13話
魔獣、ワイルドウルフ。正直言って、想像しろと言われても俺には、RPGとかのゲームで出てくる雑魚キャラの一部である、白い毛並みの狼しか想像できない。使える技といえば、噛みつくや引っかくなどの切り裂くようなものが主にあげられ、特徴として素早さが高いのもある程度共通認識として捕えて間違いないだろう。
しかし、事実そうであるならば、獣人達が人間に魔獣の討伐を依頼するほどの脅威ではないといえる。それに加えて、アンバーの獣人たちは人間を嫌っている。手を借りたくない、けど討伐するにはしょうがないから我慢する。という風な状況だった。
と、なればどうしてワイルドウルフの討伐を人間に依頼するのか。きっと、ちゃんとした根本的な理由があるのだろう。魔獣と人間。何かしらの関係性もあるのかもしれない。
「……それにしても」
草原をできる限りの早さで走りながら、俺は思う。話が違う、と。俺の聞いた話では、かつて人間と獣人は仲が良かったはずだ。
良かったはず、というのは、そもそも世界を支配していた魔獣たちを協力し、正義の力で成敗して心を改めさせた、というのがじいちゃから語られた話だったはずだ。
「何かおかしい気がする」
じいちゃは嘘をつかないはずだ。一度は疑ってしまったけど、じいちゃが語っていたことに嘘がないのは身をもって体験している。それなら、かつて共闘関係にあったのはおそらく間違いないだろう。いや、おそらくではない。
――かつて味方になった勇者を背中から一振り。
と、キザな男が言っていた。となれば、『先の戦争』とやらも関係してくるのだろうか。時系列でいえば、おそらくじいちゃが元の世界へと帰った後。この世界で何かがあった。これは、エルフの里に到着する前にどこかで調べておきたい。
まぁ、とりあえずこの話は置いておくとして。
「……こう何というか、形に嵌らないというか。将棋で例えるなら、あと5手で詰められるはずなのに、どうしようもない敗北感を予感せざる負えないというか」
何だこの例え。あまり意味分からんぞ、おい。しいてあげるとするなら、鍵開けをしてる時――あっ、いや。鍵開けは練習だから。誰かの家の鍵開けようとか犯罪行為に加担したとかは無いから、そこは勘違いしないでね。
話は戻るけど、鍵開けを練習している時、開きそうで開かない時ってあるよね。あれってどうしようもないもどかしさがあるんだ。まぁ、そういう時はちょっと鍵の中を掃除すればいいんだけど。だがしかし、鍵を開けるという使命に晒される時、そんな小道具があるわけも無い。だから俺はそのもどかしさと格闘しながらも鍵を開ける。そうしなければ技術は向上しないんだ。
「アホか、俺は」
などと一人で突っ込んだりしている内に、草原を抜けた先の山の付近に着いた。やっぱり、身体能力は明らかに向上している。全く息切れせずにこのスピードであの距離を走れるなんて。陸上の世界記録を大幅に更新できる日も近いかもしれないなぁ。
「……ふぅ」
一つ小さく息を吐く。ここからは、慎重に足を進めるべきだろうと思っていた。その矢先、俺の目にいくつもの獣の姿が目に入る。
「やばッ!?」
すかさず伏せて草陰に隠れた。当然物音はしてしまい、視線がこちらへと向くのがわかる。嫌な感じだ。
ばれる、ばれない? アウト、セーフ?
「物音がしなかったか?」
「あぁ、したぞ」
まぁ、そうだよね。それなら、ここは一か八か……!
「にゃ、にゃぁ……」
か細い裏声で演じるは白い子猫。迫真の演技で友人からは確かな評価を頂いている演技だ。
「なんだ、猫か」
「そうだな、猫だ」
と、何とか騙されてくれたのだった。自らを称賛しながら、俺は低い姿勢のままそこにいる獣たちを見る。
うん、狼っぽいやつだこれ。最初のイメージと唯一違う点といえば、白い孤高さは無く、茶色の泥臭さを感じる色だということ。それ以外はほぼイメージ通りで、四足歩行の狼の足の爪はどれも鋭く、口から覗かせる鋭利な歯もかなり驚異的に思える。
違う点といえば――
「デカイな。画像で見た狼の画像よりも2倍ぐらいでかいなぁ」
ということはこれまた脅威が増えるということだ。人間が背が大きくなり体重が増えることによって多少なりとも強くなることしかり、狼もまた体が大きくなるということで強くなる。これは自然の摂理と言えよう。
と、冷静に分析していた。正直言って油断していた。てっきり猫の演技に騙されたのだと。
「――まさかッ!?」
突然、二匹の狼はこちらへと同時に目線を向けた。そして、感じるのは後方から見られているいくつもの視線だった。血液が逆流するかのように驚愕し、俺はその場を立ち上がりながら周り見渡した。
見渡す限り狼、狼、狼、狼。相手を観察している隙に、静かに囲まれていたようだった。あ、これはマズイな、と思った。
そして、若干テンパリながら俺は叫んだ。
「どうしてわかった! 猫じゃないって!?」
「当たり前だろ」
「あんな男くさい猫がいてたまるか」
冷たい酷評で心が痛みながら、秘かにこの場を打開する策を模索する。
狼、ワイルドウルフの数は目視できるだけでも10匹近くいる。どれもこれも、ただの獣とは呼べず、喋ることができること、こうして囲うという集団行動をしたこと、知的な分析で見事に猫の演技を見破ったこと。これらを顧みれば、相応の知性を有しているということだ。
魔獣。強そうな言葉に偽りなど無く、厄介な相手であることには変わりないことはあきらかだった。どうするべきか、と俺は思う。もし、俺に戦う気があり討伐が目的であれば、ここでするべき行動は絞られてくる。
が、そうではない。俺がここに来た理由は、ワイルドウルフの討伐などではない。セリンさんの救出だ。そもそも、俺はワイルドウルフの討伐などするつもりなどは無かった。討伐というよりは、説得だった。
「セリンさんは……褐色肌のエルフは無事なのか?」
「まさか、お前はあのエルフのために我らの元へ来たと言うのか?」
「当たり前だろ。ついでに言えば、こんなつまらないことやめろって説得しにきた」
俺の発言に、狼たちは顔を見合わせる。そんなにおかしい発言なのだろうか。やがて、一匹の狼が返答してくれる。
「おかしな人間だな」
「よく言われる。でも、自分ではまともだと思ってるよ。それよりも、無事かどうか教えてくれ」
「無事かどうかは知らん。われらの長が連れていったからな」
「そうか。なら、その長のとこに連れて行ってくれ」
「……はっ。お前は何を言っている」
あざ笑うかのような声が耳から入ってくる。いじめられっ子は常にこんな状況なんだろうな、やりにくいよ。何を言っても馬鹿にされる感じだ。それでも。
「俺はただ、彼女を取り戻しに来ただけだ。別に君たちとどうこうするつもりは決してない」
「信じられるか、薄汚い人間の言うことなど。エルフともども噛み殺してやるわ」
やはり、話は通じることは無い。まるで話にならないとはこういうことを言うのだろうか。交渉の余地すら感じさせないほどにばっさり切られたのだ。
どうする……?
「くそっ」
俺は空間全体を見破って、あらゆる情報を頭に入れていく。攻撃を仕掛けようとして狼は、5匹。突進をして何かしら仕掛けようとしてくるようで、対面の狼とぶつかり合わないように調整している。攻撃の順番も定まっているようで、順々に攻撃を仕掛けてくるつもりのようだ。後ろで控えている攻撃の意思の見えない狼は待機していて、一匹がやられたら補填するための頭数ということで間違いない。
続いて頭に入れるのは、ワイルドウルフの情報。弱点は……魔法。水、雷。風魔法を扱うこともできてる、とな。それ以外の情報はぼやけていて見えなかった。そこが見たい。俺は念じた。
えっ、追加料金が発生? 一瞬、どういうことかわからなかった。
「ふざけんなッ! さっさとしろッ!!」
「ほう。やはり、そういうつもりだったようだな」
「あっ!? 違う、今の違う! 今のはノーカン! ノーカンだからぁ!!」
すると、ぼやけていた情報が映る。扱える魔法は、一般的にはウィンドカッター、アクセラレーターの初期の風魔法。魔法適合性はかなり低い。そのため、驚異的な攻撃は近距離なだけなため、基本的には距離を取り、魔法で弱点をつけばそう厄介な相手ではない。物理攻撃も有効であり、魔獣の中ではもろい存在である。との情報が入ってきた。
やればできるな。と称賛をしたのも束の間、突如激しい頭痛に襲われる。
「くっ、い、てぇ……ッ!?」
その痛みは、俺が異世界へきて緑色のやつと対峙した時に起きた痛み。あの時のように意識を失うほどではないが、立っているのは厳しく、俺は膝をついてしまった。
しまった、と思った瞬間、狼たちは動き出していた。進行方向はわかる。第一陣は、俺の左後方と正面の狼が時間差で仕掛けてくる。
わかっているし、それなら何とか対処できる。でも――
「――ッ!?」
体が思うように動かなかった。左後方からの狼は何とか捌いたが、正面からの狼は防ぎきることはできず。大きな口が、鋭利な牙が俺へと向かってくるのがわかる。段々と距離はつまり、スローモーションになっていくものの、俺の動きも追いつくことはなく。
ここまでか……?
半ばあきらめた時だった。声が聞こえた。頼りになる、この世界で俺が今唯一全幅の信頼を寄せるあの人の声が。
「やらせるかッ!!!!」
俺の目の前で、狼の横っ腹に剣が突き刺さった。赤い血が俺の顔にかかるのと同時に、セリンさんが目の前へと勢いよく着地した。苦悶の声をあげる狼から剣を引き抜くと、地面にはおびただしいほどの血が流れ出ていった。
「ヤシロ、無事か?」
「――え、あ、あぁ。セリンさんのおかげで」
「言いたいことはある。だが、まずはここを切り抜けてからだ。そのまましゃがんでいろ」
セリンさんは気合を入れるかのように咆哮し、剣を自分と俺を中心に一周振るった。間髪を入れずに、風が吹き荒れて、ワイルドウルフたちは為す術も無く吹き飛ばされる。
「散れッ!」
吹き飛ばされた先が草むらであった狼は運が良かっただろう。しかし、固い木々に吹き飛ばされた狼はぶつかった衝撃で立ち上がれないのか、地面で細かな痙攣をしていた。
そんな有様を見て、俺は心底自分が生きていることとセリンさんが来てくれたことに安堵しながらも、叫びたくなった。違う、と。
「よし。ヤシロ、一旦引く」
「え?」
「何を呆けている。早く逃げなければいけないんだ!」
「あ、あぁ」
そうじゃない、と。俺はこうなることは望んでいなかった。セリンさんに腕を掴まれ、逃げながら俺はそう思っていた。
「貴様ら、許しはせんぞッ」
さらに俺の理想から事態は悪化していく。逃げようとした先に立ちふさがるのは、白い気高き狼だった。先程のワイルドウルフと同じカテゴリにするには、体の大きさが違いすぎる。四足歩行なのに、俺は目線を見上げなければいけない。大きさでいえば、ちょうど10倍ということだろうか。でかすぎた。
「やはり、薄汚いエルフは薄汚い人間どもと手を組んでいたのだな」
「……そんなつもりはない。人間とは相容れない。少なくとも私はそう思っている」
「ふん、懐柔され堕ちた者たちの言うことなど信じられるか。我の同胞を傷つけた恨み、その命を持って償ってもらうぞ」
「くそ。こうなっては避けられない、か」
相手は戦闘態勢になっていく。セリンさんもまた、閉まったはずの剣を引き抜いて、血に染まった刃を相手へと向ける。
一触即発、そんな雰囲気の中、俺は静かに呟く。
「違う、俺は。ダメなんだ、これじゃあ」
俺の声は虚しく、誰の耳に入ることも無かった。そして、再び血を血で洗うような争いが始まろうとしていたのだった。




