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プロローグ

 ずっと昔。なんて言うには大袈裟だけど、俺がまだ小さかった頃の話だ。まだ、じいちゃがいてばぁちゃもいて、空は青いだとか1+1=2だとか。言われたことに対して疑問を持たず生活していたあの頃、俺はじいちゃからいつも同じ話を聞かされていた。


「じいちゃはなぁ、魔法の国に行ったことがあるんだぞっ」


 当時は目をキラキラと輝かせて、じいちゃの世迷言を信じて疑わなかった。今にしても思う。あんなでたらめな話を疑わなかったのが、じいちゃの話から時折リアリティを感じて、その現実さと幻想じみた話が俺の心に深く突き刺さったからなんだろう。だから俺は、じいちゃが語る魔法の国、モンスターや竜やエルフや、魔法や伝説の聖剣、現実には存在しないそれらがどこかにいると信じて疑わなかったし、それが子供の頃に受けていた苛めの原因になっているともわからなかった。

 そして、それがじいちゃの作り話だと知ったころには、俺は中学生になり高校生になり、じいちゃは死んだ。最後に会った時には、確かに俺に向かってこう言った。


「これまで悪かったなぁ、じいちゃの妄想に付き合わせてしまって。でもなぁ、一つだけ最後に言わせてくれぇ。魔法の国は、ある」


 これが最後の言葉。まったくもって、じいちゃらしい最後だな、と俺は当時思った。同時に、ボケて脳まで逝っちゃたのか、なんて失礼なことも思っていた。

 え? どうして、失礼だって?

 人ってものは、窮地に立ってこそ、頑張れるしそれまでに信じてこなかったものが信じられるようになる。


「う、うわぁぁッ!? ま、マジでこれ剣じゃねぇかぁ!!!」


 何かよくわからない、緑色の体をした人間を一回り小さくしたそれ。ゴブリン。ゲームとかでそんな風に言われる奴。そいつが今まさに、さっきまで俺がいた場所の木を斬りつけていた。そう、確かに木と思われる物体は鋭利な刃で斬られていた。その事実だけは、確かなのだ。このゴブリンみたいなやつがどういう存在なのかは全くわからんが、こいつが持つ剣の切れ味だけは疑ってはいけない。例えこれが夢だとしても。これが夢である可能性が1%以下だったとしても、死ぬことだけはダメだ。可能性が生まれた限り、俺は行動を起こさなければいけないのだ。


「ま、待ってくれ。落ち着いてくれ! あ、謝るから。なんかうんこみたいなの踏んじゃったの謝るから!」

「ウゥゥゥッ!!」

「あれ……? もしかしてあれ、うんこみたいな形と色してたけど、うんこじゃなかった感じ?」

「ウゥゥゥゥゥッ!!!」

「――あっぶねッ!」


 されど言葉は通じない。恐怖で体が竦む、なんて最悪な事態にはなっていないが、それでも未だ危機は去った、とは言えない。

 光さえ見えない森の中でゴブリンと二人。背を向けて逃げ出してしまいたくなるが、じいちゃには得物を持った奴に背を向けてはいけない、と教わっている。


「――――ッ!?」


 なぜか急に頭が痛くなる。ウーウーと叫ぶゴブリンに拒否反応でも示したのだろうか。はたまた、やっとこのくだらない夢から解放されるのか。


「殺す殺す殺す! 二日ぶりの飯を踏みやがってこのクソ野郎がッ! てめぇの肉代わりに食ってやんよぉ!」

「い――てぇ。喋んな、って」

「あぁぁ!?!?」


 一体、この痛みがどこから来るのかわからない。だが立っていられない痛みに膝が折れてしまう。そんな時だった。


「お困りのようだにゃ」

「……え?」

「助けてやってもいいにゃ。あんたの誠意次第だがにゃ」


 上から聞こえる声。語尾に違和感を感じていたが、助けてくれるという神の声。俺は迷わずにこう答えた。


「お願いします、何でもし――ま……」


 あまりの頭の痛みに、意識が薄れていく。お決まりのセリフは言えなかったが、俺は秘かにこんなことを考えていた。

 やっぱり俺が踏んでしまった茶色いあれは、うんこじゃなくて大事な飯だったんだな、と。

 

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