッ!!」


 そして、剣を力いっぱい振るった。


「散れッ!」


 セリンさんが振った剣の先から、大きな風の刃が現れて相手へと向かって跳んでいく。その刃が地面を通り過ぎるたびに、地面には割れ目が入りその圧倒的な威力を伺わせる。敵を滅するための正義の必殺技。そう呼んでも間違いない迫力だった。


「くそ、貴様ら――我を、こんな小細工でッ!!」


 最後の魔法、アイスニードルが相手へと突き刺さる。ほぼ同時刻、ワイルドウルフの長にセリンさんが放った風の刃が命中したのだった。大きなうめき声をあげながら、相手は後方へと吹き飛ばされていく。木々はなぎ倒されていき、想像通りの力が込められていたことを知る。


「……ふぅ」


 体から力抜けていく。セリンさんのように体を張ったわけじゃないけど、ただの17歳の男がするにはヘビーな体験であったのには変わりない。

 それにしても、上手くいって良かったと思った。いくらワイルドウルフが水や雷を弱点としているとはいえ、ああも絶妙に効果を出してくれるとは。交互に魔法を出したのは咄嗟の思いつき。どんな効果があったかなんて、まるでわからないけど本当に良かった。もしかすると、魔法の組み合わせによって、俺みたいな弱小魔法使いにも効果のあるやり方が――


「膝をつくのは後にしろ、早く逃げるぞ!」

「え?」


 考えは中断されて、現実へと戻される。地面へ膝をついてしまってる俺を無理矢理立たせようと、セリンさんは必死になっていた。荒い息が聞こえるし、力もいつもよりも格段に弱い。疲弊しているんだ。戦闘を続けることが困難であることをわかっている。だから、早く去ろうとしているのだ。俺にはそれがわかった。だけど。


「あぁ、わかったよ」

「――ヤシロ? お前は、どこに行こうとしている?」

「どこって、そりゃあ決まってるよ。それは」


 そうするわけにはいかなかった。俺にはまだやるべきことがあったから。


「さっきのデカイ奴のとこだよ」

「どうして。お前は一体何がしたいんだ」

「何がしたい……か」


 俺は辺りを見渡す。先程の戦闘で草木は荒れ果て元の原型を留めておらず、流した赤い血があちこちに点在し、うめき声をあげながら倒れる狼の姿が目に入ってくる。

 これも自然の摂理、ってやつなのかな。誰かが勝って、誰かが負けて。俺とセリンさんは、たまたま勝者になることができて、地面に力強く立っていることができている。逆に、敗者は地面で血を流して、恨めしい目で見つめるのだ。それが唯一許された敗者の権利であると言わんばかりに。


「きっと、本当のところ。俺が一番わからないんだろうね。まだまだ俺は中途半端で、じいちゃのような勇者になりたいって思ってるだけで。本当は、どうあるべきなのかを定められていないから。その場しのぎで、動いてしまってるんだと思う。きっと。おそらく。多分、って。悩んでるけど、敷いてしまったレールから外れないように努力して、悩んでるけど悩まないように決断を早くして。勇者の在り方ってやつを手探りで探しているんだと思う」


 まだ成熟しきっていない感性が、こんな状況を間違っていると叫ぶんだ。お前の目指すべき戦いは、こうではないって。これは違うんだって。幼稚な声で叫んでいるんだ。こいつらも救いたいって。


「それでもこれだけは言える。俺は救いたい。救えるものは、敵味方関係なく救いたい。世界を大団円のハッピーエンドに導きたいって、本気で思っていたいんだ」

「わからない。やはり、私には分からない」


 下を向いて分からないとセリンさんは呟く。そんな彼女に手が伸びかけるが、俺はそれを躊躇いギュッと拳を握って下した。そして、彼女に告げる。


「大丈夫だよ、セリンさん。ここからは、きっと俺の戦いだから」

「私は。私は、どうすればいい? 命令をくれ。どうすればいいか、まるでわからないんだ」

「……そうだね、何もしなくていい。側にいて、俺がすることを見届けてほしい――目をそらさずに」


 その言葉に彼女は顔を上げた。目と目が合う。彼女の灰色の瞳は、俺を蔑んでいるのか、はたまた失望しているのか。

 どれもこれもネガティブな感情しか見えてこない。それでも俺は。

 誰かに語られた覚えのある道を。勇者としてあるべき道を進むことを選んだのだった。

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