表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/25

10話

 あれは確か、いつだっただろうか。中学生だろうか。小学生高学年だったろうか。どちらなのか俺にはわからないけど、俺は苛められていた男をいじめっ子から救ったことがある。そして、無事苛めは無くなり俺は安心して普通の日常へと戻っていた。そんなとき、俺は朝登校するや否や、苛められた子にお礼をしたいからと言われて呼び出されたのだ。

 結果は言うまでも無く、俺は救ったはずの男に木の棒で殴りつけられた。その背後で嘲笑うのは俺が成敗したはずのいじめっ子達。結局、いじめは終わっていなかったのだ。強者に虐げられるのは弱者の運命と言わんばかりに。悲しかった。それでも俺はなお、救いたかった。だけど、意識を失った俺は救急車に運ばれ、意識が戻らない内にその男は転校させられていたっけ。救うことが時に災いとなる。そんな風に思ってしまったのはあの時だったけ。それでも俺は――


「もぐもぐもぐッ!!」


 どうしてこんなことを思い出したんだろうか。今まさに背後から迫ってくる男のモヒカンが、当時いじめっ子だった男の髪形に似ているからだろうか。それとも、辺りを囲む獣人たちの雰囲気が変わったことを察してしまったからだろうか。

 わからない。わかるのは、もはや時間は無いということ。どんな結末になろうとも、俺は根本的に折れてしまうわけにはいかないこと。セリンさんに無様な姿は見せられない。信念は貫かないといけない。彼女のためにも。俺のためにも。じいちゃのためにも。


「よぉ、兄弟! こんなド田舎で何してんだ?」

「もぐもぐ、ごくん。ご飯を食べてるんだ」

「こんな寂れた酒場でかぁ? おいおい、さすがにもうちょいマシな飯を出す店だってあるぜぇ?」

「そうかな?」

「人間様が食うにはお粗末なもんだぜ?」

「まぁ、たまにはこんなのだって食べたくなるもんだよ」


 俺は大皿をテーブルに置いて、モヒカン男の方へと振り返る。もう一人の男は席に座ったままで、酒を片手にこちらの様子を見ている。

 何か呆れたような顔をしている。どういうことなんだろうか。敵ではない……? まぁ、人間だから敵って決めるつけるのもおかしな話か。

 それよりも、気になることを口にした。俺はそれを尋ねることにした。


「まぁ、俺は腹にたまれば何でもいいからね。それよりも、君たちこそこんなド田舎で何をしているんだ?」

「あぁ、俺達はワイルドウルフの討伐に来てやったんだぜ。魔獣が出たって聞いたからな」

「へぇ……っ、なるほど」


 思わず魔獣が何かについて聞いてしまいそうになった。獣、とつくくらいだし、ワイルドウルフなんていうぐらいだから狼の一種であるとは考えられるけど。まぁ、俺の頭がワイルドウルフなんて解釈したんだろうけど、そこに関してはあまり深く考えないようにして、一旦ここで座っている獣人達とはちょっと違う獣なのだろうと理解しておこう。


「で、お前はこんなところで何してんだ? おっと、さっきのは無しだぜ。俺達も色々と事情があんだ。しっかり安心できるような説明、頼むぜ」


 一体何の意図があるんだろうか。正直言って全てを予想するのは難しい。が、わかることもある。一つは、セリンさんも言っていたがこの世には様々な勢力が存在するということ。ということは、人間にもそれなりに派閥があると考えていいだろう。

 二つ目は、彼らには俺らの目的を知らなければいけないということ。なぜだろうか。これまた予想に過ぎないが、ワイルドウルフの討伐以外にも目的が。他の任務があるということだろうか。

 三つ目は、安心。二つ目にも絡んでくるが、安心というのは身元を証明しろということで間違いないんだろう。

 全てを総合して考えると、見えてくるものがあった。俺はモヒカン男の目を見る。口は薄気味の悪い笑みを浮かべているが、目は極めて真面目。よくじいちゃが人の感情は、瞳にあらわれるなんて言っていたけどそれが本当だと思えるほどの不自然さだ。


「……そうだね」


 ということはだ、俺は疑われているということなんだろう。疑われているということは、あいつの仲間である可能性がグッと高まるわけだ。そうなら説明を真っ先に拒否することはダメだろう。理由が必要だ。それらしい理由が……


「俺はアーグレストから来たんだ」

「アーグレストだと? 随分遠いところから来たんだな」

「あぁ、こっちにも色々と事情があって。こいつもいることだしね」


 こいつ、とはセリンさんのことだ。セリンさんへと目を一瞬向けると、ちょうど食事を終えていて、俺と男の会話を観察するように、綺麗な佇まいでこちらを見ていた。感情は見えない。本当ならこいつなんて言いたくないけど、この場はしょうがない。ここを上手く切り抜けるためには、ここへ来るまでのことを活用していくしかない。


「守秘義務の関係上、目的は話せないけど、俺はこいつを連れてある場所を目指しているんだ」

「……なるほどなぁ。見えてきたぜ。人身売買ってとこか」

「肯定はしないし否定もしない。でも、これほどの容姿だからね」

「確かに、こいつはそそるなぁ。この村の女全員が霞んじまうくらいだぜ」

「そうだろ?」


 胃がムカムカするのは嘘をついているからだ。俺はセリンさんをそんな目で見てなんかいない。仮に、誰かが彼女のことを奴隷だと言おうとも、彼女自身がそれを心の中で認めてしまっていたとしても、俺はそうは思わない。絶対に。


「エルフの奴隷なんて聖都に帰ればその辺にいるが、人間とエルフのハーフである褐色肌のエルフでこれほどの美人には会ったことがないぜ」

「苦労したからね」

「なぁ、こいつを一晩貸せよ」

「――は?」


 一瞬、思考が止まる。言っている意味が分からないわけなどではない。どうしてそんなことを平気で口を出せるのかわからないからだ。 


「聞いてなかったのか? こいつは大事なものなんだよ。できるわけがない」

「わかってねぇなぁ……少し勘違いしてるぜ、お前。これは一方的な取引なんだぜ。この世の平和を守る聖都の人間様が、身分も名乗れねぇわ、密売をしようとしているわの不正だらけのお前を黙って見逃すためのなぁ。だからてめぇは黙ってそいつを貸せばいいんだ。お互いの利益を尊重するためになぁ」

「……なる、ほどねぇ」


 頭が沸騰しそうなほどに熱い。短絡的に考えてしまいたくなる。だが、セリンさんの眼差しがそれを望んでいないのがわかるのだ。

 彼女は視線を落として、俺の判決を待っている。まるで、そうされることが当然のように。そうされることを望んでいるように。自分の身よりも、これからの旅路を優先しているのだ。あの時のように自らの身を差し出して。俺にはその行動がひどく――


「わかった、わかったよ。降参だ」

「物分かりの良い奴は好きだぜ。それじゃあこいつは――」


 許せなかった。


「ふざけんなッ! そうじゃないだろ!!」


 相手がセリンさんへと伸ばした手を捻り上げて、そのまま素早く体重を乗せて俺は地面へと相手の体を叩きつける。その際に相手の関節を外してやった。


「いっ――ッ、ぐっ!?」


 思ったよりもあっさりと相手を組み伏せてしまえた。ミーナさんの時のように力で押し負けるような不安感は無かった。俺はさらに腕を捻り上げて腕を折るために体重をかけていく。


「もう少しで折れそうだ。どうする。これで――ッ」


 が、それは中断せざるおえなかった。モヒカン男の仲間が俺へと向かってグラスを投げつけて接近してくる。手にはナイフのようなものを握っていた。俺は机を跨いでセリンさんの方へと跳躍した。違和感を感じた。軽く跳んだはずの跳躍が思ったよりも高く飛べていて、明らかに元いた世界の脚力じゃなかった。まぁ、今は深く考えている場合じゃないかった。

 セリンさんはすでに立ち上がっていて、腰に携えた鞘から剣をいつでも抜けるよに準備を整えていた。俺はそんなセリンさんの横へと着地した。


「ヤシロ、私は――」

「話は後でにしよう。それよりも今は俺の後ろに隠れてくれ。ここを切り抜ける策はあるんだ」

「承知した」


 早口で告げ、俺はセリンさんを無理矢理俺の後ろへと押しやった。まだ相手の男が立ち上がっていないのを確認して、周りを確認する。獣人たちは争いが始まったのを察して、各々酒場の端に避けたり、店の外に避難したりと行動をしていた。


「てめぇ、ふざけた真似してくれるじゃねぇか。もう知らねぇぞ。アーグレストの人間風情が調子に乗りやがって」


 その間に男は立ち上がっていた。モヒカン男の肩の関節は外れたままだったが、特に焦る様子もない。十分に勝算があるということだろう。隣に立つ男もナイフを遊ばせてニヤニヤとしている。俺は相手を見破る。モヒカン男はMPの値が高く、逆にナイフの男はHPの値が高い。つまり、二人は役割を分担している者同士なのだろう。これならモヒカン男を容易に組み伏せられたことが納得がいく。逆であったらな、こうはいかなかったかもしれない。運がいいと思った。だが、ここからは運だけでは乗り切れないに違いない。


「精霊よ――」


 俺は相手に右手をかざした。唱える詠唱は、勝利の剣を呼び出すためのものではない。


「我は闇を生きる道化師」


 二人の相手はお互いに顔を見合わせた。本来であれば今が攻撃の手をいれる絶好のチャンスだと言うのに。やはりこの二人は自身が言うように聖都の人間で、カイ=オルフェンスの仲間である可能性が高い。


「我に宿りし聖剣は、世界をも騙す偽りの書。精霊よ。闇の盟約により、聖剣の封印を解き放て。出でよ、誓いの書」


 特に邪魔されることもなく、俺は詠唱を終えた。すると、かざした掌が光をまとい、俺の右手に赤い書が現れたのだった。


「ヤシロ、それは――!?」


 セリンさんの問いかけに、俺は相手の男たちに聞こえないように答える。


「あぁ、そうだよ。これは、カイ=オルフェンスの聖剣、誓いの書」


 しかし、右手にあらわれた書物は、書物というにはあまりにはお粗末なもので、薄っぺらいノートのように薄い。傍から見れば頼りないかもしれないが、今の俺にとっては武器の一つに違いは無く。


「だけど、偽物だ。正直、俺の今の状態だけどあまり使い道はないと思っていた。でも、今日使い道ができたんだ」


 俺はポケットに閉まっていたものを取り出して首へとかけた。それは、あの謎の女性からもらった深い青色の精霊石。

 特定の魔法の力を極端に増幅させるという魔法の石。まるで、この偽りの聖剣を有効に使うためにあると言っても過言では無かったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ